君が望む永遠 アナザーストーリー 「君が望まなかった永遠」





 終章 それぞれの明日



 #4 孝之


「じゃあ孝之、またな」
 運転席のウィンドウを開け、慎二が言った。
「おう。今度また飲もうぜ」
「そうだな、最近飲んでないしな」
「じゃあじゃあ、今度みんなで遊びに来ようよ」
 後ろの席から、葉月ちゃんが割り込んでくる。
「そうだな。そうすればいい。たまには家族同士もいいだろ?」
「やった。絶対だよ?」
 俺の言葉に、葉月ちゃんは小さくガッツポーズ。
「でも、迷惑じゃない?」
「大丈夫。お前らは親戚も同然だろ。義父さんも義母さんも、きっと喜ぶさ」
 俺は不安げな顔をした水月に、そう答えた。
「……ま、その前にまたここで会いそうだけどな」
「はは、そりゃそうかも」
 慎二の言葉に、俺は笑う。
 心地よい会話。だからコイツは親友なんだと、思う。
「じゃあ、ホントに帰るな。茜さん、また」
「ええ、また」
「遙兄ぃ、またねー」
「おー」
 そんな会話の中、慎二の車は走り出す。
 ゆっくりと小さくなっていく中、葉月ちゃんは後ろの窓からずっと手を振っていた。
「孝之さん、お疲れさま」
「茜もな。お疲れさま」
「んだよ夫婦でさ。俺には一言も無しですか」
「何を言う我が息子よ。それは今から言おうと思っていたのだ」
「うわ、うそくせー」
 うそぶく遙海に、俺は向き直る。
「遙海。今日はいろいろと、済まなかったな」
「お、親父……」
 不意に真顔をされたからか、遙海もまじめな顔で俺を見る。
「これからも、遙海には負担をかけるかもしれんが、よろしく頼む」
「あ、当たり前だろ。俺は、親父とおふくろの、息子なんだからな」
 言葉に詰まりながらも、遙海はそう返した。
「そうか、なら心配ないな。じゃあ今日はお疲れさん。また明日もよろしくな」
 俺はころっと表情を変え、笑顔でそう言った。
「うわ、軽っ」
「ははっ、そのほうがお前も楽だろうが」
「そりゃそうだけど……」
「ならいいじゃないか。さ、もう一度遙の顔を見て俺達は帰ろう」
 俺は不満そうな息子の背中を叩く。
 と。
 ブーン、ブーンと低い音をたててポケットの携帯が鳴る。
 発信者の欄を見て、ため息をつく。
 あー、すっかり忘れてたなー。
「遙海すまん、先行っててくれ」
「おう」
 走っていく遙海の背中を見ながら、電話に出る。
「はい、涼宮です」
『連絡よこせと言っておいたろうがボケぇ!』
 携帯のスピーカーが壊れそうな勢いで、怒声が響いた。
 よかった、スピーカを耳から離しておいて。
「すいませんね。今やっと一段落ついたんで」
 そもそも連絡をよこせとは言ってないだろう、と思いつつも俺は大人の対応をする。
『嘘つくな。夕方に状況確認の連絡があったと、お前の部署の千歳が言ってたぞ』
 なにっ、先に裏取ってやがったっ。
 ……やるな大空寺。
「上司として部下の状況を確認するのは、当然のことですが」
『部下として上司に報告するのも、当然のことだろがっ』
 ううむ、これだけスピーカーを離しているにもかかわらず、耳が痛い。
「ま、とりあえず遙は無事です。で、俺達のこともやっとわかってくれたみたいで」
 次の攻撃が来る前に、俺は淡々と報告した。
『……そう、良かったな』
「……はい」
 きっと、電話の向こうでは照れ半分、安心半分みたいな顔をしてるんだろう。
 長いつきあいだからか、大空寺の表情が手に取るように想像できてしまう。
 根は、誰よりも優しい。
 だからこそ、彼女は俺達の社長なんだ。
『明日は来るんだな?』
「行きますよ。そう休んでもいられないですから」
『当たり前さ。誰がお前に高い金払ってると思ってんのさ』
「ちゃんとその分は働いてるだろ?」
『働いてなかったら、お前はすかいてんぷるにいないさ』
「ええ、そう思ってますよ」
『……嘘つけ』
「え? 何か言いましたか?」
 聞こえてはいたが、俺はわざととぼける。
『いや……大変だとは思うが、明日はちゃんと来い。まゆまゆも心配してたから』
「わかりました、社長。朝イチで報告に行きますよ」
『……わかった』
「じゃ、また明日」
『必ず来いよ』
「はいはい」
 ピッ。
「ふう……疲れるな」
 それは決して、厳しい疲れではないのだが。
 むしろ。心地よい疲れ。
「……一応、心配してくれてたんだな」
 俺は一人、苦笑する。
 大空寺は、そんなに非情ではない。俺達は、それを知っている。
 わがままで、照れ屋。
 カリスマ経営者の裏の顔は、そんなものなのだ。
「明日は部署のみんなにも、謝らないとな」
 そして、明日からまた忙しい日々が始まる。
 昨日までと、同じ。
 だけど、昨日とは違う。

 そんな、毎日が。

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