『グリーングリーン』Side Story 『いもうと』 Ver2.00  最終日。  今日で、試験編入が終わる。  僕は、若葉のことを伝えるため、双葉の元へ向かった。  既に時間は、午後になっている。本当は今日の朝帰る予定だったが、台風と土砂 崩れのため、バスが遅れているのだ。  女子寮の、双葉の部屋をノックする。 「はーい。入って良いわよ」  双葉の言葉に促され、僕はドアを開ける。  部屋に入ると、双葉は梱包された荷物を前に、一人、腕を組んでいた。 「朽木」  声をかけると、双葉は振り返り、キッと、僕を睨んだ。 「高崎! あんた、若葉の居場所、知って……」  双葉は最後まで言い終わる前に、僕が抱えている鉢の存在に気づいたようだった。  枯れて、茶色になってしまったサボテン。  昨夜まで、朽木若葉だったものだ。 「……そう、そういうこと」 「ごめん……」  呆れた表情で、ため息をつく双葉に、僕は半ば反射的に謝った。 「あんた、全部知っちゃったんでしょ」 「あ、ああ……」 「だから……不幸になるって、言ったでしょ」  双葉は、うつむきかげんで言う。 「だから、この手の式神は扱いづらいのよね。まったく、あたしとの契約に従わな いなんて、式神失格だわ」 「ごめん……」  双葉の言葉に、僕は何も言い返すことが出来なかった。ただ、謝るだけだ。 「じゃ、この荷物運んで」 「は?」 「は? じゃないわよ、あんたが若葉をこんなにしちゃったんでしょ? 若葉の代 わりにあんたが働くのは、当然じゃない」 「ぐ……」  何も、言い返せなかった。仕方なく、僕は荷物を抱え上げる。 「うぐ……」  お、重い。なんて重さだ。  僕はロープを使って重そうな荷物を背負い、残りを手で抱えるようにする。  サボテンも、落とさないように。 「しっかり持ってよね。壊れ物もあるんだから。じゃ、行くわよ」  そう言って双葉はスタスタと歩いていってしまう。僕は必死の形相で荷物を抱え、 ついていく。 「朽木……」 「なに? 言っておくけど、あたしは何も持たないからね」 「違う、若葉ちゃんのことなんだけど……」 「ああ、あのサボテン。高崎にあげるわ。あんな役立たず、あたしにはもういらな いから」 「そんな言いかたないだろ!」  荷物を抱えながらも、僕は声を荒げた。双葉は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに いつものような強気の表情に戻る。 「何よ。あたしが自分の式神について文句を言って何が悪いの? 式神ってのは、 言ってみればあたしの従者よ? 下僕よ? あたしに従順でなければいけないの。 それが出来ない式神は、役立たず以外のなんでもないのよ!」 「で、でも……」 「また帰ったら、新しい式神をつくるからいいの。どうせ若葉は……」 「朽木にとっては役立たずでも、若葉ちゃんは僕の、命の恩人なんだ」  双葉の言葉を遮って、僕は言った。 「自分の命を使って、僕を助けてくれたんだ。僕なんかのために」 「あんた……泣いてるの?」  双葉は僕の涙混じりの声に、気づいたようだった。 「だって……もう、若葉ちゃんには、会えないんだ。もう一度、お礼を言いたかっ たのに。もう一度、謝りたかったのに……」 「ねえ……昔話、するわね」  唐突に、双葉は話し始めた。 「あたしが若葉を創ったのは、七歳の時だから、もう十年になるわね。あたしは、 妹が欲しかったから、大切に育てたわ。それこそ、本当の妹みたいに」 「え?」  僕は双葉の言葉が、にわかには信じられなかった。  こんな重い荷物を背負わせたり、ジュース買ってこさせたり。  僕には、若葉をアゴでこき使っている双葉の姿しか、思い出すことが出来ない。 「……信じてないわね?」 「ああ……ちょっと」 「でもね。途中で思ったの、『このままで、いいのかな』って。だって、若葉は人 間じゃないから。人間と同じ姿をしていても、人間と同じような感情を持っていて も、若葉は、人じゃないの」  双葉は、言葉を続ける。 「式神は、人に奉仕するのが仕事。自分のことを考えてしまう式神は、式神として は失格。だから、あたしは、若葉に対して『道具』として接するようになった。必 要以上に、感情が育ってしまわないように。なのに……」  そうか。  僕は、全てを理解した。  双葉が若葉に対し、主人のように接する理由を。 「あんたが全て、台無しにしたのよ」  双葉は、振り返らずに言った。  抑揚のない声で。  それが、よけいに心に刺さった。 「ごめん……」 「高崎、あんた、それでも若葉のことを?」  不意に双葉はこっちを振り向いた。僕を見る眼差しに、一瞬ドキッとする。 「ああ……好きだった。いや、今でも好きだ。でも、僕は不幸だなんて思ってない。 例え若葉ちゃんが人間でなくても、僕の気持ちは変わらない」  僕の言葉に、顔を赤らめる双葉。 「あんた、よくそんな恥ずかしい言葉、言えるわね」 「ご、ごめん……」 「もういいわ。今更謝られても、若葉は戻れないし」  戻れない。  その言葉が、追い打ちをかけるように心を貫く。 「やっぱ、そうなのか……」  僕の呟きに、双葉が疑問の表情をする。 「言っておくけど、若葉は死んでないからね」 「え?」  心臓が、ドクン、と跳ねた。 「あれは、眠りについているだけ。いつになるかはわからないけど、目覚めると、 思うわよ」 「本当か?」 「今更嘘ついてどうするの」 「そっか……」  若葉は、死んでないんだ。  生きているんだ。  眠っている、だけなんだ。 「あとついでに言っておくけど、一度創った式神は、媒体が完全に死ぬまでは術が 解けたりしないから。また大きくなったら、人の形も取れると思うわよ」 「本当か?」 「いちいちしつこいわね。でも、あたしは帰ったら新しい式神をつくる。今の状態 で若葉を連れ帰ったら、失敗作として処分されちゃうから」 「処分?」 「言ったでしょ。自分のために行動するような式神は、失格だって。ウチの家が、 そんなのを許すはずないんだから。だから……若葉はあんたに預けていく」  双葉は、そう言って僕を指さした。一瞬だけ、微笑む。 「お、おう」 「大事にしなよ。何しろ、あたしとの契約を破る位に若葉に想われてるんだからね。 大事にしなかったら、あたしが怒るわよ。だって……」  双葉は一呼吸置いてから、口を開いた。 「若葉は、あたしの妹、なんだからね」  初めて、双葉の若葉に対する本心を、聞いたと思った。 「お、おう。わかった」 「ほら、バスの時間になっちゃう。とっとと歩きなさい」  双葉はそう言って振り返り、先を歩き出した。置いて行かれないように、僕も必 死でついていく。  バスはもう、待っていた。大半の生徒が乗り込んでいるようだ。 「ダーリーン。必ず来るからね〜」 「待ってるっしょ。俺ずっと待ってるっしょ。ハニーっ」  春乃とバッチグーの声がする。 「ほら早く乗れっ」 「はーい」  轟の声に、双葉が答える。  僕はバスの荷物室に一通り詰め終わると、バスの中の双葉を見た。 「来年。編入してくるわ。それまで、ちゃんと若葉を見てなさいよ」 「わかった。若葉は、僕が守るから」 「ほお〜っ、かっこつけるね〜」  からかうような口調の双葉。 「では、出発します」  バスが動き出す。 「また来年、ヨロシクね」 「おう。待ってる」  僕たちは手を振りあう。  ありがとう、朽木。  若葉ちゃんは、僕が大切にするから。  僕は、バスが見えなくなるまで、手を振り続けた。  end  俺が望む後書き「グリーングリーン SS#1 いもうと」  SS#1.5 バスの中で  ゴトン、ゴトン……。  バスが、山道を抜けていく。台風の影響か、来たときよりも、揺れが酷い気がす る。 「はあ……」  あたし、朽木双葉は、窓にもたれかかってため息をついた。 「新しい、式神、か……」  高崎祐介には、ああ言ったけど、そう簡単には行かないんだよね。  創り上げる前には、それなりの準備がいる。  まずは、媒体。  木を媒体にすると、あまり遠くへ行けなくなってしまう。  花を媒体にすると、寿命が短くなる。 「やっぱ、サボテンかな……」  幼い頃に、サボテンを選んだ理由は特になかったけど、今は、便利だと思う。  持ち運べるし、簡単に枯れないし。 「困ったな……」  でもきっと、創らなければならない。朽木の家には、若葉は自分をかばって眠り についたことにするからだ。 「十年、か……」  若葉を創ったのが、七歳の時。それから若葉は私の初めての友達として、妹とし て、従者として、私と共に生きてきた。  それが、高崎祐介の出現により、崩れた。  若葉は、あたしとの契約を破り、高崎に恋をした。  これでは、式神失格だ。 「壊れるのは、あっと言う間ね……」  でも、正直言えば、これで良かったと思う。  これで若葉は、普通の女の子のように振る舞えるから。  恋をして、キスなんかして。 「はあ……」  もう一度、ため息。 「まさか、若葉に先を越されるとはね……」  ずっと女子校で過ごしてきた今までを変えたくて、無理を言って編入してきた。  表面では、恋を否定してきたけど、本当は逆だった。  自分が一番、恋をしたかったのに。  ちょっといい男だな、と思ったヤツもいたのに。  高崎祐介。 「……なんであたしじゃなく、若葉を選ぶかな」  やっぱ、スタイルなのかな。  自分が理想とする体型を思い、若葉を創った。  胸はCカップ。ウエストは細くて、でも、ヒップはそれなりに……。 「はあ……」  三度目のため息。自分の貧弱な胸を見て、ちょっと悲しくなった。  来年。共学化されたら、あたしは必ずここに戻ってくる。  高崎祐介と、若葉に会うために。  そして、いい男を探すために。  バスは、山道を下っていく。 「また、来るからね……」  窓からほんの僅かだけ見えた校舎に向かって、あたしはつぶやいた。  end  はい、「グリーングリーン」のSSとしては初になります。  いきなりお話から入って申し訳ありません。書き上げた直後に、双葉の書き込み が足りないと思って急遽追加しました。でもホントに短いので、後書き代わりに置 いてみました。どうですかね?  設定的には若葉のエンドムービーの直後、という設定になります。何はともあれ、 若葉ファンの俺様としては、このエンドを書かずにはいられませんでした。  これを書くきっかけは、「双葉は、若葉をどう思っているか」ということでした。 若葉を召使いのように扱う双葉が(当然と思っていても、若葉ファンの俺様として は)どうしても気にくわなかったんです。  ですからこの話では、自分が納得するようにフォローを入れる目的があります。 当然、若葉には幸せになって欲しいのでその辺のフォローも入れてあります。  とりあえずは、若葉エンドをメインとして話を展開しようと思ってます。うまく 行くか(そもそも書けるか)わかりませんが、よろしくお願いします。    では、ありきたりですが、感想など戴ければ幸いです。  2001.11.21 『君が望む永遠』はどうした? ちゃある  後書き Ver2.00  基本的には、誤字脱字修正です。ってか、若葉と双葉を間違えて書いてたよ。ハ ズカシー。  個人的には、好きな話です。イマイチ好きになれなかった双葉を、可愛く書けて るな、と。  実は設定的に無理があるのですが、見なかったことにしてください(笑)  では。  2002.01.08 ちゃある