グリーングリーンSS 二月、七日
「……ふうっ」
よりによって前日に降った大雪が、膝の高さまで山を覆い隠していた。
僕はスコップで道を作りながら、ゆっくりと山を登っていく。
「……こりゃ、明日は筋肉痛だなあ」
つぶやきつつ、雪をかき分けていく。それどころか、雪焼けするかもしれない。なにしろ、昨日の大雪が嘘のように青空が広がっているのだ。
「用務員さんにスコップを借りて、良かったよ」
ここに来る前に学校に顔を出したところ、用務員さんは無言で角スコップを押しつけた。確かにこの雪じゃ必要だ。
もっとも、こんなことができるのは今年いっぱい。
三月には、鐘ノ音学園の廃校が決まっている。
彼女との思い出の場所が、無くなってしまうのだ。
悲しいことだが、仕方のないことでも、ある。
+
雪をかき分けて、一時間弱。
ようやく僕は、彼女の元にたどり着いた。
「……こんにちは、早苗ちゃん。真っ白だね」
彼女の眠る墓は、すっかり雪に埋もれていた。僕は苦笑しながら、墓石の雪を下ろしていく。
彼女の命日と、彼女の誕生日。
その日は、必ずここに来る。
「はい、これでよし、と」
雪を下ろした後、持ってきた線香をあげる。
両手を合わせしばし黙祷をすると、僕は顔を上げた。
「今日は、報告があるんだ」
僕は彼女に向けて話し始める。いつものように。
「就職先が、決まったよ。僕も春から、看護士だ」
そう。
僕は、看護士の道を選んだ。
+
「早苗ちゃんは、将来どんな人になりたい?」
そんな質問をしたのは、会話のきっかけを掴みたいからだった。
「……将来……ですか?」
彼女は首を傾げる。
「うん。とは言っても、俺もちゃんと考えたこと無いな。小さい頃は『車掌になる!』とか言ってたらしいけど」
「『車掌』?」
「うん……面白いでしょ? 普通は運転手をしたがるんだろうけどね」
「でも、高崎先輩だったらありそうですね」
「そう? 俺って車掌っぽい?」
「うーん……なんか……優しい車掌さんになりそうです」
「優しい車掌かぁ……」
想像つかん。
「あ……私……」
「ん? 何?」
「看護婦さんに、なりたかったんです」
「看護婦?」
「はい。私、ずっと身体が弱くて、ずっと入院していて。こっちの病院に来てからは、家族もあまり来られなくなって。だから、一番接していたのが、看護婦さんなんです」
「そっか……」
確かに、この辺の病院に入院してたのなら、家族はなかなか来られないだろ。
「いつも優しくしてくれる看護婦さんを見ていて、私もなりたいな、って思ったことありますよ」
「いいな。早苗ちゃんみたいな子が看護婦だったら、俺、入院しちゃう」
「じゃあ、いっぱいお注射してあげますからね」
「あ、いや、痛いのはちょっと……」
「あはは……」
+
「早苗ちゃんができなかったことを、代わりにやろうと思うんだ」
僕は彼女の眠る場所をまっすぐに見つめて、言った。
そう。
怪我や病気で苦しんでいる人を、元気づけてあげたい。
「僕に何ができるのか、わからないけどさ。僕と早苗ちゃんみたいな思いを、少しでも減らしたいんだ」
傲慢な思いなのかもしれない。ましてや医者でもなく、まだ看護士ですらないのに。
でも。
生きることの幸せを。
早苗ちゃんが見せたような笑顔を。
少しでも。
少しでも多く、見つけたいから。
「僕は頑張るよ。またしばらく来れなくなるかもしれないけど、ごめんね」
言って、僕はスコップを肩に担ぐ。そろそろ戻らないと、帰りが厳しい。
「じゃあ、また」
僕は振り返り、自分が作った道を歩き出す。
二月、七日。
十数年前、彼女が生まれた日。
彼女は、重い病にかかったまま。
昨年の夏、僕の腕の中でその短い生涯を閉じた。
でも、彼女は。
今でも僕の心に生きている。
だから、感謝しよう。
彼女がこの世に、生まれてきた日を。
美南早苗が、この世界にいた証として。
ありがとう。早苗ちゃん。
生まれてきてくれて。
僕に、出会ってくれて。
ありがとう。
僕に、人を愛することを教えてくれて。
ありがとう。
おわり。
君が望むあとがき
ええと、久々です。本当は早苗ちゃんの生誕記念の予定だったのですが、間に合いませんでした。
たったこれだけなんですが、早苗ちゃんの話を書くのって正直つらいんで、ええ。
では、また次の作品で。
2005.02.16 ちゃある