グリーングリーン SS 空に届く 〜再会〜
#1
「だっ、大ニュースっしょぉぉぉっ」
廊下の端まで届く声で叫びながら、バッチグーは飛び込んできた。
「ど、どうしたでごわすか?」
いつもと違う雰囲気を感じたのか、天神も驚いた顔だ。
「いいからとにかく俺の部屋に集まるっしょ! 大至急っしょ!」
そう言ってバッチグーは飛び出していく。きっと樹と毒ガスの部屋に向かったのだろう。
「だ、大至急だそうでごわすよ。祐介どんも早く起きるでごわす」
「いいよ、俺は」
素っ気なく返す。
「……祐介どん。祐介どんが落ち込んでいると、おいどんも切なくなってしまうでごわすよ」
「だから、天神だけ行ってくればいいじゃないか」
「だめでごわす。同室の二人は一心同体でごわす」
……都合のいい言葉だ。いざとなると抜け駆けするくせに。
でも、それが悪いとは言わないが。
「……じゃあ、祐介どんが行かないのなら、おいどんも行かないでごわす」
そう言って、天神はどっかりとあぐらをかく。
なんだか今日に限って、天神も強気だな。
「……わかったわかった。行くよ」
これで行かなかったら、後からいろいろ言われるだろう。
そのうざったさを考えたら、行っておいたほうがいいかもしれない。
「やっぱり祐介どんは友達でごわす〜」
いや、そんなに感激しなくてもいいから。
+
昨年の夏、僕は取り返しのつかないことをした。
それは、一人の少女を死なせてしまったこと。
何故僕は、あんな行動を取ったのだろう。
振り返っても、理由は見あたらない。
ただ、僕は。
あのときはあれが、最善だと思ったのだ。
+
「皆の者よく集まったっしょ」
「集めたのはお前だろ」
バッチグーの言葉に樹が突っ込む。
「今日集まってもらったのは他でもないっしょ。俺は大スクープを手に入れたっしょ」
突っ込みを流しつつ、バッチグーは続ける。
「おいおい、もったいぶらないで早く言えよ」
わくわくした顔で一番星。
「そうでごわす。焦らすのは良くないでごわすよ」
続いて天神。コイツらはほんと、懲りないヤツだなあと思う。
「ゴホン、では発表するっしょ」
バッチグーは一度周りを見回した後、タメを作ってから口を開いた。
「なんと、我が鐘ノ音学園は四月から共学になるっしょ!」
『な、なんだってーっ』
驚きの声がハモる。
……もちろん、僕以外。
でも、僕だって驚きだ。
共学化の件は、僕が起こした問題が引き金となって中止になったはずなのだから。
「なんでも、一部の女子とその親が、転校を強く希望したという話っしょ」
バッチグーが続ける。コイツはどこからこんな情報を手に入れて来るんだろう。
「体験入学をした女子に連絡を取って、共学化のための署名運動をしたらしいっしょ」
「ど、どうしてバッチグーはそんな情報を知ってるのかなあ」
みんなの気持ちを代弁してか、毒ガスが尋ねる。
「ハニーから手紙がきたっしょ」
途端にバッチグーの表情が崩れる。
「あー、納得納得」
あきれ顔の一番星。いや、他のメンツもみな似たような表情をしている。
「俺は待ってたっしょ。あの胸の感触が忘れられなかったっしょ。後一年だなんて我慢できなかったっしょ。それが! 今年の春に帰ってくるっしょ……」
ぎゅうう〜っと、自分自身を抱きしめるバッチグー。その目は、既に妄想の向こうに行っている。
「ま、バッチグーの話が正しいとすれば、俺達に再び春がやってくるってわけだな」
ニヤケた顔で、一番星が言う。こいつも妄想の世界に片足を突っ込んでいるらしい。
「ま、俺にはいい迷惑だけどな」
と樹。こいつは「女は苦手だから」と公言し、総長に殴られた経験を持つ。確かに、去年の夏も非常にイヤそうな顔をしていたことを思い出す。
……また美形なものだから、女のほうから近寄ってくるんだが。
「むううーっ、今年こそおいどんもロリなおなごをゲットするでごわすよーっ」
『いや、それは無理だろ』
天神の叫びに、僕と樹が同時にツッコんだ。
#2
四月。
我が鐘ノ音学園は、壮絶な熱気に包まれていた。
そう。
それは、あの夏以来の。
「来た来た来たっ」
「来たでごわすよっ」
一番星と天神が、双眼鏡をのぞきながらそわそわしている。
遠くから、土煙。
時間外に走ってくるあのバスは、今年の入学生を乗せているはず。
「もう待ちきれないでごわす! 身だしなみを整えるでごわす!」
「天神。コロンとか適当にかけるのはやめとけよ? 臭いだけ、だからな」
「わかってるでごわす。おいどんも一番星の雑誌を読んで研究したでごわすよ」
「ほー」
内容は、あえて聞かなかった。
いずれにせよ、時間がたてばわかることだからだ。
「おい、そろそろ行こうぜ」
「そうでごわすな」
一番星の言葉に、天神とバッチグーがうなずく。三人は我先にと教室を飛び出していった。
気がつけば、校庭には生徒が集まりだしている。さすが野獣の集まりだ。
「祐介……行かないのか?」
僕の後ろで声をかけたのは、樹だ。
「樹こそ、行かないのか?」
「俺は……女は苦手なんだ」
「そういや、そうだったな」
だから俺はここに来たんだと、樹は行った。
「で、祐介は何で行かないんだ?」
「わかってるだろ」
「ああ……わかってる。でもな、そろそろいいんじゃないか?」
心配そうな顔をする樹。
「僕も……わかってるよ。だから大丈夫」
僕は微笑む。
ああ、わかってる。
もう、この世界に早苗ちゃんはいないんだって。
「んじゃ、ちょっと行って来るわ」
「校庭か?」
「……いや、いつものところ」
「……そうか。気をつけろよ」
「ああ」
僕は樹に手を振り、教室を後にした。
+
「鐘ノ音学園、共学になったよ」
深い森の中。少し開けた広場のようなところに、僕はやってきていた。
広場の中央にそびえ立つ大木。僕らは『鐘ノ音先生』と呼んでいる。
「まったく、なんでこんな何にもないところに来たがるのか、僕にはさっぱりわからないよ」
僕は鐘ノ音先生の元にある墓の前に立ち、苦笑する。
「でも……あの中には、早苗ちゃんはいないんだ」
つぶやく。
バスの到着を見たくなかったのには、理由がある。
僕はきっと、その中に早苗ちゃんを捜してしまうからだ。
やっと。
半年以上かけて、やっと心の整理をつけたのに。
やっと。
やっと早苗ちゃんがいないということを、心が理解したのに。
あの夏。
僕の心は早苗ちゃんの死を、認識できなかった。
夜中に森の中に早苗ちゃんを捜しに行ったり、療養所の部屋を片っ端から調べたりしていたらしい。
そのたびに天神や一番星、バッチグーや樹達が僕を捜し、連れ戻してくれたらしい。
……らしい、とつくのは、実は自分自身、よく覚えていないからだ。
行き場を失った僕の心の一部が、僕を半ば無意識に動かしていたのだろうと思う。
一時は入院の話もあったが、なんとかそこまでは行かずに済んだ。
そして、僕の心は半年以上かけて、早苗ちゃんの死を、理解した。
「僕は……どうすればいいんだろう」
いくら落ち着いたと言っても、それは早苗ちゃんの死を認識しただけなのだ。
愛する人を失ってしまった。
その悲しみは消え去ることはなく。
今でも僕は、自分の取った行動を後悔している。
答えのない、悩み。
考えても考えても、出口のない迷路をさまようだけなのに。
それでも、僕は答えを出そうともがいている。
「ここ……なんだ」
聞き慣れない、でも聞いたことのある声に、僕は振り返る。
「……朽木」
「えーと……久しぶり」
朽木双葉は、そう言ってぎこちなく微笑んだ。
これが、三年になった僕たちの、新しい始まりだった。
君が望むあとがき
この話はこれで終わりです。オチはありません。
ただ、続きは書くつもりでいます。一応ストーリー的には拙作「クロッシング〜祐介〜」に続き、そして「それから」に続きます。
話はだいぶ開いていますので、それらを埋める物語を少しずつ書けたらいいな、と思います。たぶん書きたいところから、書きたいところだけを。
忘れなければ今後「空に届く」とタイトルがある作品はその系統だと思っていただけると幸いです。
うまくまとまりませんが、このへんで。
2004.01.23 ちゃある
2004.01.27 修正