グリーングリーン SS 空に届く 〜スノースマイル〜






「祐介どん、雪でごわすよ!」
 天神の声に、僕は飛び起きた。もっともそれは雪のせいではなく、天神の大声に驚いたからなのだが。
「……なんだよ。雪なんてさして珍しくないだろ……」
 僕の言葉は、途中で止まった。

 窓の、外。
 世界は、白に染まっていた。


 +


「……で、せっかくの休みだっていうのに総員で雪かきですか」
「くぉら高崎ぃ、ごちゃごちゃ言わんと手ぇ動かさんかい!」
「はーい」
 僕達は轟の号令の元、総出で雪かきをすることになった。総出と言っても、やってるのは一、二年のみだが。
 積雪は十センチを越えており、今なお降り続けている。確かにこのままじゃ、寮や校舎が危ない。あのオンボロ校舎は、今なお建っているだけで奇跡という声もあるくらいだから。
 最初は寒かったが、気がつけば暑い。降っている雪は綺麗なものだが、積もった雪はとんでもない重さになる。それをスコップすくったり雪だるまを作って転がしているだけで、結構な運動になる。
「おい祐介!」
 その声に振り向いた瞬間。目の前に真っ白な雪の玉があった。
「うおっ」
 間一髪のところでかわす。
「おしぃ!」
 言ったのは一番星だ。気がつけばそこら中で雪合戦が始まっていた。あらかた終わったと皆が判断したのか、それとも単に轟が戻っていったからか。おそらく後者だろう。
「祐介も参加しようぜ」
「そうだな……」
 仕方ないな、と言おうとした矢先、僕は大事なことを思い出した。
「悪い、俺パス」
 そう言って、僕は歩き出す。
 そうだ、今日は大事な日だったんだ。


 +


「はあ……はあ……」
 普段歩いていたけもの道も雪が積もり、判別が難しくなっていた。僕は道を探しながら、白く染まった山の中を歩いていく。
 ざくっ、ざくっ。
 積雪はたかだか十五センチ。でも雪慣れしていない僕にとっては、十分な驚異だった。
 普段と違う景色は、方向の感覚を誤らせる。
「たぶん……こっちだ……よな……OK。間違ってなかった」
 深い森の中。少し開けた広場のようなところに、僕はやってきていた。
 広場の中央にそびえ立つ大木。僕らは『鐘ノ音先生』と呼んでいる。
「こんにちは、早苗ちゃん」
 僕は鐘ノ音先生の隣にある墓の前に立ち、微笑んだ。
 もちろん返事はない。でも僕は、言葉を続ける。
「今日は、早苗ちゃんが生まれた日だったよね。だから、プレゼント」
 そう言って、僕はポケットから小さなアクセサリーを取り出す。
「綺麗な石を見つけてさ。早苗ちゃんに似合うかなって、ブレスレットを作ったんだ。ごめんな……こんなところだし、お金もないしで、これくらいしかできなかったけど……」
 僕はそんなことをつぶやきながら、墓前にブレスレットを置く。
「本当は……つけてるところが見たかったけど」
 でも、早苗ちゃんはいないから。

 その想いは、叶うことなく。

「……くっ」
 涙が、こぼれた。
 思い出してしまった。
 やっと、この世界にも慣れてきたのに。

 どうして。
 どうしてこの世界には。

 早苗ちゃんが、いないのだろう。

「早苗ちゃん……」
 僕の言葉は、誰にも届くことなく。
 降る雪に、静かに埋もれていくだけ。
「うわああーっ」
 抑えていた感情が、吹き出した。
 僕は鐘ノ音先生を、右の拳で殴りつけた。
 痛い。
 でも、心の痛みに比べたら、そんなもの何でもなかった。
「ああああーっ」
 何度も、何度も僕は太い幹を殴る。
 やり場のない想いを、僕は鐘ノ音先生にぶつける。

 ガサッ。

 僕の真上で、小さな音がした。

 ガササササッ。

 それはすぐに大きな音に変わる。

「な……」
 その音の正体を見極めようと、僕は顔を上げる。

 視線の先には、雪の固まり。

 その先を思う間もなく、強い衝撃とともに僕の意識は暗転した。


 +


 ……冷たい。
 全身から、熱が逃げていく。
 そして、痛い。
 身体中が、痛い。

 ……死ぬのかな。

 漠然と、考える。

「……それも、いいか」
 つぶやく。
 死んでしまえば、むこうで早苗ちゃんに会える。

「それは、だめですよ」

 声が。

 聞こえた。

「まだ死ぬなんて、だめです」
「……早苗ちゃん?」
 僕の目の前に、早苗ちゃんがいた。
「高崎先輩。お久しぶりです」
「早苗ちゃん……なんで……」
 ずっと、夢ですら会えなかったのに。
 今、目の前に早苗ちゃんがいる。
「死ぬなんて、考えるからですよ。だから、怒りに来たんです」
「怒るって……」
「だって、ずるいです。高崎先輩は、そんなに健康な身体なのに。まだ生きて、いろんなものが見られるのに。いろんなことができるのに……」
「早苗ちゃん……」
 僕は何も言えなかった。
 一度も体育に参加できない身体。
 大量の薬で命を長らえていた身体。
 生きたかった。
 でも。
 それは、叶うことがなく。
「……ごめん」
「分かればいいんです」
「違う……ごめん……」
 涙が、こぼれた。
 僕が、それをダメにしたんだ。
 僕が、君の命を奪ったんだ。
 僕が……。
 嗚咽が、止まらない。
 そうだ。
 僕はずっと。

 早苗ちゃんの前で、謝りたかったんだ。

「なら、生きてください」
「……え?」
 顔を上げると、目の前に早苗ちゃんの顔があった。
「私の分まで、生きてください。そして、いろんなものを見て、いろんな経験をしてください。先輩がそうしてくれるなら、許してあげます」
 早苗ちゃんは、そう言って微笑む。
「……うん。わかった」
 僕は、嗚咽を堪えながらうなずく。まるで、大人に諭される子供のように。
「じゃあ……指切り」
「うん」
 僕は、早苗ちゃんと指切りをする。
「あ……それ」
 早苗ちゃんの手首に、僕が作ったブレスレットがかかっていた。
「あ、似合いますか?」
「……うん」
「……よかった。高崎先輩、ありがとうございます」
「いや……」
 早苗ちゃんの笑顔に、思わず照れてしまう。
「それじゃあ……私は行きますね」
「え? もう?」
「はい。決まりですから」
「決まり?」
「はい。決まりなんです」
 それ以上は、言えない。
 そんな、戸惑ったような笑みで早苗ちゃんは言った。
「また……会えるかな」
「会えると……いいですね」
 気がつけば、早苗ちゃんの姿は足下から消え始めていた。
「早苗ちゃん!」
 僕は、早苗ちゃんを抱きしめる。
 せめて、最後の瞬間まで、
 早苗ちゃんを感じていたい。
「高崎……先輩」
 ゆっくりと、ゆっくりと消えていく中。

 僕達は、別れのキスをした。


 +


「おい! 祐介!」

 声が、した。

「祐介ってば!!」

 知っている、声。

「死ぬなっ、おいっ。高崎祐介!」

 目を、あけた。

「祐介!」
 目の前には、樹。
「良かった……生きてた……」
 樹は、両目から涙をこぼしていた。
「なんだよ……まるで、女みたいに」
「ば、バカヤロウ。そんなんじゃねえよ」
 樹はあわてて、手で涙を拭う。
「もうちょっと我慢してくれよな」
 言われて、気づいた。
 身体が、全く動かない。
 そして、寒い。
「そっか……」
 視線の先には、鐘ノ音先生。
 あのとき、雪につぶされたんだ……。
 ぼんやりと、僕は思いだした。


 やがて、樹の手によって僕は掘り起こされた。雪も、既に止んでいるようだった。
「歩けるか?」
「……ああ」
「感覚は?」
「指先が……なんか」
「それを早く言えよっ」
 樹は怒鳴ると、僕と自分の手袋を外し、僕の手を両手で包み込む。
 じんわりと、暖かい。
「こういうのはあっと言う間なんだからな」
「……すまん」
 僕の手を包む樹の手は、妙に小さくて。
 真剣な眼差しで僕の手をマッサージしている姿は、やっぱり女性みたいで。
 妙に、ドキドキする。
「……あ、血が巡ってきた」
 真っ白だった僕の手に赤みが戻ってきたのは、果たしてマッサージ効果だけなのか。
「さ、戻るぞ。みんな心配してんだからな」
「あ……ああ」
 僕はちょっと残念に思い、次いでその思いは間違っていると首を振る。
「……何やってんだ?」
「いや……何でも」
「変なヤツ。ほら、さっさと行こうぜ」
「ああ……あ、ちょっと待って」
 僕は数歩歩いた後、振り返って鐘ノ音先生を見上げる。
 鐘ノ音先生は、何事にも動じることなく。
 ただそこに、そびえ立っている。
「……なにやってんだ?」
「いや……見ておこうと思ってさ」
「何を?」
「鐘ノ音先生」
「そんなの、いつでも見られるだろ?」
「そうだけど。でもきっと、こんな鐘ノ音先生は、滅多に見られないと思うから」
「まあな。俺達が入学してから、こんなに雪降ったの初めてだしな」
「……だからさ。見ておきたかったんだ。早苗ちゃんの分まで」
「……そっか」
 樹は、呆れたように肩をすくめる。

 色のない、モノクロの世界。
 早苗ちゃんが見ることのできなかった、美しい世界。
 だから、僕が。
 僕が早苗ちゃんの代わりに、見ておくんだ。

「……もういいだろ。俺も寒くなってきたよ」
「ああ、ごめん」
 樹の言葉に僕はもう一度振り向き、樹の元に駆け寄る。
「……そう言えば……どうして樹は俺がここにいるの知ってたんだ?」
「……祐介がどっか行くなんて、ここしかないだろ」
「……そうだな」
 僕達は、雪の中を歩く。
 しばらく、沈黙のまま。
「……樹」
「ん?」
「サンキュな。俺、樹がいなかったら死んでた」
「……ああ。感謝しろよ?」
 ニヤッと、樹が笑う。
「ああ……感謝してる」
 僕も、笑う。

 樹がいなかったら、約束、守れないところだったもんな。

「……約束?」
「は?」
 僕のつぶやいた言葉に、樹が反応する。
「いや……ひとりごと」
「そっか」
 そんな約束……どこでしたんだろう?
 思い出せない。

 でも。

 その約束は、守らなくてはならない。

 僕は、生きる。
 早苗ちゃんの分まで。
 それが、僕にできる唯一のことだから。

 鐘ノ音学園が、見えてきた。
 雪かきの後もしばらく降っていたからか、屋根も白く染まっている。
 こんな景色も、早苗ちゃんが見たら喜ぶのだろうか。
 ……そうだな。きっと嬉しそうに微笑むにだろう。
 そうに違いない。

「なに笑ってんだ?」
「いや、何でもない」
「変なヤツ。ほら急ごうぜ」
「おう」
 樹にせかされながら、僕は早苗ちゃんの笑顔を、思い出していた。
 雪のようにきれいな、あの笑顔を。




 おわり。





 君が望むあとがき

 ……予定と全然違う話に(挨拶)
 元々「空に届く」のラインは「早苗ちゃんが全く出てこない早苗ちゃんシリーズ」を画策していたんですけど、ものの見事に破れてしまいました(祐介が夢の出来事を覚えていないのは、僕の必死の抵抗とも思えますが)。
 で、なんだか知らないけど樹が祐介に急接近してます。ああそうですか、樹がねえ……(遠い目)。
 PC版グリーングリーンしか知らない人のために一応フォローしておきますと、小林樹(こばやし・いつき)はPS2版に登場する美形キャラです。以上。
 ……まあ、こんな感じで今年もぽつんぽつんと書いていければと思います。
 
 2004.01.30 ちゃある
 
 

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