#5 茜  目が、覚めた。  少し疲れたからと言って横になったまま、本当に眠ってしまったらしい。  時計を見る。二時間は経っていないようだ。 「起きたか」  優しい声。私は身体を起こし、その声の主に向き直る。 「あなた……」  孝之さんは、脇にあった椅子に腰掛けていた。 「具合はどうだ?」 「ええ……悪くないわ」 「そうか……今日はいろいろあったからな。疲れただろう」 「そんな。あなたこそ……」 「そうだな。俺も疲れた」  孝之さんは、そう言って微笑む。 「みんなは?」 「ああ、慎君のところに集まってるんじゃないかな。慎二と葉月ちゃんが来てさ」 「そう……なら顔を出しておかないとね」  そう言いながら、私はベッドから降りる。  が、足を置いたはずの床が不意に歪む。 「あら……?」  平衡感覚がない。このままでは倒れてしまうと理解していても、堪える術がない。  どん。 「大丈夫か?」  耳元で聞こえる、孝之さんの心配そうな声。  どうやらふらついた私を、孝之さんが支えてくれたらしい。 「ええ……大丈夫。ただの立ちくらみだと思うから」  これ以上、孝之さんに心配かけられない。  でも、足に力が入らない。 「もう少し、休んだ方がいい。俺もいるから」 「でも……」 「いいから」  結局押し切られる形で、私は再びベッド腰掛ける。 「しかし……慎君が遙のこと好きだったなんてな」  不意に、孝之さんが切り出した。  やはり、そうだったのかと思う。  そうでなければ、姉さんを追って飛び出したりなんかできない。 「応援、してあげたいわね……」 「そっか。茜もそう思うか」 「え?」 「……いや、さっき遙海や水月と話しててさ。そんな話が出たんだ。二人を、応援したいって」 「そう……」 「慎君もそうだけど、遙も前向きになれるんじゃないかな。自分を一番に想ってくれる人がいるってことは、大切だと思う」 「そうね」  本当に、そう思う。  私もずっと、思っていたから。  自分は、二番目なのだと。  だから、嬉しかった。  孝之さんが、私を選んでくれたことが。  姉さんには悪いけれど、本当に、嬉しかったから。 「茜……泣いているのか?」 「え?」  孝之さんに言われ、私は自分が泣いていることに気づいた。 「ごめんなさい……」  そう言って私は顔を背け、右手で涙を拭う。 「いや、いいんだ。俺の前では、素直に感情を出していいんだよ」  その言葉に、私は背けていた顔を戻す。 「俺達、夫婦だろ?」  その微笑みを見た瞬間、自分でも信じられないくらい大粒の涙が、ぼろぼろとこぼれだした。 「お、おいおい」  孝之さんは慌ててハンカチを取り出す。 「ごっ……ごめんな……」  言葉が、出なかった。  それは、泣いているからだけではなく、  孝之さんが、そっと私を抱きしめたから。 「俺は、あのときの言葉に、嘘は無いよ」 「……うん」  私も、抱きしめる。 「だからそろそろ……愛の証が、欲しいな」 「え?」  言葉の意味が分からず、身体を離して孝之さんを見る。 「あー……遙海に弟か妹ができても、まだ大丈夫だよな?」  ほんのり赤くなった顔で、照れたように目を逸らしつつ孝之さんが言う。  えーと。  …………。  あー。 「……はい」  ようやく意味を理解した私は、孝之さんの胸に飛び込んだ。