グリーングリーンSS 「スカート」
夏休み。
あたしは実家に帰る前に、高崎とデートの約束をした。
幸いというか、あたしも高崎も家が関東(とは言ってもあたしは神奈川、高崎は埼玉だから結構離れてるけど)なので、会うことはそんなに難しくない。
デートコースは高崎に任せてある。まあお互いに高校生だから、たいしたところは期待していないけど。
「それより……」
「お姉さま、結局どの洋服を着て行くんですか?」
若葉が不安そうな表情で訪ねる。
確かに、部屋中が服で溢れていれば、若葉とはいえ不安にもなるか。
「ねえ若葉……どの服が、似合うと思う?」
「はいお姉さま、お姉さまならどれを来ても似合うと思いますけど……」
さっきから、同じ質問と同じ答え。
別に若葉はお世辞を言っているわけじゃない。純粋に、似合うと思っているのだろう。
「うーん……」
あたしは腕を組んで考え込む。と、脳裏にひらめくものがあった。
あたしはタンスに走ると、中の服をあさり始める。
「確かこの中に……」
あった。
タンスの一番奥からごそごそと引っぱり出す。
「これならどうかな」
出したものは、フリルのついた白いワンピース。
「お姉さま……それにするんですか?」
若葉が驚いた顔であたしを見る。
それはそうだろう。この服は父親に買ってもらった服だ。
そして『こんなのあたしに似合わないっ』って言って父親の前で床に叩きつけた服。
そりゃ、父親への反発もあったけど、その服は自分でも、あまりに似合わないと思った。
その服を、あたしは今選んでいる。
「……ねえ、若葉。あたしに可愛い格好って、似合わないかな」
「はいお姉さま……私には、ちょっとわかりません」
「どうして?」
「ご、ごめんなさいごめんなさい!」
言葉が強かったか、若葉は両手で頭を押さえるような素振りで謝る。
「若葉、あたしは怒ってるんじゃないの。どうしてわからないのかな、って思ってるのよ」
「それは……その……」
聞くまでもなかった。
単に、想像がつかないのだ。それはそうだろう。あたしにだって、想像がつかない。
普通の女の子だって滅多に着ないだろう、ノースリーブの白のワンピース。
しかも、フリル付き。
服自体を見ているだけで、自分が恥ずかしくなってくる。
でも……。
これを着ていったら、高崎もあたしが女の子だって、認めてくれるかな……。
*
なんか……視線を感じる……。
待ち合わせ場所には、十五分前に着いた。
結局あたしは、あの白のワンピースとつばが広い白の帽子、それに白いサンダルと赤のポーチ、という格好で来た。
何となく落ち着かなくて、ちらりと左手の腕時計を見る。
時計から目を離した瞬間に、歩いている男の子と一瞬視線が合う。
と、途端に男の子は視線を逸らした。
……やっぱり、おかしい格好してるのかな……。
あたしはくるっと一回転して、自分を見直す。
ふわりと広がるスカート。
うん、どこも悪くない……と、思う。
けれどその間にも、視線は増えていく気がする。
……うう……恥ずかしいよぉ。
でも。
高崎に、この格好を見てほしいから。
あたしも女の子なんだよって。
だから、我慢我慢……。
「……おまえ……朽木、だよな?」
恥ずかしさと気持ち悪さに堪えきれず涙目になったとき、後ろから知ってる声がしてあたしは振り向いた。
「あ、高崎……おはよ」
安心感からか、自然に笑顔になる。よかった、高崎は来てくれた。
が、高崎はあたしをポカンとした顔で見ている。
「なによ……」
やっぱりどこか、おかしいかな?
と、思った瞬間。
「ぷっ」
いきなり吹き出した。
「くははははっ、何だよそのカッコ」
そのまま腹を抱えて笑い出す。
「なっ、何がおかしいのよっ」
あたしは思わず拳を振り上げる。
「ほら、朽木ってそういうキャラじゃんか。なのにそんなに女の子っぽいカッコされてもさ。それに、そのカッコはここじゃ場違いだろ」
そのまま、あははははっと高崎はおかしそうに笑う。
普通なら、怒りにまかせて高崎をぶん殴っているところ。
けれど、こみ上げてきたのは怒りじゃなかった。
「……そんなに……おかしいかな」
振り上げた拳を下ろし、うつむく。
「あははは……え? あ……」
高崎は急に笑うのをやめ、申し訳なさそうにあたしを見る。
「やっぱ、あたしらしくなかったかな。こんな格好、高崎は嫌いかな……」
うつむいたまま、自問自答するようにつぶやく。
「い、いや、その……あまりに朽木のイメージと、かけ離れてたから」
あたしの声が聞こえたのか、高崎はしどろもどろになって弁解する。
「あ、あたしだって、そんなのわかってたわよ……」
うつむいたまま、返す。
そう、わかっていた。
でも。
高崎に好かれるには、どうすればいいかわからないから。
胸だって大きくないし、女らしくないし。
だから。
まずは女の子らしくすれば、高崎もあたしのこと見てくれるかなって。
ただ、それだけで……。
「あー」
恥ずかしくて泣きそうなあたしの前で、高崎はコホン、と咳払いをする。
「その、なんだ、あれ、朽木のそのカッコ、な……似合う、とは言わないけど、女の子っぽくて、その……えー……」
高崎は照れた表情で視線を逸らす。
「……可愛いと、思うぞ」
その言葉を聞いた瞬間。
急に涙が溢れてきた。
「お、おい。褒めたのにいきなり泣くなっ」
「だって……」
人前だってわかってるのに、涙が止まらない。
嬉しくて。
すごく、嬉しくて。
あたしは、泣いた。
*
「え? 遊園地行くつもりだったの?」
「ああ、まさか朽木がそんなカッコしてくるなんて思ってなかったからさ、てっきり動き回る方がいいのかと思ってた」
「やっぱ、そういうイメージなんだよね」
高崎には、あたしのことを女の子として見てほしいのに。
だから、女の子っぽい格好をしたのに。
はあ、とため息をつく。
「朽木」
高崎に呼ばれ、あたしは顔を上げる。
「朽木のそういうカッコ、悪くないけど……その……僕は、いつもの朽木の方が……好き、だな」
「えっ?」
不意に言われた言葉をもう一度聞きたくて、あたしは疑問符を投げる。
『好き』って。
高崎が、あたしのこと『好き』って言ってくれた……。
また涙が溢れそうになる。
「い、いや、その……いつもの朽木の方がいろいろと楽だし……」
そう言って高崎は、鼻の頭を掻きながら天井を見上げる。
「……そっか」
なーんだ、そういう意味だったのか。
ちぇっ。
「べ、別に今のカッコが悪いわけじゃないぞ。ごくまれには、見たいかもしれない」
なんか慌てた調子の高崎。
「ん、わかったよ、高崎」
あたしは弾むように高崎の前に出て、向き直る。
「あたしはあたし、だからね」
「お、おう」
よくわかっていないような返事をする高崎。
うん、わかってなくてもいいんだ。
わたしはわたし。
それを教えてくれたのは、高崎だから。
ね。
「じゃ、映画でも行こうよ高崎。あたし、見たい映画があるんだ」
あたしは高崎の手を引いて歩き出す。
「お、おい朽木っ」
照れた表情の高崎。でも、あたしの手は握り返してくれた。
時間は、あるから。
だから、ゆっくりと……ね。
end
俺が望むあとがき
えー「鐘の音ラバー」に収録されている双葉のテーマソング「スカート」をモチーフに書きました。
僕的に双葉と祐介は「恋人同士の二人」がぽっと浮かばなかったので、「誰ともエンディングを迎えず、三年になって双葉が編入してきた夏の話」という、わけわかんない話になってます。
グリーングリーンは設定の都合上、好きになってからが短いんですが、どうしても双葉は「片思いでとんちんかんなことをする」イメージが強く、片思いの時期が長い方が面白いかな、という理由で設定を作りました。積極的だけどとんちんかんなのでうまく重いが伝わらない双葉と、とにかく鈍感なのでよけいに伝わらない祐介の「恋人未満コンビ」って実は好きなんですよ。「きっとコイツら、つきあい始めるの三年の終わりだぜ」みたいな、ね(^^;
「スカート」という曲を表現できた、とは思いませんが今回も「イキオイ」で書き上げました。良かったら感想などいただければ幸いです。
最後に。すばらしい曲を作ってくれたmilktubさんと作詞の桑島由一さんに、「ありがとう」
2002.04.08 つぎは「キャラメル」だ ちゃある