グリーングリーンSS また会う日まで






「……まあそんなわけで、一応お別れ会をしようかなって思って」
 朽木双葉は、僕の前でにこやかに笑った。

 教育実習生としてこの鐘ノ音学園に来ていた千歳みどりも、明日をもって実習期間終了のため、ここを離れる事となった。そこで、仲間内だけでお別れ会をしようというのが、双葉の提案だった。
「だがな、朽木」
「ふ・た・ば、でしょ? 祐介」
「ああ……双葉」
 この間から僕は双葉のことを名前で呼ぶように強制されている。『みどりが名前で呼ばれてるのにあたしだけ名字なんてイヤ』と言われたが、実際は若葉ちゃんも千種先生も名前で呼ばれているのに双葉だけ『朽木』と名字で呼ばれていることが、自分が遠ざけられている気がするかららしい。代わりに双葉は、僕のことも名前で呼んでいる。もっとも彼女も時々『高崎』と呼ぶこともあるが。
「……だがな、仲間内って僕と双葉、若葉ちゃんにみどり、だろ?」
「だって、天神とか一番星とかって、なんか怖いんだもん。それに」
「ああ……みどりが未来から来た、なんてことは、僕達しか知らないからな」
 納得。
「ま、場所もないし、みどりの部屋でいいよね?」
「そういうのは、本人に承諾を取るべきだろ」
「そっか、そりゃそうだね。じゃ、ちょっと行って来る」
 双葉はスッと立ち上がると、職員室へと駆けていった。
 風にひるがえるスカートとそこから伸びるスラリとした脚が、まぶしい。
「相変わらずな性格だな」
 僕は自分の視線をごまかすかのように、一人つぶやいた。


「最近祐介どん、あまりおいどんをかまってくれないでごわす」
 放課後、部屋に戻り一息ついていると、おもむろに天神が言ってきた。
「そうか? 気のせいだろ?」
「そんなことないでごわす。休み時間も何かと朽木双葉としゃべってるでごわす」
「そりゃ……向こうから話しかけてくるしなあ」
「バッチグーには亜里紗がいるでごわすし、一番星もなんか惚れた女がいるとかでおいどんはひとりぼっちでごわすよ」
 うーん、確かにそうかも。
「天神も好きな女の子とか探したらどうだ?」
「おいどんは真性のロリでごわすから、なかなかおいどんの目にかなうおなごはいないでごわすよ」
「……そりゃ天神が悪いだろ」
「ああ、早苗ちゃんとか小みどりみたいなピュアそうなおなごが、おいどんの前に現れてくれないでごわすかね……」
 顔を赤らめて焦点の合わない目でぼんやりと天井を見上げる天神。
「ま、犯罪だけは起こすなよ。じゃあちょっと、千歳先生の手伝い行って来る」
「いってらっしゃいでごわす〜」
 ……まだ妄想の中か。


「双葉ちゃんから聞いたんだけど、お別れ会してくれるんだって?」
「ああ、そうらしいな」
 みどりが煎れたお茶を口にしながら、僕は答えた。
 ここは教職員寮のみどりの部屋だ。一応僕は、千歳先生の手伝いと言う名目でここに来ている。もっとも僕がする作業など滅多になく、ただの口実に過ぎないのだが。
 後三日で実習期間が終了だと言うことで、既にほとんどの荷物は整理されている。机の上には、あのときの二枚の写真と、この間双葉も交えて撮った三人の写真が、置いてある。
「……みどり、さ」
「なあに? 祐介君」
「日本茶には砂糖を入れるな」
「ええっ、そうなの? 祐介君いつもお砂糖二つだって言ってたから入れちゃった」
「それ、紅茶とコーヒーの時だけな」
「そうなんだ。ごめんね」
 そしてみどりはてへ、と舌を出す。

 この仕草に、いつも僕は騙される。

「先生方は明日お別れ会を開いてくれるんですって。だから、祐介君とお別れ会するのは最終日、かな」
「一応、双葉と若葉ちゃんもいるんだからな」
「あははは、わかってますわかってます。でも、私にとっては祐介君とのお別れ会なんだよ。またしばらく、祐介君と会えなくなっちゃうんだよ……」
「大丈夫だよ。今度は永遠だなんて思わない。夏休みには僕も実家に戻るし、そうすれば会えるだろ? みどりも東京なんだし」
「そ、そうだよね。またすぐに会えるんだよね。よかった……」
 ほっと胸をなで下ろすみどり。
「心配するな、大丈夫だって」
「うん……」
 と、みどりはテーブルを回り込んで僕の隣に座る。そして、僕の方に寄りかかる。
「祐介君……」
「ん?」
「……大好きだよ」
「……おう」
 みどりが真摯な目で僕を見るので、僕は恥ずかしくなって目を逸らす。
「もう、煮え切らないんだから」
 そう言って、みどりは僕の頬にキスをした。
 僕は驚いてみどりを見た。
 そこに、もう一度キス。
 今度は唇に、ふくよかな感触。
「お、おいみどりっ」
 慌てる僕に、みどりは嬉しそうな、それでいて照れたような目で微笑んだ。
「だって、私は祐介君の恋人なのに……」
「ん、まあ……それはそうなんだが……」
 一瞬、双葉の顔がよぎる。
 僕はみどりを選んだ。それは間違いない。
 けれど、あの双葉の積極性には、どうにも振り回されてしまう。
「ほーら、また別のこと考えてる」
「あ、ああ……ごめん」
 ごまかすように、僕はみどりを優しく抱きしめる。
「……信じてるから」
 腕の中で聞こえる声。
 静かな声。
 でも、胸がズキンと痛む。
 僅かに揺れている僕の心を、縫い止められたようで。

 僕は、みどりの言葉に答えることが出来ず、
 抱きしめる腕に、力を込めた。


  +


「と、いうわけでジュースでかんぱーい」
 カチン、とグラスの音が鳴る。
 最終日。今日で、みどりの教育実習は終わる。
 明日の朝にはもう、ここにはいなくなるのだ。
「どうしたの祐介君。元気ないね」
「ん? ああ……やっぱ寂しいよな、と思ってさ」
「うん……嬉しいよ。祐介君」
 僕の言葉に、みどりは頬を赤らめる。
「お姉さま。なんだかみせつけられてますよ」
「いいのよ。今日で最後なんだから、少しは余裕を見せないとね」
「ええ。最後はお姉さまが勝つんですから、そのくらいは余裕ですよね!」
「そういうこと。そういうことだからね! みどり」
 双葉がみどりに向かってニッコリ微笑む。
 どうみても強がりにしか見えないんだが。
 ……いや、双葉はともかく若葉ちゃんは案外本気なのかも。
「で? みどりはこのあとどうするの?」
「うん……ちゃんと、教師目指すよ。そして、未来から来る子供達をしっかりサポートしてあげるの」
 双葉の問いに、みどりはしっかりと答える。
 そう。
 みどりは僕に会いたい一心でこの世界に来たけれど。
 もう一つ。今の世界をレポートして、未来の世界を良くするっていう役目があるんだ。
「そっか、大変だね」
「……大丈夫。私には、祐介君がいるから」
「まだみどりのものって決まったわけじゃないんですけど」
「そんなことないよ。祐介君は、私を好きって言ってくれてるもの」
「今はそうかも知れないけど、卒業する頃には気が変わって私のものになってるかも知れないでしょう?」
「お姉さま、頑張れ!」
「大丈夫です。双葉ちゃんのものになることなんてありません。ね? 祐介君」
「……ってか、俺はモノか?」
 僕はため息をつく。
「いいじゃないの。こんな美人に囲まれて、幸せでしょう?」
 と、双葉。
「そうですよ。お姉さまは、胸はないけどすごい美人で、実は結構お金持ちなんですよ。これを逃したら損しますよ」
「……若葉。胸のことは言わなくていいから」
「ああっごめんなさいごめんなさい。私、歌いますから!」
 ……始まった。
「一番朽木若葉。『風邪ひいてラブ』歌いまーすっ」
 ……若葉ちゃんの十八番だ。
「やだ……どきどきしてる……これって恋? それとも風邪? わーん、つー、いっちにーさーん!」
 いんでぃーすうぃーん……と、双葉作詞作曲の歌を歌い出す若葉ちゃん。もうすっかり見慣れた光景だ。
「この雰囲気も、今日で終わりなんだね」
 と、寂しげにみどりがつぶやく。
「そんなことないさ。鐘ノ音で会うのが、最後になるだけだろ?」
 僕はみどりの頭に、そっと手を置く。みどりの方が年上なのに、つい小さな子みたいに扱ってしまうのは何故だろうか。
「……うん」
「そうそう。夏休みにまた会えるしね。……そうだ、休みにさ、海行こうよ。みんなで」
 そう言って、俺とみどりの間に双葉が割り込んできた。
「んもう、すぐ邪魔するんだから……でも、いいね、海。この世界の海は、まだ泳げるんでしょう?」
「え? ああ……普通はな」
 みどりの問いは突飛すぎて反応に困る。でもその言葉は、未来の姿をはっきりと表している。
 だから、みどりは頑張る。自分のいた世界を、少しでも良くするために。
 そんなみどりを、少しでも支えられたら。

 ふと、そんなことを思う。

「……そうだな。みんなで、海に行こう。みどりも、この世界のいろんなことを知ったほうがいいからな」
「じゃあ決定〜。場所と時間は追って連絡するから、期待してて。みどりも祐介も、夏休みの予定はないね?」
「まあ……ないな」
「わたしもないよ」
「うん。じゃあそういうことで。この夏は、楽しくなりそうね」
 双葉がニッコリと笑う。至近距離で見る双葉は、また彼女が美人であることを再認識させられる。
「あ、ああ……」
 どもりながらも、答える。
 顔が、熱い。
「にばーん!」
 若葉ちゃんの言葉に、我に返る。若葉ちゃんは、すでに周りを無視して歌っているようだった。誰も止める者のいない状態で、彼女はいつまで歌うのだろう。
「もう……祐介君、また双葉ちゃんに惑わされてる〜」
「ち、ちがうって」
 慌てて否定。
「もう、少しは惑わされてもいいのに」
「だーめ」
 にらみ合う双葉とみどり。
 ……実は結構楽しんでるんだな。

 双葉には悪いけど。
 僕の想いは、多分変わらないと思う。
 けれど。

 こんな空気をまだしばらく味わっていたいと思ってしまうのは、やっぱりわがままなのだろうか。

 僕は言い合いをしながらも笑みがこぼれている二人を見ながら、そんなことを思うのだった。

 この夏はホント、大騒ぎになりそうだな。

「さんばーん!」
 隣では若葉ちゃんが、まだ歌っていた。



 おわり。



 俺が望む後書き

 不完全燃焼気味、ですがグリーングリーンのSSを久しぶりにお届けします。
 とはいうものの、昨年書いたみどりSSに加筆して終わらせただけなんですけどね。
 まあ、みどり生誕記念SSということで。

 2003.08.13 PS版買ったのにすすめてないよう ちゃある

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