君が望む永遠 アフターストーリー「そして、君の望む永遠」






「やっぱ、変わってないな」
 俺は、この丘から眼下に広がる街並みを眺め、つぶやいた。
「そうだね。変わってないね」
 隣にいる遙が、そう言って俺に寄り添う。
「遙の姓は、変わったのにな」
「そうだね。今日から、私は鳴海遙なんだね」
 遙は、少し恥ずかしそうに微笑む。
 そう。

 今日から、俺達は夫婦なんだ。


  +


『遙が大学を卒業したら、結婚しよう』
 そう言っておきながら、今はもう冬。俺の仕事が忙しかったのと元々半同棲状態だったこともあり、半年以上もだらだら延ばしてしまった。
 こりゃまずいだろうと慌てて二人の住む部屋を決め(さすがに今の部屋で二人が『暮らす』のはきついのだ)、慎二や茜ちゃんを巻き込んで引っ越しをし、今日やっと、婚姻届を提出してきた。休日だったので嘱託のおじさんしかいなかったけれど、笑顔で「おめでとうございます」と言われたのがすごく嬉しかった。
 俺達の結婚を祝福してくれる人が、ここにもいる。
 何気ない言葉かもしれないけど、俺は一生忘れないと思う。


  +


「ね。あの丘……行こ?」
 婚姻届をを区役所に届けた帰り、不意に遙が言った。
「これからか? 多分寒いぞ?」
「うん……でも、今日は記念日だから」
「ま、そりゃそうなんだけどさ」
 気が付けば、何かの記念日にあの丘に行くことが、俺達の慣例となっていた。
 そういう意味では、今日は行くべきなのだろう。なにしろ今日は『結婚記念日』なんだから。
 しかし、あの丘は寒い。夏は吹き上げる風が心地よいのだが、冬はそれが仇となる。
 そして……。
「……だめ?」
 訴えるような、遙の瞳。
 ……その瞳に抗える男なんて、この世にいるのだろうか。
 いや、いるはずがない。
「……行こうか。なにしろ今日は大切な記念日だからな」
 一抹の不安を抱えつつも、肩をすくめて俺は言う。
「うん!」
 遙は俺の言葉に、満面の笑みで頷いた。


「きゃん」
 丘へと向かう細い道の途中、四、五歩ほど離れた後ろから遙の声が聞こえた。
「……やっぱりな」
 俺は振り返り、ため息をつく。視線の先には、真正面から盛大に転んだ遙がいる。
「……だから気乗りしなかったんだが」
 なにしろ今日は寒い。寒いから今日の遙は厚着をしている。ダルマとは言わないが、動きよりも暖かさを優先しているのは間違いない。
 フード付きのコートにマフラー、手袋にブーツ。まさにフル装備だ。
 そんな格好でこの急な山道を登るとすれば、そりゃ苦労もするだろう。
「はうう……」
「仕方ないな」
 俺は数歩戻ると、遙の手を引く。
「ごめんね……たかゆきくん……」
「いや、予想はついてたから」
 俺は遙を立たせると、服に着いた泥や埃を払う。
「真っ黒になっちゃったな。でもケガがないだけいいか」
 ふと見ると、遙の鼻の頭にちょこんと泥がついていた。
 遙の困った顔と妙にマッチして、おかしい。
「ぷっ……くははははっ」
 堪えきれず、笑い出す。
「もう……そんなに笑わなくてもいいでしょ」
 遙は転んだことを笑っていると思っているのだろう。
「いや……あははは」
 説明したいが、笑いが止まらない。完全にツボにはまったようだ。
「孝之くん……笑いすぎだよう……」
 遙の泣きそうな声を聞いても、俺は笑いを堪えきることが出来なかった


「遙、ホント悪かった」
「もう、知らない」
 五分後。
 ようやく笑いが治まった俺は、拗ねている遙に平謝りしていた。
 そりゃそうだろう。いくらなんでも腹抱えて笑われた上に説明も無しじゃ、腹が立つというものだ。
「本当にゴメン。な? このとおり。もう笑わないから許してよ」
 両手を合わせて頭を下げる俺。なおもプン、と拗ねる遙。
 困った。
 今日はせっかくの記念日なのに。
 このままじゃ……。
「くすっ」
 どうしていいかわからずおろおろしている隣で、不意に笑い声が聞こえた。
「あはっ、あはははっ」
 笑い声の主は、遙。
「……遙?」
「ご、ごめんなさい……あははっ」
 見ると、遙は涙を流して笑っている。
 その顔で、俺はようやく理解した。
 遙は、俺のうろたえる姿を見て笑っていたのだ。
「……遊ばれていたのか……」
 怒りよりも、疲れがどっと出た。
 ……ま、お互い様だしな。
「ごめんね……あはは」
 謝りながらも笑い続ける遙に、俺はため息をつくことしかできなかった。


  +


 やはり丘の上は寒い。冬の冷たい風が、容赦なく俺達に叩きつけられる。
 俺達は身体を寄せ合い、寒さを堪える。冷たい世界で、遙だけが温かい。
「なんだか、不思議だね」
「ん? 何が?」
「昨日まで私達は『恋人』だったでしょ? でも今日からは『夫婦』なんだよ?」
 俺の隣で、遙は幸せそうな顔をする。
「そうだなあ」
 言われてみれば、あんな紙切れ一枚で俺達は夫婦になったのだ。昨日まで、いやさっきまで『恋人』であり『他人』だったのに、今は『夫婦』であり『親族』となった。
 婚姻届を書くときは随分緊張したけれど、今振り返れば携帯電話を申し込むのと大差なかったと思う。

 そんなモノなのだ。

「気分的には、何も変わってないけどな」
 俺は苦笑する。大体、元からが親公認の同棲状態なのだ。結婚したからといって、すぐに何か変わるわけじゃない。
 それでも、俺達は夫婦になった。
 変わった気がしなくても、確かに変わったんだ。

「ね、孝之くん」
 遙は俺の名を呼び、そして静かに目をつぶる。
 俺はそれに応え、遙にそっと口づける。
 唇から感じる温もり。
 そこだけが、冬から抜け出したみたいに。
 長く短い時間の後、俺達は唇を離す。
 途端に襲いかかる、猛烈な寒さ。
 タイミング良く、凍りつくような強風が吹き付けた。
「そ、そろそろ……戻るか」
「そ、そう……だね」
 キスの後の惚けたような表情も、冷たい風に吹き飛ばされる。
 今は二人して寒さを堪える厳しい顔だ。
 俺達はそそくさと、風を避けるようにして山道を下る。
 そして下り終わるころには、寒さも気にならなくなっていた。
 俺は遙と手をつなぎ、遙の実家へと向かう。
 今日はお祝いということで、お義母さんと茜ちゃんがごちそうを作っているらしい。
「やっと、本当の兄さんになるんですね」
 茜ちゃんの言葉を、思い出す。
 ずっと俺のことを、兄と慕ってくれた茜ちゃん。
 俺達が出掛ける前に言った言葉は、なんだか照れくさそうで。聞いているこっちが、恥ずかしくなってしまった。
「孝之くん」
「ん?」
「ずっと……一緒だよ」
「……ああ」

 未来なんて、わからない。
 一瞬の出来事で、人生は大きく変わる。
 そのことを、俺達は身をもって感じてきた。
 だけど、そうだと理解していても。

 この想いは、永遠だと信じたい。

 なんか不意に照れくさくなり、俺は歩きづらいのも無視して遙を抱き寄せる。
「きゃっ」
 不意の動きに、遙が驚く。
「どうしたの?」
「……いや、寒いから」
「そっか」
 なら、と言ってぎゅ、と抱き締めてくる遙。ますます歩きづらくなったが、今更『照れくさかったからやった』とは言えない。
 ま、いっか。
 いつも、こんなんだもんな。
 俺は苦笑しつつ、諦めることにする

 これからもよろしくな、奥さん。

 俺は心の中でそうつぶやくと、家への道を歩き始めた。


 おわり。







 君が望む後書き

 ……というわけで、本当は維如星師匠の冬コミ用ゲスト原稿になる予定だったお話です。ああごめんなさい師匠(ファイル名がそれなのは名残です)。
 そろそろイベント的なストーリーを構築するのが難しくなり、結局最近自分も体験した「入籍」をネタに書いてみましたがどうでしょうか。
 まだ思いついたら書く気ではいますが、ペースはどんどん落ちて行くと思います。が、タイトルが最終回っぽいのはそういう意味ではないです(苦笑)
 単発ネタはこれが2003年最後になると思います。来年もよろしくお願い致します。

 2003.12.26 ちゃある

 ……と書きつつ、公開が新年になってしまいました。今年もよろしくお願いいたします。

 2004.01.01 ちゃある。


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