君が望む永遠 アナザーストーリー 「君が望まなかった永遠」
エピローグ そして、始まる
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あの人に初めて会ったのは、確か中一の時だったと思う。
病院のベッドの上で何本もの管に繋がれている彼女を見て、僕は
『囚われの姫みたいだ』
って思ったんだ。
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「……どうしたの? 慎くん」
「あっ、いや……なんでもないです。ちょっと、考え事を」
「そう……」
言ってから『しまったかな?』と思う。でも、『遙さんの横顔を見ていたら、昔のことを思い出しました』なんて言えない。
「……やっぱり、受験が頭から離れない?」
「え? あ、ええ……そうなんですよ。受験生ですから」
「白稜柊、受けるんだって?」
「ええ……やっぱり、行きたいです。両親や遙海兄ちゃん、それに───」
僕は、遙さんを見る。
「───遙さんが、通った学校だから」
「───え?」
遙さんの顔が、赤くなった。
「あ……ありがとう」
遙さんは、照れた仕草で言った。
「いや……」
そんな仕草をされると、僕の方が恥ずかしくなる。
『───間もなく柊町です。お降りのお客様は社内に落とし物等ございませんよう、お気をつけください』
ほんのり気まずい雰囲気に、車内アナウンスが割り込む。
「そ、そろそろですね」
「あ、うん」
リニアモーターカーはすーっとホームに滑り込む。
『柊町です』
ドアが開き、他の人々についで僕達もホームに降りる。
「……ね。慎くん」
ホームから下る階段を下りる直前、不意に遙さんが声をかけた。
一段だけ降りた僕は、遙さんを見上げるような形になる。
「私みたいな、おばさんでも……いいのかな」
そうつぶやいた遙さんの表情は、恥ずかしさと、不安と、とまどいが入り交じっていて。
本当は、こんなこと言ったら悪いのかもしれないけど。
僕には、その表情がこの上もなく美しく見えたんだ。
「……遙さん」
僕は、遙さんの目をまっすぐに見つめる。
「慎……くん?」
遙さんは、今にも泣き出してしまいそうな、そんな目で僕を見る。
だから僕は、その表情を和らげるように、微笑む。
「僕は、遙さんが、好きです」
難しいことは、わからない。
今僕が言えることは、これだけだから。
「遙さんは……僕みたいな子供は、嫌いですか?」
「え?」
逆に問いかける。
「う、ううん……嫌いじゃないよ?」
「なら、大丈夫ですよね」
僕はもう一度微笑む。
「さ、行きましょう」
僕は遙さんに手を差し出す。
「……うん」
遙さんは、ゆっくりと、僕の手を取り、そして微笑む。
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「いつか───」
遙海兄ちゃんは、独り言をいうように小さく、つぶやく。
「───目覚めたとき、この人はどうするんだろうな」
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遙海兄ちゃんの言葉が、脳裏に響く。
「───どうするんだろうね」
遙さんにも聞こえないように、僕はつぶやく。
遙さんがこれからどうするのか、僕にはまだわからないけど。
ずっと、支えていきたい。
支えられるような、人間になりたい。
ずっと。
遙さんと一緒に。
「あ……ふあっ」
遙さんの身体が、傾く。
「遙さん?」
慌てて僕は、彼女の身体を支える。
右手で遙さんを抱きしめ、左手で手すりを掴む。
間近に迫る、遙さんの顔。
勢いで、キスもできそうな距離。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん……ごめんね」
「い、いえ」
僕はぐっと体勢を立て直し、遙さんを立たせる。
「いつだって、支えますから」
僕はつぶやく。
そう。
───例えば、こんな風に。
君が望まなかった永遠 おしまい。