グリーングリーンSS 君の隣に






「千種先生!」
 駅の改札前で、私を呼ぶ声がした。
 声のしたほうを向くと、大きく手を振る青年が一人。
「もう……恥ずかしいなあ、高崎君は」
 そうつぶやきながらも、私───飯野千種は、青年の元に歩き出した。

 +

「駅前に路駐してるんで、急ぎましょう」
 高崎君の言葉に従い、少し早歩きで駅を出る。駅前はいかにも開発中という感じで、マンションのモデルルームや『近日オープン』の張り紙が貼られた喫茶店が、目につく。
 ───ここが、高崎君が住む街、か。
「先生、何か言いました?」
「ん? 何も言ってないわよ」
 あれ、口に出したかな。

「どうぞ、先生」
 高崎君の車は、銀色の小型車だった。少々くたびれた感があるのは、この車が中古車だからだろうか。
 私は助手席に乗り込む。ギシ、という音が私を不安にする。
「……大丈夫なの? この車」
「ええ。古い車なんであちこちギシギシ言いますけど、高速道路でも問題ないですよ。百キロ越えると大分揺れますけど」
「そう? ならいいけど」
 やっぱり自分の車で来れば良かったかな、と、少しだけ後悔。
「んじゃ、行きましょうか」
 高崎君はゆっくりと車を出す。目的地までは十五分くらいとのこと。
 今日の目的地。
 それは、高崎君の実家。

「どう? 大学のほうは」
「んー。ぼちぼちってトコです」
「ちゃんと勉強しないとダメよ。そうじゃないと───」
「大学に入った意味がない、でしょう?」
 私の声を遮って、高崎君が微笑む。無論、視線は前を向いたまま。
「───そうよ。だから、ね」
「大丈夫、一応教員免許が取れるように考えて講義取ってるんで」
 そう。

 高崎君は、教師を目指している。

『別に、千種先生に影響を受けた訳じゃないんです。でも、人に何かを教えるのって、素敵なことじゃないですか?』
 高崎君はそう言って、まっすぐ私を見た。
 その瞳には、迷いなど無く。
 あの頃の自分が、重なって見えた。

「───素敵なこと、ね」
「え? 何か言った?」
「ううん、独り言」
 今の自分をごまかすように、私は首を振った。

 +

 さすが開発中というべきか、街の景色はすぐに田園風景に変わる。まだ五分も走っていないのに。
「あ、そうそう。廃校式、千種先生も来るよね?」
 思い出したように、高崎君は言った。

 今年の三月で、鐘ノ音学園は廃校となる。経営難で二年前に廃校になるところを、当時の一年生が卒業するまで延期になった。
 どうせ廃校なら最後くらい派手にということらしく、OB会が中心となって盛大な式典を行うのだと、私は高崎君から聞いた。

「……でも……私は……」
 私は三年前のあの夏、僅か一ヶ月しか、鐘ノ音学園に居なかった。
 そんな私が、行ってもいいのだろうか。
「大丈夫。みんな歓迎してくれますって。たった一ヶ月でも、千種先生は僕らの先生だったんですから」
 高崎君はにっこりと笑う。
 それがさも当然だと言うかのように。
「そう……かしら」
「そうですよ。千種先生。むしろ来なかったら、僕があいつらに怒られちまう」
 あいつらというのは、伊集院君達のことだろう。
「ま、行ったら行ったで、やっぱり怒られるんですけどね」
「そうかもしれないわね」
 二人で苦笑。
「あ、そろそろですよ」
 気がつけば車は小さな住宅街に入っていた。すれ違うのすら大変そうな道を、車はゆっくりと走っていく。
「ここです」
 車が止まる。最近リフォームしたと言う家は、確かに周りより新しく見える。
「……ええと、気楽に行きましょう」
「そう言ってる高崎君は、ずいぶん緊張してるみたいだけど?」
「はは、やっぱりわかりますか?」
「そりゃ、ねえ?」
 かすかに震えた声とぎこちない笑み。これでわからないほど、私は鈍くはないつもりだけど。
「そんなんじゃ、私の両親に会うときは大変よ?」
「……心臓破裂するかもしれませんね」
「もう。私だって緊張してるんだから、祐介さんがそんなんでどうするの?」
「……え?」
「なに?」
 いたずらっぽく笑ってみる。今のに気づかないほど、固くなってはいないようね。
「今……僕のこと……?」
「いつまでも『高崎君』じゃおかしいでしょ?」
「あ、まあ……」
「祐介さんも、よ?」
「あ……ええと……千種……さん?」
「千種、で良いわよ。さ、行きましょう。車が止まったのは、気づいてるでしょうから」
「はい、千種先生」
「……違うわよ?」
「あ……千種……さん」
 さっきまでの元気はどこか行ってしまったみたいに、照れた表情をする高崎……いや、祐介さん。
 久しぶりに、可愛い仕草を見ちゃったな。
「良くできました。じゃあ行きましょうか」
 私たちは車から降りると、玄関へと回る。
 玄関の前で、祐介さんはふう、と深呼吸。
 私は、祐介さんの隣でじっと彼を見る。
 その視線に気づいたのか、祐介さんは私に微笑む。
 そして、玄関のドアを開けた。
「ただいまーっ」
 祐介さんの声が、家の中に響く。
 また私たちは、一つ階段を上る。
 ずっと、二人で。
 ずっと、祐介さんの隣で。
 一緒に歩いていこう。

 ずっと。



 おわり。




 僕の望むあとがき

 えー、千種先生ネタです。本当は、二ヶ月以上前に出る予定のネタでしたが、当時は六行しか書いてませんでした。ごめんなさい。
 一応グリグリ2のネタをふまえてありますが、別にたいしたことではないです。
 年上のお姉さん、良いですよねえ(何

 では、次の作品で。

 2005.02.16 ちゃある

グリーングリーンのページに戻る