君が望む永遠 今年はこうして二人でクリスマスを祝う






「ふふふふ〜ん」
 台所から、遙の鼻歌が聞こえる。
 そして香ばしい香り。
 特にやることもない俺は、エプロン姿で料理をする遙の後ろ姿を眺める。
 ああ、やっぱり。
「クリスマスに休み取って、良かった……」


 +


 二〇〇二年、冬。
 思えば『すかいてんぷる』でバイトを始めて三度目のクリスマス。そして、初めて完全フリーのクリスマス。
『やっぱり恋人同士なんだから、クリスマスは二人で過ごしたいな』
 そんなクサイセリフで遙を誘い、俺達二人は俺の部屋でささやかなパーティーを開く。
「できた〜っ」
 遙の声と同時に、オーブンの扉が開く。
 ひときわ香ばしい匂いと共に現れたのは、定番メニュー『ミートパイ』。これだけのために俺は大枚はたいてオーブンを購入した。遙が作るミートパイを、自宅で。

 いいね。

「孝之くん。準備できたよ」
「おう」
 遙の声に、俺は立ち上がる。ずっと遙を見てたから、準備が出来たのは知ってたけど。
「じゃあ」
「うん」
 俺はシャンパンを取り出す。ちょっと訳あってノンアルコールだが。
「メリークリスマスっ」
 言って俺はシャンパンの栓を抜く。さあこれから楽しい夜の始まりだ。

 ……が。

 ガシャン。

「あ……」
「あーあ」
 ポカンと口を開ける、俺と遙。
「……やっちゃったな」
「食器棚、直撃だね」
 遙の言葉通り、食器棚のガラスにコルク栓が直撃。ガラスの破片が、ジグソーパズルのピースのように砕け、散らばる。
「あ、俺が片づけるから動かないで」
 立ち上がろうとする遙を制し、玄関にあるほうきとちりとりで破片を集める。
 さっさと集め、スーパーの袋にいれて終了。
「えーと……はじめよっか?」
「……うん」
 何とも歯切れの悪いイヴの夜が、始まった。


「うわ、うまい」
 俺は遙の作ったミートパイをほおばる。
「よかった、孝之くんのうちで作るの初めてだから、ちょっと心配だったんだ」
 俺の言葉に、遙は安心した様子。
 そんな顔を見ながら、俺は次々に遙の作った料理を食べていく。
「あれ……遙、調子悪い?」
 気がつくと、遙はあまり箸が進んでないようだ。
「ううん……なんか、孝之くんが美味しそうに食べてるの見てたら嬉しくなっちゃって、つい見とれちゃったの」
 ごめんね、と言いながら、遙も食べ始める。

 くそ。

 どうしてこんなに、遙は可愛いんだろう。

 思わず抱きしめたくなる衝動を堪え、俺も食事を再開した。


 +


「ふー、食った食ったー」
「ふふっ、ホントによく食べたね」
「だって遙の料理、マジうまかったし」
「……うん、ありがと」
 顔を真っ赤にして、遙は答える。だいぶ俺の褒め言葉にも慣れてきたのだろうが、すぐ照れるところは変わらないな、と思う。
「さーて、じゃあ行くか」
 俺は大きく伸びをして立ち上がる。
「え? どこに?」
 遙は不思議そうな顔。そりゃそうだ、遙には何も言ってないんだから。
「ドライブ」
「え?」
「慎二にさ、車借りたんだ。行こうぜ」
 そう言って俺はポケットからキーを取り出し、指でくるくると回して見せた。


 +


 慎二が買った車は、いかにも若者向けという感じのスポーティータイプだ。遙のお父さんが乗る高級セダンとは趣が異なるが、なんだかんだ言って高いんじゃないかと思う。
 まあそれでも、貸してくれるだけ昔よりマシにはなったが。
「さ、乗った乗った」
 遙を促し、車に乗り込む。
「寒いね」
 遙がつぶやくように言う。確かに寒い。もう少し出るのが遅かったなら、フロントガラスが凍り付いて真っ白になっていただろう。
「走ってれば暖かくなるさ」
 言いながら俺は、車のエンジンをかける。
 夜の住宅街に響くエンジンの音。
 その音を聞きながら、俺は車をスタートさせた。


 +


「どこ、行くの?」
「ナイショ」
「孝之くんのイジワル」
 そんな会話を交わしながら、車は夜の高速を走る。あまりに寒いので途中缶コーヒーを買ったが、今はもう快適な車内だ。
 首都高速から外環を抜け、関越道に出る。
 小さくかけているラジオからは、定番のクリスマスソング特集。
「あ、この歌聴いたことある」
 そう言って、遙はラジオから流れる曲を小さく口ずさむ。
 俺もそれに合わせて、一緒に歌う。
 まるで車内はカラオケボックス。流れる曲を端から歌ってみたり。
「クリスマスソングって、いろいろあるね」
「ま、ヒット曲が出るたびに増えてくわけだし」
「みんな、今日の日のために作られるんだね」
「そうだな」
 それだけ特別な日ってことなんだな、今夜は。
 そんな日に二人っきりだなんて、素敵だと思わないか?
 俺はチラリと遙を見る。
 まったく同じタイミングで、遙がこっちを向く。
 ふっと、目が合う。
 そして、互いに微笑む。
「ちゃんと前見て運転してよぅ」
「はいはい」
 苦笑。
「ラヴ・テレパシー」
「え?」
「孝之くんと、ちゃんと通じてるんだなって」
「ああ、そんなの当たり前だろ?」
 照れた表情の遙を、チラリと横目で見る。

 やっぱり可愛い。


 +


 車はいつしか埼玉を抜け、群馬に入っていた。周りはスキー板を乗せた車が多い。あとは大型トラック。こんな日にもお仕事ご苦労さん、というカンジ。
 俺達は三車線から二車線に減った高速道路を、更に進んでいく。
 そして着いたのは、赤城高原のサービスエリア。
「さあむいっ」
 車から降りた遙が、叫びに似た声をあげる。さすがに山間だからか、それとも夜も更けてきているからか。地元とは空気が違うと言えるほど寒い。
「ほら、遙」
 俺は空を指さす。
「うわあ」
 満天の星空。都会では見られない小さな星までも、ここでははっきりと見える。
 俺達は、これを見に来たんだ。
「十二月の星座が一番素敵なんだぜ」
「孝之くんって、星も詳しいんだね」
「おう……なんてな。昔好きだった曲の、受け売りなんだが」
「なんだぁ……」
 ちょっと、残念そうな顔をする遙。
「でも……本当に綺麗だな」
「……うん」
 どの星を線で結べば物語になるのかは、わからないけど。

 十二月の星が綺麗なのは、嘘じゃないと思う。


「ん?」
 不意に、遙が寄り添ってくる。
「どうした?」
「……少し……寒いなって」
「そっか」
 俺は右手で遙を抱き寄せる。微かに、けれど確かに感じる遙の温もり。
「孝之くん……」
 俺の胸に頬を寄せながら、遙は俺を見上げる。
「ん?」
「……ありがと……」
 そして、

 俺達は星空の元で口づけを交わした。


 +


 帰り道。
「あと一つ、景色の良いところがあるんだって」
「え? どこ?」
「それはお楽しみ」
「むー」
「ま、もうすぐだからさ」
 それに、俺も見たことないし。

 山の間を抜けるようにひかれた道路を、車は走りぬける。
 そして、山の間を抜けた瞬間。
「これだな」
「うわあ」
 一気に視界が広がるそこには、様々な街の明かり。
 それが一つの芸術作品のように、美しく広がる。
 百万ドルの夜景にはまるで届かないけど、一万ドルくらいの価値はあるだろうか?
「綺麗だろ?」
「うん!」
 元気のいい返事。そろそろ襲ってきた睡魔も跳ね飛ばすくらいに。
 残念ながら俺は、この景色も、この夜景を見つめる遙の顔も見つめる余裕はないのだけど。

「……運転手だから、な」
「え? 孝之くん……何か言った?」
「ああ……」
 俺は苦笑しつつ、遙に答える。
「……こんなクリスマスも、いいだろ?」
「うんっ、孝之くんありがとうっ」

 そう。

 そんな遙の嬉しそうな声が聞けたのなら。
 ここまで来た甲斐があるってもんだな。

『メリークリスマス! 今夜皆さんはどんな夜を過ごしてますか?』
 かけっぱなしのラジオから、パーソナリティの元気な声が流れる。
「どんな夜って……なあ?」
「うん」
 俺と遙は、一瞬だけ目を合わせて微笑む。

 俺達はフツーのバカップルとして、バカなクリスマスイヴの夜を過ごしてますよ?

 そうだろ? 遙。
「さーて、見たいのもは見たからとっとと帰るっ」
 そう言って、俺はアクセルを踏む。

 この夜は、まだ終わらない。



 おしまい





 俺の望む後書き

 どうでしたか?
 特に何が書きたいわけでは無かったのです。ただ、幸せな孝之と遙が書ければ、それで良かったのです。
 そんな些細な思いで、僕はこのお話を書きました。
 だから、この話にはクライマックスもオチもありません。ただのバカップルが、バカなクリスマスイヴの夜を過ごす。
 それだけが、書きたかったのです。
 だって。

 あれだけ悲しんだのだから、二人が幸せになってもいいよね?

 では。
 お相手は、ちゃあるでした。

 と、いうわけで2002年の冬に遙なる蒼穹と茜色した夏の物語という本に載せていただいた作品です。
 公開のタイミングを失っていたのですが、どうせ失うならと今公開。

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