グリーングリーンSnapShot 「今は君だけで」
それは、一瞬の出来事。
曇りから、土砂降りへ。
なんのスイッチを入れたのか、雨粒が一斉に降りてきた。
僕達は雨がしのげる場所を探して走り出す。
せっかくのデートなのに、雨なんてついてない。
でも、そんな僕に彼女は言った。
「きもちいい、ですね」
屈託のない、笑顔。
彼女は、嬉しそうに笑う。
そうか。
そうだな。
彼女は。
サボテンから創られた、式神だったっけ。
+
「ふう」
小さな店の軒先を見つけ、僕らは飛び込んだ。
前が見えなくなるほどだった雨は、既に弱くなっている。
「服がびしょ濡れだな」
「そうですねえ。帰ったらお洗濯ですね」
ピントのずれた言葉を、若葉ちゃんは返す。
「いや……濡れた服って、気持ち悪くない?」
「いえ。適度な水分は気持ちいいですから」
「まあ……最近雨少なかったからね」
この件について、僕はこれ以上話すことを諦めた。まだ理解は遠そうだ。
「祐介さんは、気持ち悪いですか?」
「服がまとわりつくのが、ちょっとね」
お、もしかして理解が?
「そういうときは、絞ればいいのでは無いでしょうか。こういう風に」
と言って、若葉ちゃんはスカートの裾をぎゅっと掴んで絞り始める。
羞恥心と言う言葉を忘れてきたような行動に、僕は一瞬あっけに取られた。
太ももの隙間から、水色と白のストライプが見える。
その三角形に、僕は我に返った。
「ダメ! それダメ!」
僕は慌てて若葉ちゃんの手を押さえる。
「え? 何でですか?」
「なんでも!」
ううむ、彼女にどうやって羞恥心を教えればいいのだろう。
なおも不思議そうな顔をする若葉ちゃんを見て、僕はため息をついた。
+
気がつけば、雨は止んでいた。それどころか、晴れ間が見えている。
「さて、行こうか」
「はい」
僕達は、雨上がりの道路を歩く。あちこちに水たまりが出来ていて、少し歩きにくい。
「アハハハハ」
学校帰りの小学生だろうか。彼らは嬉しそうに、水たまりを突っ切っていく。
跳ね上がる水しぶき。彼らはそれが、楽しいのだろう。
「楽しそうですね」
「そうだな。子供はああじゃないと」
「違いますよ。祐介さんが、ですよ」
「俺が?」
「ええ。子供達を楽しそうに見てましたよ」
「そうかな……そうかもな。俺子供好きだし」
好きじゃなかったら、あの夏小みどりと一緒に過ごしたりなんか、しなかった。
「子供、欲しいですか?」
「え?」
若葉ちゃんの質問に、僕は戸惑う。
正直、子供は欲しいと思う。
「そう……だね。……でも」
それは、まだ先の話だ。
それに……それ以前に。
若葉ちゃんと子供が作れるとは、僕には思えない。
そうだ。
だから探しているんじゃないか。
彼女が。
朽木若葉が、人間になる方法を。
「では、お姉さまに作ってもらいましょう」
「何を?」
聞き間違いだと、思った。
「子供を、ですよ」
不思議そうな顔で、若葉ちゃんが答えた。
「誰の?」
「祐介さんの」
「誰が?」
「お姉さまが」
聞き間違いじゃ、なかった。
『双葉に、僕の子供を作ってもらう』
若葉ちゃんは、そう言ってるのだ。
「……いいのか?」
「え? 何がですか?」
「その……いや、双葉に頼んだからって、作れるとは思えないんだけど」
っていうか、殴られそうだが。
「大丈夫ですよ。お姉さまは私を作ったお方ですから」
「……あ」
そういうことか。
「お姉さまに頼めば、子供の式を作ってもらえると思いますよ」
それは、そうかもしれない。
でもそれは、きっと違う。
「……でも、今はいいんだ」
僕は若葉ちゃんを、ぎゅっと抱きしめる。
「いいの……ですか?」
僕の腕の中で、若葉ちゃんが言った。
「ああ。今は若葉ちゃんだけでいい」
いつか、君が人間になれたなら。
そのときは二人の子供を作ろう。
それまでは、若葉ちゃんだけでいい。
君だけで、いい。
僕は抱きしめる腕に少し力を込め、そう思ったのだった。
おわり
君が望まないあとがき
……朽木若葉生誕記念の予定でした。
が、執筆機破損やら仕事が忙しくなったりやらで大幅に遅れてしまいました。
さて、これでやっと、次にかかれそうです。
2005.06.20 ちゃある