早苗生誕記念SS「ろうそく」
遠くまで響く、鐘の音。
開く扉。
私は、今日───
───高崎早苗に、なる。
+
「綺麗だよ」
「はい……ありがとうございます」
「もう……なに泣いてんだよ。それに、そんなかしこまらなくていいんだぞ。僕達は、夫婦なんだから」
そう言って、高崎先輩はハンカチで私の涙を、そっと拭う。
「せっかく化粧したんだから、さ」
「そうですね。高崎先輩の言うとおりです」
「だーかーらー。もう夫婦なんだって」
「そうでした。なんか、実感が無くて」
「そうだよな。ま、おいおい慣れるさ。なあ早苗」
「……はい」
『早苗』という響きが新鮮で、嬉しさがこみ上げる。本当に、私は高崎先輩と、結婚するんだ。
「ほら、また泣いてる。まったく仕方ないな」
そう言って、高崎先輩───いや、祐介さんは、そっと顔を近づける。
私も、その仕草に応えるように、そっと目をつぶる。
そして───。
+
目を開けると、そこには最近よく見る天井があった。
「……夢?」
疑問を言葉にする。もっとも、言葉にする前からわかってはいたけれど。
外はまだ薄暗い。まだ朝にはなっていないようだった。
「高崎……先輩……」
ただ普通の高校生活を、送りたかった。
どうせ先のない命なら、多少辛くてもやりたいことをやりたかった。
でも、まさか───。
───男の人を、好きになってしまうなんて。
「高崎先輩……」
もう一度つぶやいて、私は目を閉じる。
脳裏に浮かぶ、先輩の笑顔。
この笑顔と、ずっと一緒にいたいけれど。
私の命のろうそくは、もう残りわずか。
「どうして……」
どうして私は、人を好きになってしまったのだろう。
どうして私は、もっと生きたいと思ってしまったのだろう。
どうして、
どうして私の命は、もう尽きてしまうのだろう。
「どうして……」
言葉と共に、涙が溢れる。
全てを諦めたはずだったのに。
ともしびが消える瞬間を、受け入れられるはずだったのに。
今更になって、私はもがこうとしている。
「高崎先輩……」
好きな人の名を、もう一度呼ぶ。
私のろうそくはあと少しで燃え尽きてしまうけれど、まだ朝までは時間がある。
だから、せめて。
さっきの夢の続きが見られますように───。
おわり。
君が望まない後書き
やっと5人分。同じ書き出しで書くパターンで、最後の一人を書きました。
……えらく短いけどな。
やっぱ早苗ちゃんはエンディングのおかげで、書くのが難しいっスね。可愛いんだけど。 ま、でも一応ノルマ達成ということで。