グリーングリーン 朽木双葉誕生記念(?)SS それから……





「やあ早苗ちゃん、久しぶり。……半年ぶり、だっけ?」
 深い森の中。少し開けた広場のようなところに、僕はやってきていた。
「ホントはもう少し頻繁に来たいんだけど、なかなか時間が取れなくてさ」
 僕は大木の元にある彼女の墓前に立ち、苦笑する。
「さあて、少し掃除しようか。まあ、おじさんがこまめにしてくれているみたいだからそんなに大変じゃないけど」
 僕はそう言って、周りの草を刈りだした。

「しかし、鐘ノ音学園も廃校とはね……」
 経営難の打開策として共学化を検討した我が母校であったが、試験編入中に問題を起こしたため共学化は中止。一旦は共学化が復活し持ち直すかと思われたが、その後も経営難が続き、結局三年前に廃校となった。
「おかげでここまでの道が悪くなってること」
 学校が無くなってしまったため、学校までの道も整備されなくなってしまった。もっとも近くに療養所があるため、道がひどいのはそこから学校まで、だが。
「おとーさん、お花、持って、きたよ」
 背後で娘の声がした。
「お、偉いぞ美苗。よく頑張ったな」
「うん、美苗、がんばった、よ」
 まだ幼い娘には、この山道は少々つらかったようだ。しかも両手で花束を抱えている。これでは息も切れるというものだ。
 美苗は今年、小学校に入学した。今までは家から遠かったこともあって墓参りは一人で来ていたのだが、美苗が大きくなったこともあり、今年は家族で来ることにした。
「美苗、お母さんは?」
「もうすぐ来るよ」
「そっか」
 妻のお腹には二人目の子供がいる。今回は家で留守番していろと言ったのだが「安定期だから大丈夫」と言われた。まあ、そのうち来るだろう。
「さ、美苗。お花をあげて」
「うん」
 美苗は言われたとおり、墓前にお花を供える。
「あとはなむなむすればいいの?」
「ああ。美苗の名前は、ここに眠る人からもらったんだ。ちゃんと、お祈りしてな」
「うん」
 なむなむと、美苗が両手を併せてお参りをする。
 まだ美苗には、人が死ぬということはよくわからないだろう。
 けれど彼女が、僕にとって大切な人だと言うことはわかって欲しいと思う。
「お、美苗ー、ちゃんとお父さんのところ来られたんだ」
 その声に美苗は笑顔で振り向く。
「うん。美苗、ちゃんとひとりでこれたよ」
 とてとてと、美苗は妻の元に走っていく。
「大丈夫か? 双葉」
 僕は妻の名を呼ぶ。
「ええ、ちょっとしんどかったけど、良い運動でしょ」
 あははっ、と双葉は笑う。
「でも、ここに来る度に嫉妬しちゃうのよね」
 そう言いながら、双葉は墓前の前に手を併せる。
「彼女が生きていたら、あたしはあなたの隣にはいなかったんだなって、思う」
 僕は、その言葉に何も返すことが出来なかった。
 それは、その言葉を肯定しているという意味に取られるだろう。
「でも、現実は彼女はいなくて。あなたの隣にいるのはあたしだから。だからいいんだって。それに……」
 一拍置いて、双葉は続ける。
「彼女と出会わなかったら、あたしとあなたは、つき合ってないと思うから」
「そう……だな」
 その言葉には、僕も肯定する。
 一見つながりがないようでも、運命の螺旋は奇妙に絡み合うものだ。
「だからね。いいの」
 双葉は、そう言って笑った。
 その笑顔は、もうすぐ二児の母になる顔ではなく。

 あの夏に出会った、彼女の笑顔だった。

「おとーさん。おっきな木だね」
 やっと気づいたのか、美苗は墓の隣にそびえる大木を見上げる。
「ああ、鐘ノ音先生だね」
 幾百年の時を過ごしてきた老木は、今年も元気に葉を広げている。
「こんにちわー」
 美苗は不意に上を見上げ、手を振る。
「ん、先生に挨拶か」
「ううん、木の上のおねーちゃんに」
「え?」
 言われて僕も上を見上げる。
 鐘ノ音先生が大きく張った枝の上に、長髪の少女が座っていた。
 ───あれは。
 その少女は、僕の顔を見ると一瞬、優しく微笑んだ。
「さな……」
 思わず声を出そうとした刹那、少女の姿は消えていた。
「あ、あれ?」
「どうしたの?」
 いきなり声を上げたので、心配そうな顔で双葉が寄ってきた。
「今そこに……早苗ちゃんがいた気がしたんだ」
「……そんなことあるわけないでしょ?」
「いや、美苗も見たんだ。なあ美苗。お姉ちゃんがその木の上にいたよな」
「うん。そこにおねーちゃんがいたよ。そして美苗にでをふってくれたの。もういないけど」
「……美苗が言うのなら、いたのかもね」
 ねー。と、双葉は美苗に微笑みかける。
「僕の意見は却下かよ」
「そうじゃないけど、あなただとひいき目がある気がして」
「ま、信じてもらったならいいけど」
「で、彼女は早苗ちゃんだったの?」
「少なくとも、あの姿とあの笑顔は、早苗ちゃんだったよ」
「そう、なら良かったわね」
「よかった?」
「だって、笑顔だったんでしょ? なら、彼女は幸せなんじゃない?」
 感情をストレートに表す(時々感情が奇妙な行動を起こすこともあるが)双葉らしい言葉だ。
 笑顔なら、幸せ。
 本当はそんなことないんだけど、彼女の言葉はそう思わせるのに十分な力があった。
「そうだな。きっと、幸せなんだろうな」
「おとーさん。この木、しあわせなの?」
「ん? ああ……そうだね」
 僕の言葉に、美苗はにこーっと嬉しそうに笑う。
「さ、行こうか。おじさんところで世間話でもして帰ろう」
「うん」
 僕と美苗、そして双葉は手をつなぎ、一緒に歩き出す。
「あ……」
 ふと気配を感じ、僕と双葉は同時に振り返った。
 けれどそこには、誰もいない。
「どうかしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
 美苗の問いに双葉が首を振る。
「おとーさん、おかーさん。また、来ようね」
「そうだな。また、来ような。今度はピクニックがてらもいいしな」
「そうだねー。じゃあ美苗がお姉ちゃんになったら、来ようね」
「うん!」
 美苗は大きくうなずく。

 じゃ、早苗ちゃん。
 僕たちは早苗ちゃんの分まで、しっかりと生きてるから。
 鐘ノ音先生の木の上で、僕たちを見ててください。

 ……また、くるから。



 おわり。






 僕が望まない後書き

 ごめんなさいごめんなさい。
 オチが無くてごめんなさい。
 私、歌いますからっ。

 ……まあ、朽木双葉誕生記念にこんなSS書いてる方もどうかと思いますけど(ぉ

 いちお誕生日間に合わせということで。

 2002.08.28 ちゃある

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