グリーングリーンSS 空に届く〜ファレノプシス〜   #1 祭りのあと  バレンタイン騒動のあと、部屋に戻った僕と天神は、灯までの時間を持て余していた。持て余した場合は寝ると相場が決まっているので、僕達は寝る準備を始める。 「ん?」 「どうしたでごわすか?」 「なんか……窓の外に影が……」 「ゆゆゆ祐介どん。冬に怪談は良くないでごわすよ」 「そうなんだけど……」  確かに、見た。  知っている、人影を。 「ちょっと、見てくる」 「祐介どん。おいどんは九州男児でごわす」 「それがどうした?」 「南国育ちゆえ、寒いのは苦手でごわす」 「ああ、いいから。俺一人で見てくるよ」 「すまんでごわす。おいどんは先に布団にくるまってるでごわす」 「おう」 「九州男児のつらいところでごわす」  嘘つけ。  +  外は、寒い。  僕は白い息を吐きながら、寮の外に出た。  そこにいたのは、よく知っている人物。 「……朽木」 「あ……高崎。こんばんわ」  マフラーを巻いた朽木は、僕を見つけると普通に挨拶をした。  こんなときに、普通の挨拶。  それはもう、普通じゃない。 「なにやってんだ、こんなところで」 「うん……何となく」 「何となくって……」  わからん。 「若葉……高崎にあげたんだね」 「え?」  完全に、不意をつかれた。 「そっか……若葉も、なのか……」  朽木はそう言って、僕から視線を逸らし、空を見上げた。 「空……綺麗ね」 「あ、ああ……」  分からない。  朽木の行動が、何もかも分からない。 「なあ……朽木」 「……ん?」 「その……言いたいことがあるなら……はっきり言ってくれないか」  僕の言葉に、朽木は戸惑ったような表情を浮かべる。 「これ……渡しに来たの」  朽木は、後ろ手に隠していたちょっと大きめの紙袋を、僕に差し出した。 「……俺に?」 「他に、誰がいるって言うの?」 「いやまあ……そうだけど」 「言っておくけど、あたしも高崎にしかあげてないんだからね」  星明かりの下、顔を真っ赤にして朽木は言った。 「……そっか。ありがとう」 「よ、用はそれだけよ。じゃあ」 「あ、一つ聞いていいか?」  慌てて去ろうとする朽木の後ろ姿に、僕は訊ねる。 「俺が出てこなかったら、朽木はどうしたんだ?」 「……出てきたんだから、いいじゃない」  朽木は、振り返らずに言った。 「……そうだな。悪かった」 「じゃあ行くわよ。結構寒いんだから」 「ああ……それじゃ、また明日」 「はいはい」  結局朽木は、全く振り向かないまま、女子寮へと走り去っていった。  僕は、朽木にもらった紙袋を開ける。  中には、小さな鉢植えの花が入っていた。 「なんだこりゃ」  チョコにしては大きいと思っていたけど。まさか花が入っているとは。 「ええと、蘭……だったか?」  間違えていなければ、これは蘭の花だ。夏に実家に帰ったときに見たのがそうだったと思う。確か……ふぁ、ファレノなんとかって言った気がする。 「あれ?」  一緒に、メッセージカードが入っていた。僕はそれを取り出し、月明かりの下で読む。 『どうせ花なんて分からないと思うので、説明しておきます。花の名前は胡蝶蘭。花言葉は───』  その先を読んだ瞬間、僕はすべてを理解した。  いつも僕につきまとっていた、朽木。  お節介を焼いてケンカしても、それでも僕を心配してくれた朽木。  薄々、感じてはいたけれど。  やっぱり、そうだったんだ。 「くっ」  僕は、走り出した。  朽木に、会わなきゃ。  会って、話さなきゃ。  そして、言うんだ。  早苗ちゃんのこと。  朽木のこと。  そして。  僕の、今の想いを。  僕は、胡蝶蘭を抱えたまま、走る。  走りながら、僕は思い出していた。  花言葉は───  ───あなたを、愛します。   #2 僕の想い 君の想い 「朽木っ」  女子寮が見えてきたところで、僕は朽木に追いついた。 「高崎」  僕の声に、朽木は驚いて振り向く。  僕はその間に、朽木の目の前までたどり着いた。 「どう……したの?」 「くつ……きに、話して、おきたい、ことが、あった……から」  僕はそこまで話した後、一つ深呼吸する。 「は……話って?」  朽木の表情は、どことなく不安げだ。 「今まで……ごめん」 「え?」 「なんとなく……朽木が俺に好意を持っているような気は、してたんだ。でも、俺は何も言えなかった」  朽木は何も言わず、じっと僕を見ている。 「な、朽木。一つ聞きたいんだが」 「な、なによ」 「俺で……いいのか?」 「……え?」  朽木は呆気にとられたような顔をする。僕の問いは、朽木にとって予想外だったようだ。 「俺も、多分……朽木のことが、好きなんだと、思う。でも……」 「……でも?」 「俺はまだ、早苗ちゃんを忘れることができない。多分、一生忘れられないと思う。それでも……いいのか?」 「……いいよ」  一瞬の間をおいて、朽木は口を開く。 「あたしは別に早苗ちゃんと張り合う気もないし、早苗ちゃんを忘れて欲しいとも思わない。そりゃ、ちょっとは嫉妬すると思うけどね。 でも、それは仕方ないと思う。だって早苗ちゃんは、高崎にとって『オンリーワン』なんだもの」  オンリーワン。  確かに僕にとって、早苗ちゃんはたった一人。特別な存在だ。 「あたしは、オンリーワンにはなれないかもしれない。でも、ナンバーワンにはなれるかもしれないでしょ?」  朽木は、微笑む。 「それでも、いいの。それでもあたしは、高崎のことが好きなの」  優しい、笑顔。  でもその瞳からは、涙。 「朽木……」  僕は、朽木を抱きしめる。  冷たい空気の中、朽木だけが、暖かい。  なあ、早苗ちゃん。  いいよな?  朽木なら、さ。  僕は朽木の温もりを感じながら、そんなことを考えていた。   #3 そして、約束  翌日。  深い森の中。少し開けた広場のようなところに、僕と朽木はやってきていた。  広場の中央にそびえ立つ大木。僕らは『鐘ノ音先生』と呼んでいる。 「早苗ちゃん。今日は……その、報告に来たんだ」  僕達は、早苗ちゃんの墓前に並んで立つ。 「私たち、つきあうことにしたの」  僕の隣で、朽木が言った。 「俺は、早苗ちゃんのことを一生忘れない。そして朽木は、それでもいいと言ってくれた。だから俺は、朽木とつきあう。朽木を大切にする。いいよな? 早苗ちゃん」  そして僕達は互いの顔を見合わせ、にこっと笑う。  そう、僕達はこれから二人で、早苗ちゃんの分まで生きるんだ。 「じゃ、またくるから」  そう言って、僕達は鐘ノ音先生の裏側、早苗ちゃんのお墓が見えないトコに回る。 「さすがに、早苗ちゃんの前じゃ恥ずかしいから」  朽木は照れた表情で言うと、ゆっくりと目を閉じる。  ごめんね、早苗ちゃん。そしてこれからよろしく、朽木。  心の中でつぶやきながら、僕は朽木と、初めてのキスをした。  おわり。  君が望まないあとがき  空に届くシリーズを書き始めてから、双葉はなんだかこの位置に来てしまうようになりました。  本当は拙作「君がくれるチョコレート」のエンディングとして書こうと思ったのですが、なんか雰囲気が違うので別にしました。なんとなくぎくしゃくしている気がしますが、どうでしょうか。  ともあれこの話で祐介と双葉はつきあい始めることになりました。この後続きを書くのか、それとももっと前を書くのか。はたまた樹編を書くのかすべて未定ですが、思いついたところから書いていこうと思います。  では、次作が書けたらまた、お会いしましょう。  2004.02.14 ちゃある