君望Snapshot 「悪夢」






 そこは、俺が良く知っている場所だった。
 柊町駅の、駅前。
 どうして俺は、ここにいるんだろう?

 覚えていない。

 身体が射抜かれるような、熱い日差し。
 夏の、日差しだ。

 と、脇を見ると、人だかりが出来ている。

 ───これは。
 
 イヤダ。


 この光景には見覚えがある。
 忘れようと思っても、心の奥底に残って忘れられない光景。
 一生消えない、心の傷。

 逃げよう。
 そう思っても、身体は勝手に、人混みに向かっていく。
 やめろ。
 やめてくれ!
 思いとは関係なく、俺の身体は人混みを掻き分けていく。
 どうして。
 どうして俺は。

 ───もう一度壊されなけレバイケナインダ。

 人混みを抜けた。
 散らばるガラスの破片と、ひん曲がったポスト。
 そして、血痕……。

 警察官が、事務的な口調で会話している。
「白陵大付属柊学園、三年生……」
 やめろ。
 俺は聞きたくないんだ。
 ソノサキヲ───。

「えー、涼宮遙。涼しいにお宮、遙か遠く───」



「うわあああああああああああああああああっっ」
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
 身体が激しく揺さぶられる。
「はあっ、はあっ」
「お兄ちゃん……大丈夫?」
 良く知った声に、我に返る。
「ああ……大丈夫だ」
「いきなり大声出したりして、夢でも見たの? 本当に、大丈夫?」
「いや、もう……大丈夫だ。茜ちゃん」

 ……茜ちゃん?

 俺は、通路にある長椅子に座っていた。
 隣には、茜ちゃん。
「お兄ちゃん、一度家に帰ったら? このままじゃ、お兄ちゃんが持たないよ」
 そうか、ここは病院……。
「……遙は、どこだ……?」
「どこって……何言ってるの? お姉ちゃんは病室にいるよ」
「そっか……そうだな……」
 俺はゆっくりと立ち上がると、おぼつかない足取りで遙のいる病室へと向かう。
 カチャ。
 ノックもせずに、ドアを開ける。
 薄暗い部屋。
 月明かりが、僅かに部屋を照らしている。
 その、月明かりに。

 遙は、映し出されていた。

「遙……」
 安らかな寝顔。
 今にも、起きてきそうな。
「遙…………」
 俺はふらつく足取りで遙の元へと近づく。
「なあ……嘘だろ?」
 答えはない。

 スリーピング・ビューティー。

 完治している傷。
 呼吸も、自発呼吸をしている。
 なのに何故、目を覚まさない?

 何故?

「なあ、遙……」
 俺は呼びかける。
「いい加減、起きてくれよ……俺、待ち疲れたよ」
 答えはない。

 それでも、
「起きようぜ、遙」
 俺は呼び続ける。
「遙とやりたいことが、たくさんあるんだ……」
 いつか。
「遊園地行ったり、水族館行ったり……」
 なんでもないように。
「……そうだ。絵本の展覧会、行かなきゃな」
 返事をくれるんじゃないかと。
「……なあ……はるか……」
 心のどこかで、そう思っている自分がいて。

「遙……」
 唇にキス。
 遙の乾いた唇と、俺の湿った唇が重なる。

 本当の眠り姫ならば。
 王子様のキスで目覚めてくれるのに。
 目覚めないのは、俺が王子様ではないからか、それとも遙が眠り姫では無いからか。

 現実は、何も変わらず。

「うわあああっ」
 涙があふれる。
 どうして。
 どうしてこんなにも。

 オレハココロヲコワシタガルノカ───。





「───孝之くん!」
 彼女の声で、目を覚ました。
「……ここは?」
「え? わたしの……部屋だよ? 孝之くん疲れてるみたいで、私のベッドで寝ちゃったんだよ」
「そうか……」
 安心とともに、言い得ぬ恐怖が、俺を襲った。
「きゃっ」
 目の前の遙を、ぎゅっと抱きしめる。
「遙……」
 遙の鼓動を感じる。
「はるか……」
 俺のいきなりの行動に驚いていた遙だが、やがて俺のことを、優しく抱きしめる。
「孝之くん……大丈夫だよ」
 遙の声が、俺の耳に届く。
 遙の腕が、俺を抱きしめている。

 遙は、目覚めているんだ。

「……はるかあっ」
 壊れるくらい、彼女の身体を抱きしめる。
「……孝之くん……痛いよ……」
 苦しげな遙の声で、俺は我に返った。
「……悪い」
「ううん……よくわからないけど、夢を見たんだね」
「ああ……遙の……夢だ」
「ね、孝之くん」
 遙は俺の目をじっと見つめる。
 三年前と変わらない、優しい瞳。
「前も言ったかも知れないけれど……スズミヤハルカは、ここにいるよ」
 優しく、微笑む。
「……ああ」
 彼女の笑顔に、少しだけ癒やされる。

 けれど。

 それが、俺の罪である限り。

 また、夢を見るのだろう。

 ───あの、悪夢を。




 end








  誰も望まない後書き

 むう。
 精神的に追いつめられる孝之を書きたかったのですが。
 どうもうまく行きませんな。

 僕の中の孝之は、潜在的に「拭えぬ罪悪感」を抱いています。それはサイドストーリー内である程度回復しますが、やはり彼は、時々悪夢にうなされるのだと思います。

 犯した罪は、トリカエシノツカナイモノ。
 誰が許しても、きっと自分自身が許したりしない。

 そんな思いを、心の奥底に秘めて、孝之は今日も笑うのでしょう。

 ……自分なら、きっとそうだろうから。

 2003.09.09 ちゃある

#この話は2002.05.12に書かれたものを修正したものです。


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