君が望む永遠 SS  新たな決意   #1 「なあ遙、元気出せよ」 「……うん。ごめんね」  まだ遙は、泣いている。  今日は白陵大の合格発表の日だ。俺はバイトを休み、遙と共に合格発表を見に来 た。  しかし、合格者の受験番号の中に、遙の番号は無かった。  元々「自信がない」と遙は言っていた。そりゃそうだろう。いくら遙の高校時代 の成績が良かったからと言って、リハビリをしながらの勉強、それに試験範囲の変 わってしまった試験。受かれと言う方が間違いだ。  けれど遙は、これ以上周りに迷惑をかけたくなかったのだろう。合格出来なかっ たことをかなり気にしているようだった。 「な、来年もあるだろ? だからさ。泣くのやめよう、な?」 「うん……ごめんね……」  さっきからこれの繰り返しだ。 「ああもう、仕方ないな」  俺はしびれを切らして、遙を抱え上げた。 「きゃっ」  お姫様だっこのような形になり、遙は顔を真っ赤にする。  ……元々目の周りは既に真っ赤だが。 「よし、今日はこのまま遊園地に遊びに行く!」 「え? ええ?」 「決めた。さあ遙、行くぞ!」 「え? ええええ?」  俺は遙を抱え上げたまま、柊町駅へと歩き始めた。 「うう……恥ずかしかったよう」 「ああ……俺もやりすぎたと思ってる」  いくら遙が軽いとはいえ、駅まで歩くと結構な疲労だ。それに人々の視線も集ま る。  後に引けなくなった俺達はそのまま切符売り場まで歩き、切符を買って逃げるよ うに改札に飛び込んだ。  丁度来た電車に飛び乗ると、二人でロングシートにもたれかかった。 「孝之くん……ひどいよう」 「ああ、ごめん……でも、やっと泣くのをやめてくれたな」 「え?」 「いつまでもメソメソしてんなよ。落ちたものは仕方ない。こうなったら、来年目 指すっきゃないだろ?」 「……そうだね」 「ほら、いつもやってたじゃないか、やってみな?」 「うん……か、勝つぞっ」  遙はぐっとガッツポーズ。 「そうそう、その意気だぞ」 「でも、勝てなかったけど……」 「一度で勝てなかったら、次で勝つ!」 「う、うん……頑張る」 「ようっし。じゃあ今日は遊園地な」 「うん……孝之くんと遊園地って、初めてだね」 「そうだっけ? ……ああ、そうかもしれないな」  言われて、そもそも遊園地自体随分久しぶりであることに気づく。 「うふふ、楽しみだな」 「おう、俺もだ」  遙にチケットを買ってもらっている間に、俺は涼宮家に電話をかけた。 「……ええ、そういうわけなんで、はい……夕方には戻りますから……はい、お願 いします」  電話に出たお母さんに、試験の結果と今遊園地にいること、夕飯には戻ることを 伝えた。  ピッ。 「孝之くん……電話?」 「ああ、お母さんに『今遊園地にいる』って。一応伝えておかないとな」 「そっか……そうだね……」  遙はまた、沈んだ顔をする。 「ほーら、せっかく楽しむために来たんだから、そんな顔じゃダメだろ?」 「うん」 「あんまり沈んだ顔してると……」 「あああ大丈夫です。だから、その……お姫様だっこは……」 「ようし、じゃ、行こう!」 「うん!」  俺達は手をつないで歩き出した。   #2 「さーてまず、どこから行こうかな」  俺達は遊園地のアトラクション一覧とにらめっこをする。 「遙は、どれがいい?」 「え? 孝之くんが選んでいいよ」 「あっそう。じゃあお化け屋敷」 「ええっ……そ、それはだめだよう」 「あはは、言うと思った」 「もう、孝之くんってホントイジワルなんだから」 「冗談だってば。じゃあコーヒーカップから」 「うん!」  遙は満足そうに頷いた。  この歳になってコーヒーカップは少し恥ずかしいかな、と思いきや、意外とカッ プルはいるものだ。  俺達はカップの一つに並んで座る。 「……バランス悪くないか?」 「だって……孝之くんの隣が良かったんだもん」  ダメ? と言わんばかりの瞳で俺を見る。  ……その瞳は反則だろ? 「あ、そうだよな。やっぱ隣同士だよな」  あはは、と笑う。  ……調子いいな、俺。  やがてゆっくりと全体が回りだす。俺も少し、遙が泣き出さない程度にカップを 回し始める。  身体にかかる遠心力。  遙の手は、既に俺の袖をしっかりと掴んでいる。 「派手に……いく?」  隣に一応確認。遙は怖がりながらもコクンと頷く。  そうだよな、やっぱこういうのは。  回さないと、意味がない。 「おりゃっ」  俺は力一杯回し始める。回転がどんどん上がっていく。 「きゃあっ」  俺の腕にしがみつく遙。しかし俺は更に回転を上げていく。  視界がめまぐるしい速度で変わっていく。  軽いトリップ感。  心地よい。 「止めて〜」  隣では、何か聞こえるけど。  腕を抱きしめられる感触が心地いいから、このままでもいいかな。 「もう、ひどいよ孝之くん……」 「あはは、ゴメンゴメン」  二人でベンチにもたれかかる。あの後調子に乗った俺は結果的に自分の目も回し てしまった。だからこうして、二人でベンチに座っているというわけだ。 「な、アイス食べる?」 「そ、そんなので機嫌取ろうとしても、だめなんだからね」 「じゃあ、いらない?」 「う……いる」  悔しそうな遙の顔。 「ん、わかった。何? チョコミント?」 「うん」 「じゃ、ここで待ってて」  俺は立ち上がると、アイスクリーム売場へと走った。  冬と言えば寒いものだが、何故かこういうところのアイスクリーム売場は通年営 業している。寒いのに買う人間がいるのかと疑問に思ったものだが、現に自分が買っ ているのだからそこそこの売り上げはあるのだろう。 「おまたせ」  俺はチョコミントのダブルを遙に差し出す。ちなみに俺はミントが苦手だ。何と なく、歯磨き粉を食べている気分になる。 「ありがと」  遙はさっきの泣き顔も忘れたかのように、笑顔で受け取る。  よしよし。 「さっきの、忘れてないんだからね」 「お、おう、わかってるよ」  念を押された。どうやら買収は失敗に終わったらしい。  ちっ。  しばし遙がアイスを食べるのを、眺める。 「ん? 孝之くん、食べたいの?」 「あ、いや……見てたら悪かったかな?」 「ううん、悪くはないけど……恥ずかしいよ……」 「あ、ゴメン」  とりあえず顔を逸らす。  空を、白い鳥が飛んでいるのが見えた。 「ね、孝之くん……」 「ん? どうした?」 「……ありがとう」 「え?」 「私のことを気遣ってくれて、嬉しいなって思って」 「バカ、俺は遙の彼氏だぞ。気遣うのは当然だろ、それに……」  俺は一瞬、間を置く。 「……俺は、遙の笑っている顔が好きなんだ。泣き顔は、出来れば見たくない」 「うん……そうだね……」  優しい、笑顔。  そう、それが好きなんだ。  その後俺達はミラーハウス、メリーゴーランドと乗り、昼食を取った後、観覧車 に乗った。 「遠くまで見えるねー」  遙が窓の外を眺める。今日は天気がいい、遠くに富士山や東京のビル群も見える。 「……この景色の中に、水月もいるのかな……」 「え?」 「あ、ううん……なんとなくね、水月のことを思いだしたの」  遙は俺を見て、寂しげに微笑む。 「例えば水月だったら、なんて言うのかな、って思って」 「ああ……やっぱり『これくらいでくじけるな!』って言うだろ?」 「ふふ、そうかも……水月、意地っ張りで負けず嫌いだもんね。水月に言われると、 反論できないんだもん」 「そうそう」  二人で笑う。 「今頃……どうしてるんだろうね」 「元気でやってるさ。だって水月だもん、な」 「そうだね。水月だもんね」 「だからさ、俺達も、今度水月にあったときに、胸張って会えるようになっておか ないと、な」 「うん、そうだね。きっと水月も立派になって帰ってくるもんね」  どうしてだろう。  遙と、水月の話をするのが嬉しい。 「やっぱ友達は、離れていても互いに影響されるのかな」  遙が、つぶやくように言った。 「それは……あるかもな」  そっか。  水月は確かに、俺の昔の彼女だけど。  やっぱり。  俺達の、親友なんだ。 「そろそろ、帰るか。夕飯は遙んとこで食べるって言ってあるし」 「……うん、そうだね」  観覧車がそろそろ地面に着くという頃。  俺達は、軽いキスをした。   #3 「え〜、落ちちゃったの〜」  家に帰って落ちたことの報告をすると、まず茜が残念そうな声をあげた。 「ごめんね茜、また来年頑張るからね」 「え、いや……別にあたしに謝る必要は無いけど」 「うん……でも、勉強手伝ってくれたし」 「そんなことは、大したことじゃないよ……」  お互いに、うまく言葉が回らないようだ。 「あらあらあら、丁度いいところに帰ってきたのね。じゃあ、お夕飯にしましょう かしら」 「鳴海君、今日は、ありがとう」  食事の席で、お父さんが僕に話しかけてきた。 「いえ、俺はただ、落ち込んでいる遙が見たくなかっただけですから」 「それは私もだよ。だからね、ありがとう」  言いながらビールを注がれる。 「あ、はい」  そういうおおらかな表情をされると、俺もどうしていいかわからなくなる。  同時に、自分もこういう父親になれたら、と思う。 「父親……か……」 「父親がどうしたんですか?」 「うわっ、茜ちゃんっ」 「『うわ』って。何驚いてるんですか、兄さん」 「い、いや、ちょっと物思いに」 「物思いに耽るのもいいですけど、いい加減思ったことを口に出す癖はやめたほう がいいと思いますよ」 「……はあ、俺もそう思います」  苦笑して、ビールを飲み干す。 「でも、いいなあ……遊園地」  オレンジジュースを口にしながら、茜ちゃんはつぶやくように言った。 「最近練習ばかりで、遊びに行ってもいないんですよ。みんな卒業で、今の内って 言ってるのに」 「たまには、休んだら?」 「え?」  茜ちゃんが、不思議そうな顔で僕を見た。 「そんなに変な顔する事も無いだろ。たまには休むことも、必要だと思うぞ」 「そ、そうですよね。そうなんですよね。日本にいられるのも、後少しなんですか らね」  えっ……。 「何、その……日本にいられるのも、って」 「おい茜、まだ鳴海君には、言ってなかったのか?」  お父さんが茜ちゃんに尋ねる。 「あ、あはは。言うの忘れてた、かな」  てへ、と茜ちゃんは舌を出す。 「私、アメリカにスポーツ留学するんです。籍は白陵大に置いて……奨学生みたい なもの、かな」 「スポーツ留学……?」 「ええ。私、自分がどこまで速くなれるか試してみたいんです。そして、あの人が 目指すことの出来なかったものを追いかけてみたい……あの人の、分まで」  その言葉に俺はハッとした。  茜ちゃんがいう『あの人』とは、きっと水月だ。  そっか、茜ちゃんにとっては、ずっと目標だったな。そして、越えたい人なんだ。 今でも。 「そっか……かっこいいな、茜ちゃん」  俺は素直に感動した。  こんなに凄い子が、俺のすぐ側にいるんだと思った。 「そ、そんなこと無いですよ。……私が決意したのも、兄さんのおかげだし」 「俺の……おかげ?」  俺、何かやったかな。 「兄さんが、姉さんをしっかりと支えてくれることがわかったから、私はここを出 ていけるんですよ」 「茜……」  話を聞いていた遙が、涙を浮かべて茜ちゃんを見ている。 「ホントは姉さんが大学に受かってくれていれば、私ももっと気楽に行けるんです けどね」 「うう……ごめんね、茜」 「でも、兄さんがいるから来年こそ大丈夫ですよね。大丈夫、姉さんならやれます よ」 「そうだな、遙なら大丈夫だ。な、遙?」 「……うん、大丈夫だよ。だから、茜は自分の事を精一杯やっていいんだよ」 「姉さん……ありがとう」 「茜〜」  泣き出した遙を、茜が優しく抱きしめる。 「あらあらあら、どっちがお姉さんだかわからないわねえ」  その光景を見て、お母さんが笑う。 「さ、泣いてばかりいないで食べちゃおうぜ。まだ料理はこんなに残ってるんだか ら」  俺は二人の肩をぽんぽんと叩く。 「うう……茜〜」 「お姉ちゃん、私も、すぐ行くわけじゃないんだから……」  茜ちゃんは、苦笑して俺を見る。その光景に、俺も苦笑を返す。  こうして、夕食の時間は過ぎていった。   #4 「今日はいろいろとごめんね」 「いいさ。今日感情が不安定なのは仕方ないだろ。いろんな事があったんだし」 「うん……ごめんね」 「ホントすぐ謝るんだからな、遙は」 「うん……だって……」  また何か言いそうだった遙を、俺は抱き寄せる。  不意に抱き寄せられ、驚いて俺を見上げたところに優しくキスをする。  不意打ちの連発。 「ふあ……」 「落ち着いた?」 「……孝之くんのイジワル」  顔を真っ赤にして、遙が目を逸らす。 「ま、茜ちゃんの話にも驚いたけどな」  何事もなかったように話題を変える俺。  あまりの白々しさに、ムッとした視線を送る遙。 「スポーツ留学ねえ……」  ちょっと遙の視線が痛いので、俺は空を見上げた。 「なんか、先に行かれちまった気分だな」 「……そうだね……でも」  今度は遙が、俺に身体を寄せてきた。 「私たちは、私たちの道を頑張って歩いていこうよ。例えゆっくりでも」 「……そうだな。焦ることはないか」 「そうだよ……」  俺達はもう一度、キスをする。  今度は舌を絡めあう、濃厚なキス。 「んっ……」  遙の声と同時に身体にぞくりとした快感が走り抜けたところで、唇を離す。遙の 瞳が「もうやめるの?」と尋ねているが、さすがに家の前ではちょっとと思い、頷 きで答える。 「じゃあ……帰るから」 「……うん。またね」  名残惜しそうな瞳。  そりゃ俺だってずっといたいけど、そうもいかない。  ゆっくりと、離れる。 「バイバイ」  遙が小さく手を振る。俺は大きく手を振って応える。  俺達は、互いが見えなくなるまで、手を振りあった。 「……俺もそろそろ、考えないといけないな」  いつまでも、フリーターではいられない。  遙は再び受験生として勉強を始め、茜ちゃんはアメリカに留学。  俺だけ、置いてかれるわけにはいかない。 「とりあえず、就職情報誌でも買って帰るかな」  そんなことをつぶやきながら、俺は帰路についた。  end   俺が望む後書き  ……久々です。すみません。  そろそろ年度も終わるので、新展開かな、と思ってます。一応茜は『アメリカに スポーツ留学』らしいのですが、よくわからないので『白陵大にスポーツ推薦で入っ た後、更に奨学金を得て留学。多分二年くらい』と考えました。そんなことありえ るのか知りませんけど。  あ、そうなると茜って遙の先輩か……。  まあ、それなりに進んでいこうかな、と思ってます。  では、次の作品で。  2002.03.18 桜の花が咲き始めた頃に ちゃある