君が望む永遠 アナザーストーリー 茜祭り対応 「茜色の空は遙か」
「あーっ、なんかすっきりしちゃいました」
俺の前で、茜ちゃんは大きく伸びをした。
ここは、白陵柊の裏の丘の上。
今日は土曜日だというのに、遠くでは生徒の声が聞こえる。
「本当に、いいのか?」
「いいんです。水泳にも、疲れましたから」
俺の言葉に、茜ちゃんはそう言って振り向く。
憂いを含んだ瞳。わかりやすい嘘。
それを感じるたびに、俺の心は痛む。
今日、茜ちゃんは推薦が決まっていた白陵大への推薦を辞退した。理由は一応、姉の介護のため。
「……で、最後は白陵大の監督まで来ちゃって。『姉さんの介護はなんとかするからウチに来てくれ』って、言われちゃいました。ずいぶんと高く買ってくれてたんですね」
茜ちゃんは、そう言って微笑む。
今日のこの日まで、ずっと家族で話し合ってきたこと。
遙のお腹にいる、俺の子供。
生むか、堕ろすか。
結果的に、遙は子を産むことになった。一つは出産という、生命の根元に関わるような活動を行えば、遙が目覚めるかも知れないということ。そしてもう一つは、俺のわがままだった。
遙と生きた証が欲しい。
それは遙の命に比べれば些細なことなのかも知れない。けれど、お父さんとお母さんに俺の思いは伝わった。
了承した理由はよくわからないが、もしかしたら俺に近い思いを抱いていたのかも知れない。
「そうしたらやっぱり、母親が必要ですよね」
俺達の前でそう言った茜ちゃんの言葉には、強い意志が込められていた。
あの日、茜ちゃんは俺に言ってくれた言葉。
自分が遙の代わりになる、と。
それは、彼女の決意。
それほどまでに、俺を想っていてくれたということ。
その想いを、俺は受け入れた。
それを退けられるほど、俺は強くなかった。
……そもそも俺の意志がもっと強ければ、こんな事態にはならなかったのだから。
「……どうしたんですか?」
気がつけば、茜ちゃんの顔が目の前にあった。
うつむく俺の顔を覗き込むように、俺をじっと見ている。
「……本当に……いいのか?」
もう何度、同じ質問をしたのだろう。
「いいんですよ。もう決めたことです」
もう何度、同じ答えを聞いたのだろう。
こんな質問は、無駄に彼女を苦しめるだけだというのに。
「ごめんな……」
それでも、俺の言葉は止まらない。
「いいんですよ。鳴海さんの側にいられるなら、私はそれでいいんです」
茜ちゃんは、俺を包み込むように、そっと抱きしめる。
「例え姉さんの身代わりだとしても……私は、それでいいんです」
ぎゅ、と強く抱きしめられる。
痛いほどの愛情。
俺には、そんなに愛される資格などないのに。
「茜ちゃん……」
身代わりなんかじゃない。
茜ちゃんは、茜ちゃんだろ?
そんな想いを込め、俺は茜ちゃんを抱きしめる。
今はただ、この温もりを感じていたかった。
それがただの逃避行動だとわかっていても。
抱きしめられる優しさを、感じていたかった。
「……そろそろ、行きましょうか」
いつしか、空の色は変わっていた。
彼女の名前のような、綺麗な茜色に。
傾いた夕日に照らされ、彼女自体も、茜色に染まる。
「……そう……だな……!」
優しく微笑む茜ちゃんに、一瞬だけ遙の顔が重なる。
「は……」
「は?」
「……いや、なんでもない」
茜ちゃんの問いを、顔を背けてごまかす。
身代わりじゃないと、そう思っていたのに。
俺はまだ茜ちゃんを通して、遙を見ている。
「帰ろう」
「……はい」
少し沈んだ声。それは、俺の想いを察したのか。
「ほら」
不安を振り払うように、俺は笑顔で茜ちゃんに向かって手を差し出す。
「……はい」
茜ちゃんも、優しく微笑んでその手を取る。
茜ちゃんは、俺のことを好きだと言った。
俺も、茜ちゃんのことは大切に思っている。
想いの表現は、互いに嘘だったとしても。
例え、それが遙が目覚めるまでの限定だとしても。
それでも、その想いはお互いに必要だから。
俺達は、手を繋いで丘を下る。
茜色の空の下を、二人で下る。
もう、この手は離さない。
遙が目覚める、その時まで。
おわり。
君が望む後書き
ってーことで茜祭り対応です。ええと、本作は「茜妊娠エンド」を想定しています。従って、拙作「君が望まなかった永遠」の前、ということになります。
いたってシンプルじゃない、複雑な想いをこのエンドでは抱えることになるのですが、うまく表現できなくてごめんなさい。
何となく、天使のいない12月をイメージして書いたのはナイショ。ホントは最後に「エンディングのフレーズ」を入れようと思いました。……ほら、何となくマッチしませんか?(ぉ
……一息ついたら、「君が望まなかった永遠」の続きも書かないとな。
では、次の作品で。
2003.10.16 ちゃある
2003.10.17 修正