「グリーングリーン」Side Story 『さよならはもう言わない』 Ver2.00
#1
HRの時間に、彼女はやってきた。
「今日から教育実習生として、みなさんと一緒に学ばせていただきます。千歳みどりです。1ヶ月という短い間ですが、よろしくお願いします」
千歳みどり。
その言葉に、僕はガバッと立ち上がった。でも、教壇にいるのは、髪の長い、大人の女性だ。
……彼女とは……違う。
「どうした高崎ィ」
轟の言葉に、我に返った。
「あ、いえ、何でもありません」
恐縮して、僕は座り直す。
やべ、また目を付けられたな。
思いながらも、心の隅で、奇妙な違和感を感じていた。
「おい、祐介。同姓同名って、いるもんだな」
一番星が、僕の背をつつく。
「あ……そう……だな」
考え事をしていたこともあり、僕は素っ気なく返す。女性になど興味がない。そんな素振りで。
「美人っしょ。胸、でかいし」
「オマエは胸がでかければ美人に見えるのか」
バッチグーに一番星がツッコミを入れる。そう言えば、春乃も胸が大きいんだっけな、とか思う。
「おいどんは、おいどんは幸せでごわす」
天神が涙を流しながら拳を握っている。次はアレか、『おいどんのピュアーが』か。
「お、おいどんのピュアーが……」
「くぉるああああ、そこのクソガキ共っ、勝手にしゃべるんやないっ」
ダッシュで俺たちのところにやってきて、ヤカンで俺たちの頭を……正しくは、一番星を除く3人を殴る。
「わかったかガキ共」
「……はい……」
頭を押さえつつ答える。
「ったく……僕はしゃべってないのに……」
「んだぁ? 口答えすんのか? 高崎祐介!」
「いっいえっ、そんなつもりはっ」
「よぉし、貴様は罰として……」
「あ、轟先生」
轟の言葉を遮って、教育実習生が手を挙げる。
「何ですか、千歳先生」
「あのっ、ゆう……彼に……学校を案内してもらっていいですか?」
「え? いや、それは……ワシが」
「えと、生徒から見た、学校を知っておきたいんです。それに……それなら、罰になります、よね?」
ニッコリと、教育実習生は轟に微笑んだ。
「ええ……まあ……」
轟は一瞬口元を弛め、頷く。そして僕の方を向くと、キッと睨み付けた。
「高崎っ、お前はこの時間、千歳先生に学校を案内せえ」
「ええっ」
「つべこべ言うな。ほら、さっさといかんかい!」
襟首を掴まれ、強制的に立たされる。
「じゃ、行きましょうか」
抵抗を諦めた僕は、実習生の顔を見もせずに言うと、先に立って廊下に出た。後ろから羨望の眼差しと、恨めしそうな声がする。それはそれで優越感だが、後が怖くないかと言えば、嘘になる。
「随分、素っ気ないのね」
「別に……そんなんじゃないですよ」
妙な違和感を感じつつ、僕は答えた。
「で、どこから行きます?」
「祐介くんが行くところなら、どこでも」
「はいはい……」
適当に相づちをうつ。校舎をまず1周すればいいか。
そんなことを考えながらも、僕の頭の中で、違和感が広がっていた。
「……ここが、保健室です」
僕は実習生の前に立って、次々と校舎を案内していく。
「ねえ、祐介くん。祐介くんって、いつもこうなの?」
「そうですよ」
「他の……女の子に対しても?」
「そう……ですね」
「なんで?」
それは、こっちのセリフだ、と言う言葉を慌てて飲み込んだ。
何で彼女は、そんなことを聞いてくるのだろう?
みどりと同姓同名の彼女。奇妙な違和感が、頭をぐるぐると回り続ける。
事件を推理するのに、何かパーツが足りないような。
「わたし……聞きたいな……」
「……僕、好きな子がいるんですよ。……いや『いた』、が、正しいかな」
……不思議と、僕は話し始めていた。
何故そんな感情になったのか、自分でもわからなかった。
もしかしたら、彼女の声が、僕の知っている声に似ていたから、かもしれない。
「ふうん……どんな子なの?」
「小さい頃に僕と会って、その想いを大事に持っていた。……そう、純粋な子です。多分彼女は、僕に会うために大変な苦労をしたんだと思います。たった1ヶ月のために」
彼女は、僕の話を黙って聞いていた。僕は話を続ける。
「そんな子を、僕は好きになってしまった。でも、もう彼女はいなくなってしまった。……彼女が、羨ましいですよ」
「羨ましい?」
「ええ、だって、彼女は頑張れば、もしかしたらまた僕のところに会いに来られるかもしれない……例えその可能性が限りなく低くても、ね。でも僕は、どんなに頑張っても、彼女に会いに行くことは出来ない。彼女がもう一度訪れるかもしれない、その時を、じっと待つしかできないんです」
「……そうね。そう……だったね。……ごめんなさい」
「何で謝るんですか?」
僕は実習生の方に振り返った。初めてまじまじと見る、彼女の姿。
「だって……私、やっぱり自分のことしか、考えて無かったんだもんね。ごめんね、祐介くん……」
彼女は、泣いていた。大粒の涙を、流していた。
その姿に、僕の中で感じていた違和感が、確信に変わろうとしていた。
そうだ、彼女が、再び来るのなら。
きっと、向こうではもっと時が経っているはず。
では、僕の目の前に立っている、彼女と同姓同名の人物は……?
「みどり……なのか?」
思い切って尋ねる。彼女は、僕の問いに頷く。
「そうだよ。祐介くん。待たせちゃって、ごめんね」
言葉と一緒に、みどりは、僕に抱きついてきた。
そうだ。
同じ匂いがする。
あの夏に抱きしめた、彼女の匂いが。
「みどり……」
ギュッと、みどりを抱きしめる。
「祐介君……」
僕たちは、しばらく抱き合ったまま、動かなかった。
#2
僕たちは終業の鐘の音に我に返った。
「あ……ごめんね」
「い、いや……」
どうして良いかわからなかったが、とりあえず身体を離す。
「今日、放課後……空いてる?」
「ああ……かまわないけど」
「じゃあ……私の部屋に、来て」
「ああ……」
僕たちは職員室に戻り、そこで別れた。
「なんだよ祐介、役得過ぎるぞ」
教室に戻ると、早速いつもの3バカに囲まれた。
「たまにはいいだろ。こういうことがあっても」
僕は笑った。そんな僕に、3人は不思議な表情をしたが、僕は気にしなかった。
きっとコイツらには、わからないことだから。
夜。
天神が寝静まったのを見計らって僕は外に出た。
こっそりと、教員の寮へと走る。
「ええと……千歳千歳……と」
小声でつぶやきながらみどりの部屋を無事探すと、コンコン、と扉をノックした。
かちゃ、とドアが開き、みどりが姿を現した。
「どうぞ、入って」
中は、殺風景だった。あまり女性の部屋とは、思えない。
「まだ……来たばかりだから。それに、また1ヶ月、だしね」
僕の視線に気づいたのか、みどりが言った。
「座って。今、お茶煎れるから」
みどりの言葉に従い、小さなテーブルの前に座る。
「……なんか……大人っぽくなったな」
「あはは、そうだね……実際に祐介くんを追い抜いちゃったからね」
「そっか……そうだな」
みどりは、教育実習生としてここに来た。と言うことは、少なくとも自分よりは年上、と言うことになる。
「どうぞ」
「ども」
テーブルに置かれたティーカップを見る。
「大丈夫よ。普通の紅茶だから」
「何も言ってないだろ」
「……あれから結構勉強したんだよ、この時代のこと。資料があまり残ってなくて、大変だったけど」
みどりは言いながら、ティーカップに砂糖をドバドバと入れていく。
「そんなに入れるのか?」
「え? だって、紅茶って溶けないくらいお砂糖を入れて飲むものなんでしょ?」
「……違うよ」
僕は頭を抱えて言った。
「ええっ、じゃあ、あの本嘘ついてたんだ。まったくもう」
「ま、全ての本が正しいことを言ってるとは限らない、よな」
怒った表情をするみどりを見て、僕は笑った。
大人になったけど、みどりは変わっていない。
それが、何となく嬉しかった。
「今度も……短いのか?」
思い切って、一番聞きたいことをみどりに尋ねた。
「ふふっ、今度は長いの」
「え? だって」
確か、みどりの世界とは空気の組成が異なるからと言って、長くは居られないと言ってなかったか?
「私の身体ね、手術したの。この空気に耐えられるように」
「え?」
「現地滞在員になったの。この世界に滞在して、時々レポートを送るの。他にも、後からこの世界に来る子供たちのサポートをしたりね。期間は……ずっと」
「『ずっと』?」
「うん。歳を取って、おばあちゃんになっても、こっちにいられるの……ううん、もう、向こうには戻れない」
「え?」
「今度は、この身体が耐えられないの。向こうの空気にも……時間転移にも」
みどりは、少しだけ、寂しげな声で言った。
「そこまでして……」
「私ね……」
みどりは話し始めた。両親はあの後、交通事故で帰らぬ人となったこと、近い親戚は、誰もいないこと。だからこそ、今回の現地滞在員にも選ばれたこと。
「向こうの世界に未練がないなんて、そんなことはないけれど、この世界には、祐介くんがいるから」
みどりは優しく微笑む。
前とは違う、大人びた微笑み。
「みどり……」
僕は、みどりを抱きしめた。
「祐介くん……」
不意のことにみどりは驚いたようだったが、やがて、優しく抱き返してきた。
自分の世界を捨てて、僕のところに来てくれたみどり。
僕はもう、離しはしない。
さよならは、もう言わない。
僕たちは、口づけをかわす。
そして。
あの夜を思い出すように、抱きあった。
end
君は望まない後書き グリーングリーンSS さよならはもう言わない
と、いうことでみどりエンドからちょっとつくってみました。
今回の発端は、みどりエンドを見て「教育実習生ってことは、また1ヶ月くらいで帰っちゃうんだろうな。それじゃ祐介はかわいそうだな」と思ったことです。じゃあ「帰らない設定を創り上げちゃおう」と。
僕個人は若葉ちゃんイチオシなんですが、「グリーングリーン」は、どのキャラもかわいいので、特に特定のエンディングにこだわらずに書いていこうと思います。
ホントは、5人全部書ければいいんですけどね。早苗ちゃんは……僕にはキツイと思います。申し訳ないんですけど。
さーて、次はどうしようかな……って、書きかけのものもたまってるからな(笑)
では、感想やツッコミなどありましたら、ちゃあるまでいただければ幸いです。
2001.11.27 なぜか「恋わずらい@こみパ」を聴きつつ ちゃある
僕が望む反省文(後書き Ver2.00)
えー、修正版です(笑)修正点は
1.みどりの名前
2.みどりの両親について
3.それに伴う文章の整合性
となっております。特に2.については決定的な設定ミスでした。ごめんなさい。
1.の方は、Emotional PackageにあるSSを見て「名前変えなくてもいいじゃん」と
思った次第です。まだ未熟だ……。
ではでは、次の作品で。
2001.01.08 ちゃある