空を、見上げた。
無数に散りばめられた、宝石のような星。
そして、一際大きく輝く、月。
月に向かって、手を伸ばす。
でも、その輝きは遙か遠く。
私の手には、収まらない。
私は月を諦め、ゆっくりと手を下ろす。
空には変わらず、白い月。
私は、何もない空間に向かって、問いかける。
神様、私は───
───あと何度、この月を見ることが、できるのでしょうか。
グリーングリーン 「Like a Green」
「ずっと、先輩とこうしていられたら、いいのに」
「大丈夫さ。ずっと、こうしていられる」
私の言葉に、先輩はにっこりと笑う。
「……そう……ですね」
私は、嘘をつく。
先輩の、その笑顔を失いたくなくて。
そんな永遠なんて、有りはしないのに。
そんな思いを心の隅に押しのけ、私は先輩に体重を預ける。
先輩の、温もり。
緑の匂いを含んだ、優しい風。
そして、天空には大きな月。
「……早苗ちゃん、泣いてるの?」
「え?」
知らず知らず、私は涙を流していたらしい。
緑の風が、涙の跡をなぞっていく。
「あ……この時間が、嬉しくて」
私は、涙を拭いながら嘘をつく。
本当は、この時間が終わってしまうことが、悲しいのに。
遠からず、私の時間が終わってしまうことが、悲しいのに。
「嬉しいのに泣くなんて、おかしいな」
高崎先輩は、そう言って微笑む。
その笑顔はまるで、私の思いを見透かしたようで。
「大丈夫。僕達の想いは、永遠だから」
「高崎……先輩?」
「だから、僕のことは心配しなくていいんだよ、早苗ちゃん」
泣いていた。
高崎先輩が、泣いていた。
「僕は、早苗ちゃんのこと、絶対に、忘れないから。
早苗ちゃんが僕にくれた幸せは、絶対に忘れないから」
先輩の笑顔が、崩れる。
そっか。
そう、なんだ。
緑の匂いを含んだ、優しい風。
そして、天空には大きな月。
「わたしはもう、ここにはいないんです……ね……」
時は、過ぎてしまった。
もう戻ることはできない、刻。
「本当は僕も、ずっとこうしていたい。でもそれはきっと、僕達の想いじゃない」
神様、私は。
木々の香りを含んだ風を感じることも、
この蒼い輝きを放つ月を見ることも、
先輩と同じ時間を過ごすことも、すでにできなかったんですね───
「早苗ちゃん?」
理解した途端、全身から力が抜け始めた。
見ると、身体が徐々に薄くなっている。
「もう……時間……ですね……」
「……ああ」
高崎先輩は、悲しげな瞳で。
それでも、優しく微笑む。
「せん……ぱい」
「なんだい? 早苗ちゃん」
「最後に……あのとき言えなかった言葉……伝えてもいいですか?」
「……なに?」
「私……高崎先輩のことが……好き……です」
「……ああ。僕も、早苗ちゃんのことが好きだよ」
「よかった……やっと……伝えられた」
これで……やっと……。
気がつけば、私の身体はほとんど消えかかっていた。
同時に、あらがえない眠気が、私を襲う。
「先輩……さよなら」
「ああ……さよなら」
最後に感じたのは。
唇の、暖かさ。
神様、ありがとう。
想いを、伝えさせてくれて。
私は、遠くなる意識の中。
ずっと、高崎先輩のことを思い続けていた。
+
「……行っちゃったか」
僕は、早苗ちゃんのいたところをまだ見つめていた。
それは、僕の中を緑の風が吹き抜けたような。
ほんの一瞬の、でも僕達にとって最高の、奇跡。
「……忘れないから」
僕は、つぶやく。
まだ長い時間の中、僕は色々な人と出会うかもしれない。そして誰かを好きになることが、あるかもしれない。
でも、僕は忘れない。
美南早苗という少女が、僕の中を通り過ぎていったことを。
そう。
あの月が、天空に輝いている、限り。
おわり
君が望むあとがき
んー。
イメージ先行で狙い過ぎて失敗、ですね。
全体としてはひどいものですが、パーツパーツは結構好きなところがあるのでまた、使い回すかもしれません(苦笑)
では、次の作品で。