君が望む永遠 アナザーストーリー 「君が望まなかった永遠」
終章 それぞれの明日
#1 遙海
「ねえ遙兄ぃ。兄貴と遙さん、つき合うのかな」
「どうだろうな」
「遙さんはともかく、兄貴は遙さんにゾッコン、って感じだよね。遙さんを守って崖から落ちたんでしょ。あの兄貴がねえ、アタシ今でも信じられないよ。ねぇ遙兄ぃ?」
「うるせえ。ここは病院なんだから静かに歩け」
「はーい……」
しょんぼりした顔で俺の隣を歩くのは、葉月。慎の妹で、俺の二つ下。長いポニーテールが目印で、さすが親子と思うくらい水月さんに似ている。
もっとも、性格はそんなに似ていない。ナマイキだし。俺のことは勝手に「はるにぃ」って呼ぶし。
ま、兄妹のいない俺にしてみれば、葉月はホントの妹みたいなもんなのだが。
「で? 何飲むんだ?」
「ええと……ウーロン茶」
「ホットか?」
「んー、冷たいほう」
「了解」
俺はウーロン茶を買うと葉月にむかって放る。
「サンキュ」
「礼なんていらないだろ。どーせ俺の金じゃねえんだし」
とか言いながら、俺は頼まれた飲み物を買っていき、最後に自分の分であるカフェオレを買った。さっきはブラック強制だったので、飲み直しだ。
俺は全員の分の飲み物を抱えて歩き出す。両手に抱えているのを見ても「手伝おうか?」の一つもないのは葉月らしいといえば葉月らしい。ムカツくけど。
「……ねえ、遙兄ぃ」
ウーロン茶を飲みながら(だから手伝えなかったのかもしれない。ムカツくことには変わりないが)、葉月が訊ねた。
「なんだ?」
「兄貴、どのくらいで退院できるかな」
「……そうだな、長くても一ヶ月、ってとこじゃないか?」
「そっか……」
「なんだ。ちゃんと慎のこと心配してんだな」
「違うよ。兄貴がいないとアタシの家事の負担が増えるんだよ」
そう言えば慎のトコは共働きだったか、と思い出す。
「ま、花嫁修業かなんかだと思って頑張れ」
「え? なに? 遙兄ぃアタシをもらってくれるの?」
「ばーか」
「バカってなによー」
冗談みたいな会話。幼なじみってのはこんなものなのだろうか。
「アタシ、遙兄ぃなら結婚してもいいんだけどなー」
「俺は勘弁願いたい」
「えー、なんでー」
「そうだな……俺はもっと大人の女性が好きだからってはどうだ?」
「『どうだ?』って、今理由決めてるの?」
「冗談だ」
「もう」
むくれた顔をする葉月。久しぶりにからかうのも楽しいものだな。
「な、葉月」
「なによ」
「慎のこと、ちょっとは支えてやれよ」
「えー、今よりも? あのだらしない兄貴を面倒みないといけないの?」
口ぶりは嫌そうだが、顔は笑っている。こんなとき、俺にも妹がいたら良かったな、と思う。
……なんて、慎に言ったら『とんでもない』といった顔をするだろうが。
「じゃあ……そうだな、遙さんと仲良くしてくれ。あれでも俺の母親、だから」
「うん、わかった……って、今なんて言った?」
頷いてから言葉の意味を理解したのか、慌てて聞き直す葉月。そっか、知らなかったっけか。
「遙さんは、俺の産みの親なんだ」
「えーっ、ホントにーっ?」
「うるせえぞ葉月。ここは病院なんだから」
「だってそんなのいきなり言われたら驚くでしょ?」
声のトーンを落とし、それでもテンションは変えずに葉月は続ける。
「大体、なんでそんなに大事なことさらりと言うの? もしかして遙兄ぃ、前から知ってた?」
「いや、今日知った」
「だからなんでそんなに冷静なの?」
「だって、俺の母親は涼宮茜だし」
「え?」
俺の答えに、葉月はきょとんとした顔をする。
「急に『俺を産んだのは遙さんだ』って言われても、育ててくれたのは今のお袋だし。それに遙さんだって、ずっと知らなかったんだ。俺を産んだことだけじゃなく、自分が事故に遭ってから二十年も経っていたことも」
淡々と、俺は話す。
そりゃ俺だって、少しは悩んださ。
でも、悩んでも変わらない。
だから、俺は受け入れる。
自分は、親父と遙さんの間に生まれたということ。
お袋は、俺のことを本当の子供だと思って育ててきたということ。
今でも、遙さんは親父のことが好きだったということ。
そして、
慎が、遙さんのことを好きだということ。
その上で、俺の母親は涼宮茜だと、宣言する。
いいじゃないか、それで。
周りが何か言うのなら、そのときはそのときだから。
「……遙兄ぃ」
葉月は、困ったような顔をしていた。俺に対して何を話せばいいのかわからない、そんな感じ。
「別に、葉月が気にすることじゃない」
「だって、兄貴が好きなのは遙さんなんだよ? そしたら」
「だーかーら、お前が気にすることじゃないってばさ」
俺は葉月の頭にぽんっと手を置くと、少しむっとした葉月に向かって微笑んだ。
「お前は、慎を助けてやれ。もしそれができないのなら、遙さんと仲良くなってくれ。な?」
「……うん」
葉月は、コクンと小さく頷いた。