グリーングリーン Side Story 『夏はまだまだおおさわぎっ』






  #1


「ねえ高崎……アンタ、あの教育実習生と、仲良すぎない?」
 ぶっ。
「わっ、きったなー」
「朽木がいきなり、変なこと言うからだろ?」
 双葉の不意な問いかけに、僕は思わず牛乳をを吹き出した。
 今は昼休み。双葉は三年になって、予告通り編入してきた。彼女は隣のクラスだが、やはり昨年の夏の件があるのか、よくこっちのクラスに来て僕たちと話をする。
 ちなみに春乃も双葉と同じクラスだ。春乃もまた、バッチグー目当てに一緒にやってくる。
「変なことじゃないよ。だって昼休みとか、よく一緒に歩いてるじゃない?」
「それは……みど……千歳先生の案内役に任命されちまったからで、その……」
 さすがに本当のことは言えない。と言うか、言っても信じてもらえないだろう。
「ま、気持ちも分からなくは無いけど。だってあの先生、名前も同じなら顔も似てるものね。千歳……みどりに」
 双葉はそこまで言って、小さくため息をつく。

 まあ、似ていると言うより、本人だしな。

「……やっぱ、胸かな……」
「ん? 何か言ったか?」
「え? な、なんでもないよ」
 照れた表情で双葉が首を振った。
「朽木……変わったよな?」
「そう?」
「ああ、去年は……こう、人を寄せ付けない、と言うか、自分が一番偉い、というか、そんな雰囲気だったけどな」
「うーん、まあ、男に慣れてないってのは、あったかな。でも自分では、あまり変わってないと思ってるんだけど」
「……そうか?」
「ああ……強いて言えば、積極的に、なったかな?」
「は? 前からじゃないの?」
「そんなこと……ないよ」
 そんなことあるだろ。

「ね、何話してるの?」
 不意に、背後から話しかけられた。
「わっ、み、いや、千歳先生」
 慌てて振り向くと、後ろに千歳みどりが、立っていた。
「どうしてここに?」
 双葉が怪訝そうな顔をする。
「うん、えーと……ちょっと……高崎君にね。お願いがあって」
「なんですか?」
 と、尋ねたのも双葉だ。
「えっと……そう、放課後、プリントの整理、手伝ってもらおうかなっって」
 照れた表情でみどりが答えた。きっとそれは建前に過ぎない。単に僕に会う理由が欲しいのだ。

 そして、それは僕だって同じだ。

 夏休みまでの僅かな時間。

 一秒でも長く、みどりといたいから。


「あ、そういうことならいいですよ」
 彼女の意図を読みとり、僕は了承する。
「じゃあ、あたしもやるわ」
「「え?」」
 僕とみどりの声が、ハモった。
「え、えっと……」
「大体、高崎にだけそんな押しつけるのもおかしい話じゃない? それに、プリントの整理くらいだったら、あたしでもできるでしょ?」
「あ、その……」
「千歳先生、どうなんですか?」
「あ、あはっ、じゃ、じゃあ、お願いしちゃおうかな」
 戸惑った笑顔。
「じゃあ何時に、どこに行けばいいですか?」
「うんとね、四時半に、先生の部屋」
「え? 高崎……いつも千歳先生の部屋で作業してるの?」
 驚いた表情で朽木が僕を見た。
「あ、しまった……」
 みどりが小声でつぶやく。
「そうだよ。でも、去年飯野先生の手伝いしたときも、先生の部屋でやったぜ」
「え? そうなの?」
 と言ったのは、朽木ではなく、みどり。
 怪訝そうな目で、朽木がみどりを見る。
 ……せっかく、さも当然だと言うふりをしたのに、お前が驚いてどうする。
「と、とりあえずわかりました。四時半に朽木と一緒に、先生の部屋に行きますよ」
 朽木の視線を遮るように、僕は立ち上がる。
 みどりに目で、促す。
「う、うん。じゃあ、よろしくね。高崎君、朽木さん」
 みどりはそそくさと退室していった。
 僕は軽く手を振る。
「うん? どうかした?」
 僕をじっと見ている双葉に気づいた。
「ん? 別に、なんでもないよ」
 目を逸らす双葉。
「そっか、それならいいけど……」
 でも僕は、そのときの双葉の視線が頭から離れなかった。



 放課後。
「また手伝いでごわすか。結構人使いの荒い先生でごわすなあ」
「俺もそう思うけど……俺って貧乏くじ引きやすいのかもな」
「それはそうでごわすな。いつも轟に捕まるのは、祐介どんでごわすし」
「……少しも否定無しかよ」
「否定できるでごわすか?」
「いや……」
「がっはっは。そうでごわしょ?」
 でも、何かムカツクんだよ。
「じゃ、そう言うことなんでよろしく」
「わかったでごわす」
 僕は天神に自分の鞄を預けると、みどりの元へと向かった。


「お、朽木」
「あ……高崎」
 丁度教員宿舎の前で、朽木に会った。ちょっと早めに来たつもりだったが、朽木も同じこと考えていたのだろうか。
「すいぶん……早いね」
「それはこっちのセリフだが」
「何となく……中途半端な時間だったからね」
 そう言って、双葉は髪をかき上げる。
 ほんのわずか、僕たちの間を抜ける風が、彼女の髪をなびかせる。
 こうしていると、双葉って結構、美人なのだと思う。
「あ、もう来てたんだ〜」
 背後からのその声に、僕と双葉は振り向いた。
「なんだ、千歳先生、まだ来てなかったの」
 双葉が残念そうなため息をつく。
「ちょっとね。プリントの準備、時間かかっちゃって」
 見るとみどりは、両手に手提げの紙袋を持っていた。きっと慌ててプリントを用意したんだろう。
「それ、持つよ」
「いいよ、祐介くん」
「いいから。女性には力仕事はさせられないだろ」
 言いながら、僕はみどりの手から紙袋を奪い取る。
「さ、行こうぜ。とっとと終わらせないと、夕飯に間に合わない」
「ねえ、高崎……アンタ」
 さっさと行こうとする僕を、双葉が呼び止めた。
「先生に……名前で呼ばれてるの?」
「え? ……あ!」
 僕とみどりはお互いの顔を見合わせた。
 双葉の顔に、明らかな不審の色が浮かぶ。
「……ねえ、祐介くん」
「……なんですか、千歳先生」
 僕は再び名前で呼ばれたことに気づいたが、平静を保って答えた。
「全部……話しましょ」
「全部って……?」
「本当に、全部……双葉ちゃんに隠し通すのは、やっぱり大変だと思うから、それに……双葉ちゃんは、友達、だから」
「なんなの? いきなり馴れ馴れしい呼び方して、それに『友達』?」
「……とりあえず……私の部屋で、ね?」
 嫌悪感むき出しの双葉に、みどりは優しい声で言った。




「そんな! そんなの信じられないよ!」
 みどりの部屋で、双葉は僕たちから、全ての話を聞いた。
 ここにいる千歳みどりは、去年同じクラスだった、千歳みどり本人であること。
 みどりが、未来から時を越えてやって来たということ。
 更に小さい頃に、僕はみどりと会っていて、それからずっと、みどりは僕を好きだと言うこと。

 そして。

 もう、未来には帰れないと、言うこと。


 けれど、双葉は信じようとしなかった。

 ……双葉の言うことは、もっともだと思う。
 僕だってあのとき、実際にこの目で見るまでは信じられなかったから。


「けど……本当なの」
 みどりは机の上に置いてある、二つの写真立てを取った。
 それを、双葉に渡す。
 写真立てはそれぞれ、古ぼけた写真と、それよりは新しい写真が収められていた。
 古い写真の方……折れ曲がったり、色あせたりしている……には、俺と、十歳くらいの少女が、一緒に写っている。
 そして、新しい方の写真には、去年の俺と、当時の千歳みどりが、写っていた。
「ねえ双葉ちゃん。覚えてる? 去年……私にとっては、もう五年も前のことになるけど……一緒にお風呂入って、双葉ちゃん言ったよね?『アンタ、いったい何を食べればこんなに胸が大きくなるの?』って」
 その言葉に、頬を赤らめる双葉。そしてその顔は、驚きの表情に変わる。
「私は言ったでしょ? 『うーん、他の人と変わらないよ。こういう……カプセル、とか』って。そしたら双葉ちゃん、不思議そうな顔して言ったよね。『カプセル? あんた、胸が大きくなる薬飲んでるの?』って」
 おそらく本当に、そんな会話をしたのだろう。双葉の顔は、驚愕の表情をしていた。
「じゃあ、アンタ……本当にみどりなの?」
「そうだよ、双葉ちゃん。私は、本当に、千歳みどり、なんだよ」
 みどりは、双葉に向かってニッコリと微笑んだ。


「……で、あんたたちつきあってるってわけ?」
 双葉はしばし唖然とした顔をしていたが、みどりが煎れた紅茶を飲み、少し落ち着いたようだった。
「まあ……そうなる……かな」
「えへへ」
「なーんだ。つまんないの」
「え? どういうこと?」
 僕が問いかけると、双葉はしまったという表情をした。
「うふふ、双葉ちゃんも、祐介くんのこと、狙ってたんでしょ〜。でも、もう祐介くんは、わたしのものだからね〜」
 そう言ってみどりは僕に腕を絡ませてきた。双葉の視線が、痛い。
「おい、やめろよ」
「……でも、みどりって今月いっぱいしかいないんでしょ?」
 既に双葉の口調は、かつてのクラスメイトに対する口調になっていた。
「う、うん……」
「その間に高崎が心変わりしたとしても、文句はないわよね?」
 双葉がニヤリと笑う。
「え、ええっ」
 みどりが大げさに驚く。
「ダメだよっ、私の方が、ずーっとずーっと前から、祐介くんのこと、好きだったんだからねっ」
「でも、高崎からしてみれば去年の話でしょ? そしたら、出会ったのはアタシもほとんど変わらないじゃない。それに、どっちをとるかは、高崎の問題だもん」
 そう言って双葉は、僕の反対の腕に、自分の手を絡ませてくる。
「ダメダメっ、祐介くんは、わたしのものなのっ」
 ぐいっと引っ張るみどり。
 柔らかい、弾力のある大きな胸に、僕の腕がめり込む。
「ま、今のうちでしょ。あたしはみどりがいなくなってから、ゆっくりと高崎を誘惑するからいいもん」
 双葉も、ぐいっと胸を押しつけてくる。
 大きさこそみどりに劣るが、こちらも感触としては悪くない。
 ……ちょっと固い、かな?
「ダーメッ」
「そんなこと言ってもねー」
 睨み付けるみどりに、余裕の表情をする双葉。

 僕って、こんなにモテたんだ……。

 何となく両脇の言い争いが自分を対象にしていると思えず、冷静な感情で思った。


「祐介くん、だめだよ、こんな女に騙されちゃ」
「え? ええ?」
 いきなり話題を振られて戸惑う僕。
「こんな女って、かつてのクラスメイトに酷い言い方じゃない。そう思わない? 高崎」
 双葉からも振られる。
 ど、どうすればいい?
「祐介くん、言ってやってよ『僕は千歳みどりとラブラブなんですー』って、『ラブラブ過ぎて思わずラブラブ光線を出しちゃうんですよー』って」
「いやラブラブ光線は出ないだろ」
 思わずつっこみ。
 でも、確かにはっきり言っておいたほうがいい。
 こう言うのは、最初が肝心だ。
「な、朽木。僕はみどりの言うとおり、こいつとつきあってるんだよ。だから……」
「いいのよ」
 僕の言葉を双葉が遮る。
「さっきから言ってるでしょ? 今はそれでもかまわないって。でも、今月でいなくなっちゃうみどりと違って、あたしは卒業まで、高崎と一緒にいられるの。その間に、あたしの魅力に気づかせてみせるから……胸以外で」
 最後は冗談なのか本気なのか、顔を赤らめる双葉。
「いや、別に僕も巨乳が好きな訳じゃ……」
「じゃあ問題ないね。これからもよろしくっ、祐介っ」
 双葉はそう言って、素早く僕の頬にキスをした。
 とっさのことに、僕もみどりも、一瞬言葉を失った。
「あ、あーっ。祐介くんにキスしたーっ」
 やっと事態に気づいたのか、みどりは双葉を指さして叫ぶ。
「いいじゃない、頬にキスくらい。外国じゃ当たり前よ」
「だめっ、だめーっ、ね、祐介くん、私もキス、きすーっ」
「……張り合うな、みどり。大人なんだから」
 キスをしようと乗りかかってくるみどりを押し返しながら言う。
「やあだーっ、双葉ちゃんに見せつけてやるーっ」
 まったく、子供みたいだ。
「……で、プリントの方は、いいの?」
 双葉の冷静な声に、みどりが我に返る。
「あ、ああっ、それ今日中だったーっ」
「じゃ、さっさと片づけちゃいましょ」
「そ、そうだな」
 上手くかわせると思い、僕は双葉の言葉に頷く。
「う゛ー」
 渋々僕から離れるみどり。そして僕たちは、紙袋から大量のプリントを取り出した。



 作業そのものは、プリントを並べ直してステープラーで留めるという、単純作業だった。僕たちは作業を分担し(そもそも、ステープラー自体が一つしかないので、みんなで同時に作業ができない)、流れ作業で進めた。

 作業中も、みどりは双葉を睨みっぱなしだった。よほど先ほどのことを根に持っているらしい。

 しばらく僕たちは無言で作業をしていたが、おもむろに双葉が口を開いた。
「ねえ、みどり」
「なんですか?」
 冷たい返事。双葉は苦笑。
「さっきのは、ゴメン。ちょっとやりすぎたかなって、思ってる。でも、いいでしょ? 元々、あなたの方が有利なんだからさ。少しくらい、ハンデをもらっても」
 双葉の言葉に、みどりは無言。
「あたしも、祐介が、初恋なんだ。みどりと違って、小さい頃に男の子と出会う、なんて、無かったから」
「え?」
「少し話したことあると思うけど、ほら、ウチの家って陰陽師の家系で、しかもあたしが久しぶりの使い手なものだから、随分過保護に育てられたの。学校もお嬢様学校でさ、友達ってのも、ほとんどいなかったわ。男となんて、ろくに話をしたこともなかった」
「双葉ちゃん……」
「それでね。きっかけは忘れたけど、ここの試験編入の話を耳にして、すぐに飛びついたの。もうね、今のがんじがらめの生活が、いやだったから」
 双葉は、手を止めた。
「あの一ヶ月は、楽しかった。確かにはじめは嫌だったけど……いきなり下心丸だしで告白されたり」
 ああ……スターダスト作戦、だっけ?
「でもね……家とは関係なく、みんなあたしに接してくれて、嬉しかった。ちょっと、男に慣れてなかったから、嫌悪感もあったけどね。そして……気づいたら、祐介のこと、好きになってた」
 双葉は、僕を見て、微笑んだ。
「だからね、決めたんだ。また鐘の音に帰って来るって。そして今度は、ちゃんと言おうって。祐介のことが、好きだって」
 双葉の、真摯な言葉。

 感情を、直球で投げてくる。

 だからこそ、僕は何も言えなかった。

「ごめんね、みどり」
「……ううん。何かね、嬉しくなっちゃった」
「え?」
「祐介くんを、こんなに好きな女の子が、他にもいるんだって。だから、私は間違ってないんだよって」
 みどりは、優しい顔で微笑む。
「……でも、祐介くんは、渡さないからね」
「言ってなさい。絶対奪ってみせるから」
 微笑みながらも、互いの目が怖い。
「じゃあ、約束しましょう」
「約束?」
「うん、お互いに守ること。ちょうど、祐介がここにいるから、祐介に立ち会ってもらいましょ」
「うん」
 僕を目の前に、勝手に話が進んでいる。
「じゃあね。最終的に祐介がどっちを選んでも、お互いに恨まないこと」
「うんうん。大丈夫だよ、私は祐介くんを信じてるし。それに……」
 みどりは僕をちらりと見る。
「もしそんなことがあったら、私は祐介くんを恨むから」
 こ、怖い……。
「じゃあ、次、正々堂々と、誘惑すること」
「変な約束だな」
「うるさいな。誘惑されるほうは黙ってなさい」

 ……誘惑されるほう、ねえ?

「うん、いいよ」
「最後、あたしたちは、ライバルだけど、ずっと友達だよ」
「……うん」
「じゃあ、握手」
「うん」
 僕の前で、みどりと双葉が握手を交わす。
「あーはい、質問です」
 ふと思い、僕は手を挙げる。
「なんですか、祐介君」
「もし僕が、二人以外を好きになった場合は?」
「「……許すわけないでしょ!」」
 二人の声がハモる。

 こ、怖いよう。


 きーん、こーん、かーん、こーん。

「あ、夕飯の鐘だ」
「ああっ、プリント終わってないよー」
「……仕方ないわね。夕飯終わったら、三人で続きをしましょ」
「ああ、仕方ないな」
 僕たちは立ち上がる。
 すっと僕の腕に寄り添ってきたみどりと双葉。
「あの、歩きづらいんですけど」
「だって食堂じゃ、腕組めないでしょう?」
「ああ、あたしは食堂でも腕組めるなあ」
「やめてくれー」

 二人の女性にもてて、結構幸せかと思ったけど。

 ……そんなことはないかもしれない。

 みどりの教育実習終了まで、あと二週間。



 この夏は、まだまだ騒がしくなりそうだ。





 end









 僕が望む後書き

 で、グリーングリーンのみどり編、2です。
 ……こんな予定じゃなかったんですけど。
 だって、仮タイトルが『また会う日まで』ですよ? おかしい、みどりとのラブラブな別れを演出するつもりだったのに〜。
 ま、悪いのは全部双葉です。1年経って妙に積極的になったりしてしまった彼女が悪いのです。きっと春乃が入れ知恵したに違いありません。
 ってことで双葉を自由に書いた結果、こんな感じになりました。
 ……双葉って、こんなヤツだったかなあ?
 ま、いいか。面白くなりそうだし。

 恋はね、障害があるほど、盛り上がるものなのさっ(無責任)。

 では、次の作品で。
 2002.01.25 ちゃある

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