君が望む永遠 アナザーストーリー 「君が望まなかった永遠」





 終章 それぞれの明日



 #2 茜


「茜、大丈夫?」
 慎君の病室に戻ると、皆が心配そうな目で私を見た。
「ええ。もう大丈夫よ。少なくとも、そこのけが人二人よりはずっとね」
「そりゃそうか」
 私の言葉に、水月先輩が笑う。
「今日は、大変だったみたいだね。慎も迷惑かけたみたいだし」
「いえ、こちらこそ慎君に怪我させてしまって」
 平さんの言葉に、私は恐縮してしまう。
「いいのよ茜。それは息子が勝手にやったことなんだから」
 水月先輩は、笑いながら慎君をこづく。
「痛っ」
「ほら、こうして生きてるしね」
「そりゃないよ。母さん」
 慎君は困ったような顔をする。それでも静かなのは、膝の上で姉さんが眠っているからだ。
「普通に、眠ってるんだな」
 と、隣にいた孝之さんがほっとした顔で言う。
「そうね。慎の動きや、音にも反応してるから大丈夫じゃない?」
 水月先輩が微笑む。確かに、普通に眠っているようだ。
「ところで、遙海は?」
「ああ、葉月と一緒にコーヒー買いに行かせた」
 孝之さんの問いに、平さんが答えた。
「いいのか? 大事な娘だろ?」
 孝之さんがニヤリと笑う。
「大丈夫だよ。遙海君なら安心だ。ま、心配なのはお前の遺伝子を受け継いでることぐらいかな」
「なら大丈夫だな。葉月ちゃんだって、水月の遺伝子を受け継いでる」
「そりゃそうだ」
 そう言って、孝之さんと平さんは笑い出す。
「……それ、どういう意味?」
 低い声で、水月先輩が二人を睨んだ。
「そりゃ……まあ、あれだ……」
 孝之さんは、水月先輩の視線におびえ、言葉をつなげられない。
「ああ、今の孝之おじさんを見てわかりました」
 いいタイミングで入った慎君のセリフに、みんなは笑った。

 +

「ただいまー」
 元気な声で入ってきたのは葉月ちゃんだ。後に続くようにして遙海が入ってくる。
「好きなもの、取って」
 よっ、と言いながら遙海はテーブルに買ってきた飲み物を置いた。
「お袋は、緑茶だっけ?」
「え? うん」
 遙海に訊ねられ、慌ててうなずく。
「ほい」
「ありがと。母さんの好み、覚えてたのね」
「当たり前だろ。何年親子やってると思ってんだ」
「そっか」
「そうだよ」
 当たり前の会話。
 いつもと変わらない会話が、すごく嬉しい。
「な、何泣いてんだよ」
「なんでもないわ。ちょっと嬉しかっただけ」
 私は涙を拭いつつ答える。
「何が」
「遙海が母さんの息子であることが、よ」
 私の言葉に、遙海は言葉が詰まるような表情を見せる。
「い……今更誉めても何も出ねーぞ」
 そう言ってそっぽを向く遙海。
「お、なんだ? もしかして照れてんのか」
 からかうような口調で、孝之さんが言う。
「うるせえっ」
 まさに図星ですと言わんばかりの台詞に、みんなが笑う。

 ねえ、遙海。
 母さん、本当に良かったと思ってるのよ。
 遙海が母さんの息子であったということが。
 そして、

 私が遙海の母親でいる、ということが。

 だから、ねえ遙海。
 頼りない母親だけど。
 これからも、遙海の母親でいてもいいのかな。
「当たり前だろ。俺のお袋は、涼宮茜だけなんだからさ」
「え? なに?」
 遙海のいきなりの台詞に、私は驚く。
「顔にそう書いてあったぜ。自分が母親でいいのかってさ」
 そう言って、遙海は微笑む。
「……人の心を読むなんて、そういうトコは茜そっくりね」
「ホントだな」
 水月先輩の言葉に、慎二さんがうなづく。
 うーん、昔は孝之さんにそんなこと言われたけど……。
「いいじゃないか。遙海がそう言ってるんだし。俺達は変わらず、そして遙を加えて、暮らしていこう」
「そうですね」
 私の肩を叩く孝之さんに、私は微笑んだ。





 #3 慎


「ホントに帰っても大丈夫? 母さん泊まっていってもいいけど」
「大丈夫だよ。それに母さん、明日は仕事の日でしょ?」
 心配する母さんの申し出を、僕はやんわりと断る。
「それに、茜おばさんもいるから」
 遙さんの方には、茜おばさんが付き添うらしい。
「ん……まあ、そこまで言うのなら」
 なんとなく不満そうな、母さんの顔。
 でも、ただでさえ心配かけてるんだ。これ以上は負担をかけたくない。
「そしたら、アタシが遙兄ぃのトコ泊まってさ。何かあったらアタシが来るっていうのは?」
 葉月が不意に割り込んできた。
「葉月がなんの役に立つの。それに、茜に迷惑でしょ」
「……ちぇ」
 どうやら言ってみただけらしい。試験も文化祭も体育祭も終わり、暇なのだろう。
「じゃあ……帰るわね。明日、仕事終わったら来るわ」
「無理しなくていいよ?」
「バカ。慎の入院費とか、誰が払うと思ってるの?」
「あ……」
 そりゃそうだ。病院だってボランティアじゃない。
「……ごめんなさい」
「ま、今回は遙を助けたんだから、ここは誉めるところだけどね。自分の行動で周りにそれだけ迷惑がかかるのか考えてくれると、母さんとしては嬉しいかな」
「うん……」
 うなずくしかない。僕は今回のことで、母さんや父さんに心配をかけたことは事実なのだ。
「でも、母さん」
「なあに?」
「もしもう一度同じことが起きたとしたら、僕は───」
 ───また同じ行動を取るよ。
 そう言おうとした僕の言葉を、母さんが遮った。
「なら、今度は遙が落ちる前に捕まえなさい。二人とも怪我をしないのが、一番なんだから」
 右手で僕を指さし、母さんは言った。
「……そうだね、そうするよ」
 まったく、母さんの言う通りだ。
「そもそも、同じことが起きないように頑張るのが、慎の役目なんだからね」
 そうだ。
 二度と遙さんを悲しませるようなことはしない。
 そうできるようにならないと。
「……ま、とりあえず今は身体を治しなさい。動けないんじゃどうにもならないわよ」
 そう言った母さんの目は、とても優しく。
「あれ、お兄ちゃん泣いてるの?」
「え?」
 葉月に言われて、僕は目をこする。
 確かに、泣いていた。
「こら、何泣いてんの」
「……ごめん」
 僕は、その母さんの優しさに。
 謝ることしか、できなかった。


「じゃ、母さん達帰るわね」
「……うん。また、明日」
「お兄ちゃん。早く治してね」
「……葉月」
「じゃないとっ、ウチのコトぜーんぶ葉月がやらなくちゃならないんだからねっ。だから、早く帰ってこないとダメだよっ」
 ビシッと僕を指さしてから、葉月は微笑む。
「それに、遙さんも待ってるでしょっ」
「ま、待ってるって……」
「あー、待ってるってのは違うか。でも早く治さないと、遙さん、誰かに取られちゃうよ?」
「え?」
「だあって、あんなに美人なんだもん。でしょ?」
「う……」
 そ、そうかもしれない。
「だから、早く治すんだよ?」
「お、おう」
「あははっ、じゃあねっ」
 にこやかな笑顔のまま、葉月は去っていった。
「……いいように、からかわれてるな」
 誰もいなくなった部屋で、僕はつぶやく。
 でも、葉月の言ったことは間違いじゃない。
「早く、治さなきゃ」
 僕は決意を新たに、ぐっと拳を握った。

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