君が望む永遠 Side Story 『願いは叶うと、もう一度信じたいから』
「はい、準備が出来ましたよ」
お母さんの言葉と同時に、戸が開く。
そこには、二人の和服美人が立っていた。
「どうですか? 兄さん。似合ってますか?」
そう言ってその場で一回転してみせる茜ちゃん。
深い赤に白抜きでうさぎの柄をあしらった着物は、少し子供っぽいかな、と思いつつも茜ちゃんによく似合った。
「うん、良いと思うな」
「やった」
満足そうに微笑む茜ちゃん。そう言う笑顔は、まだ子供らしさを残している。
……三年前と、同じ笑顔だ。
「孝之くん……私、変じゃないかな?」
茜ちゃんの隣で不安そうに立つ遙が、俺を見る。
遙の振り袖は、落ち着いた濃い桃色に、淡いピンクで桜の花びらを散らしてある。
やはり、遙には、桃色が似合うな……。
…………。
「……孝之くん?」
「え?」
あ、しまった。
「兄さん、姉さんに見とれてたんでしょう?」
呆れた顔をする茜ちゃん。
「え、えと……すごくよく似合ってるよ」
「あ、うん、あ、ありがとう……」
照れた顔をする遙。
何となく、気まずくなる。
「さて、皆の準備の出来たことだし、初詣に行こうか」
背後で、お父さんが言った。
こういうときの切り替えは、ありがたい。
抜けるような青空の下、俺たちは近くの神社に初詣に来た。
そんなに大きい神社ではないが、こういうときは出店が出たりして、それなりに盛り上がる。
「変わってないんだねー」
振り袖姿の遙が、周りを見回す。
「こういう姿は、そうそう変わりはしないよ」
お父さんが、遙を見て言う。
「……ここに、遙と一緒に来られる日が来るなんて、思わなかったな」
小さくつぶやく。
去年は、年明けからそのまま、水月と初詣に来た。正直、あのときは遙のことなど、祈らなかった。
遙のことは、無かったことにしたかったから。
一昨年は、来なかった。
祈りは、通じるものではないと、知ったから。
そして、三年前……。
*
「遙が目覚めるのなら、なんだってやってやる」
俺は教会、寺と巡り、神社にやってきた。
すがれるものには、何でもすがっておきたかった。
「確か、お百度参りってヤツが効くんだよな」
俺は意を決して実行した。
でもやり方なんてよく知らなかったから、素足で鳥居との間を往復して、祈ることにした。
一、二……。
冬の石畳は、まるで氷の上を歩いているようだった。
すぐに投げ出したい衝動に駆られたが、歯を食いしばって耐える。
……三十……。
途中で雨が降り始めたけど、どうでも良かった。
……五十……。
足の感覚も、無くなっていた。けれど、痛むことに比べればましだった。
……六十……。
なあ、神様。
……七十…………。
もし、本当にいるのなら。
……八十…………。
遙を、目覚めさせてやってくれよ。
…………八十六…………。
遙は何も、悪くないじゃないか。
悪いのは、待ち合わせに遅れた俺じゃないか。
…………九十…………。
事故に遭わなくちゃならなかったのは、俺のほうじゃないか。
だから、頼むよ……。
…………九十三…………。
遙を。
…………九十七…………。
目覚めさせてくれよ…………。
………………九十九…………。
………………。
…………百。
俺は賽銭箱にもたれかかるように倒れ込んだ。
もう、指一本動かす気力も無かった。
「孝之! こんなところで、何やってんのよっ」
遠くで、速瀬の声がした。
誰かに、抱きかかえられる感覚。
暖かい、感覚。
「孝之! 孝之!!」
結局あの後、俺は高熱を出して三日三晩寝込んだ。
そのとき、看病してくれたのは水月だった。
それからだ。
俺が水月を、強く意識するようになったのは。
*
「……孝之くん?」
遙の声に、俺は我に返った。
気がつくと、遙が心配そうに、俺の顔をのぞき込んでいた。
「……大丈夫?」
「あ、ああ……ちょっと寝不足なだけだよ」
俺は苦笑。
「そう……じゃあ……その、涙は?」
言われて、気づいた。
慌てて手で拭う。
「こっ、これは……そう、あくびをかみ殺したせいでだな」
「ふうん……」
怪訝そうな顔で俺を見る遙。
「な、何でも無いったら」
「はーい、わかりました。でもね、孝之くん」
「ん? なんだ。遙」
「困ったことがあったら、何でも言ってね。孝之くんには、私がついてるからね」
優しく、微笑む。
「ああ……そうだな」
俺も、微笑み返す。
一応は、願いを叶えてくれたんだ。
三年という、重すぎる時間と引き替えに。
そうこうしている内に、俺たちの番が回ってきた。
賽銭を投げ入れ、お祈りをする。
「遙は、何をお祈りしたんだ?」
「えっとね。大学合格と、それと……」
遙は照れた顔をする。
「……孝之くんと、ずっと一緒にいられますように、って」
う、可愛い。
「あ、茜ちゃんは?」
見つめられていると理性を失いそうなので、俺は茜ちゃんに話題を振った。
「えと、もっと速く泳げますように」
「そんだけ?」
「え、あの……うん。それだけじゃいけないですか?」
「いや……お願いは少ない方が、効く気がするよな」
「兄さんは? 何をお祈りしたんですか?」
「俺? 俺は……この幸せが、いつまでも続くようにって」
「……随分大きなお願いですね」
「ああ、細かいことをお願いすると、きりがないからな」
「あは、孝之くんらしいね」
遙が笑う。
ホントは。
この遙の微笑みが、いつまでも見られますように。
そう、お祈りしたんだ。
「あ、姉さん、必勝祈願のお守り売ってるよ」
「そうだ。遙が受験に合格するように買っていこう」
「うん。私も今年の大会で勝てるようにって、勝っていこっ」
「じゃあ……孝之くんも買おうよ。そうしたら、三人お揃いだよ」
「お揃いって……お守りがお揃いでもなあ。それに……遙や茜ちゃんは目標があるからいいけど、俺は?」
「うーん……」
俺の言葉に、首を傾げる遙。
「えと、よくわからないけど、こう……」
遙が小さくガッツポーズをする。
「か、勝つぞっ……っていう。その……」
遙が可愛く気合いを入れ、上目遣いに僕を見る。
う、可愛い。
そのガッツポーズと、照れた表情がいい。
「うんうん、やっぱ人生に勝利しないとダメだと思うのだよ。それには必勝祈願のお守り、必要だよなー」
「兄さん……」
呆れた表情の茜ちゃん。
だって、遙にこんな可愛い顔されたら、誰が断れると言うんだ?
「ま、いいですけどね……」
そう言ってくれると、うれしいよ。
結局三人で必勝祈願のお守りを買い、そのまま帰路に就いた。
「今年は、良い年になりそうだねえ」
「そうですねぇ、お天気も良かったですし」
「家族が全員揃ってお参りできたしねっ」
俺と遙は、手をつないで三人の後に付いていく。
「少し……疲れたかな?」
「え? ……大丈夫だよ?」
「そう……なら、いいけど」
久しぶりの着物は、結構疲れるものだと思う。お父さんの腕にしがみつく茜ちゃんも、行きほどの元気は無かった。
「また、来ような」
「……うん」
遙が微笑む。
それだけで、いい。
なあ、神様。
今度は、本当に叶えてくれよ。
三年待てなんて、言わずにさ。
俺も、努力するから。
いつまでも。
遙の微笑みが、見られますように。
end
俺が望む後書き
……やっと終わりました。初詣編をお送りいたします。
最近の孝之は、何かと水月を思い出す傾向にありますね。
でもそれは、良い思い出にしたいという思いがあるからではないでしょうか。
今までの思い出を待避して、また新しい思い出をため込んでいこうという。
ってことで、これからも水月がちまちまと登場するかと思います。
これからも、よろしくお願いいたします。
次は……バレンタイン?
2002.01.22 ちゃある