君が望む永遠SS  旅立ちの隣で






  #1


 コン、コン。
 ドアの向こう、私の部屋のドアをノックする音が響いた。
「はーい」
 化粧台の前で髪をとかしながら、私は返事する。
「入って、いい?」
 聞こえたのは、茜の声。
「どうぞ」
 カチャ。
 何となく重い顔をした茜が、申し訳なさそうに入ってくる。
「あ、私やろうか」
 髪をとかす私を見て、茜が手を差し出す。
「……ん、お願い」
 私は茜にブラシを渡し、髪をとかしてもらう。
「やっぱ、きれいだね」
 茜が私の髪をさわりながら、鏡越しに私を見る。
「ええっ、そんなことないよ……」
 普段通りの会話。
 けれどこの会話も、しばらくお預けなんだね。
「そうだ、ベランダ出ようか」
 ふと思いつく。
「え?」
「少し、茜とお話したいなって、思って」
「う、うん」
 茜が頷くのを確認して、私はベランダの窓を開けた。
 外はずいぶん暖かい。パジャマでも問題ないくらいに。
 私は茜とともに、外に出る。
「星が、きれいだね」
「うん」
 今日は小さな星もよく見える。町の灯りに負けないくらい。
 茜を見ると、茜も同じように夜空を見上げていた。
 そうだ、さっきのこと、聞かなくちゃ。
「さっき、孝之くんと何を話してたの?」
 私の問いに、茜は目を大きく見開く。
「何となくね、二階に上がった後の孝之くんの様子が、なんか違ってたから」
 さっき茜とともに降りてきた孝之くんは、何となくぎこちなかった。
 まるでどこか、私に対して後ろめたいことをしたかのように。
「さっき、ね……」
 少し戸惑いの表情を見せた後、茜が口を開く。
「うん」
「兄さんに、告白したの」
「え?」
「私、ずっと兄さんのことが好きだったの」
 思い詰めたような表情で、茜は私を見る。
 ん……やっぱりそうなんだ。
「そっか……やっと、言えたんだね」
 私は予想が的中したこともあり、茜に微笑みを返す。
「え? どういうこと?」
 茜は意味がわからないという素振りで、問い返す。
「私ね、知ってたよ」
「え?」
「茜がね、孝之くんのこと好きだってこと、ずっと気づいてた」
 ね、茜。
 茜の、孝之くんを見る視線は、好きな人を見る視線だったよ。
 考えてみれば、水月も同じような目をしていたな。
 きっと、私も同じ目で、孝之くんを見てるんだ。
 だから、わかったんだよ。
 茜が、孝之君のこと、好きだって。
「し、知ってたなら……」
 動揺した素振りで、茜は問いかける。
「でも、私は孝之くんを信じてたから。それに……」
 私は一瞬だけ、茜から目を逸らす。
「……茜なら、仕方ないかなって、思ってた」
「え?」
 不思議そうな、茜の顔。
「だって茜は私なんかよりずっと魅力的でしょ? だから仕方ないかなって」
「姉さん……」
 茜の悲しげな表情。でもね、本当に、そう思ってたんだよ。
 茜には、かなわないかもしれないって。
「でも、ダメだったんでしょ?」
 思い切って言ってみる。
「うん……」
 茜の頷きに、私はほっとする。
「茜には悪いけど、良かった。孝之くんは私のことを想っててくれてるんだなって、確認できたから……まあ孝之くんって、こういうことに関してはすごく鈍感だからっていうのもあったと思うけど」
 自分で言いながら、苦笑。
 茜もつられて苦笑する。
「それに誰が孝之くんを好きになっても、私は孝之くんが好きだから。その気持ちは、誰にも負けないから」
 うん。
 たとえ魅力とか、他のすべてでかなわなくても。
 孝之くんが好きだと、彼を愛してると言う気持ちは、誰にも負けない。
「ごめんね、姉さん……」
 不意に茜は泣き出す。その言葉は、孝之くんを好きになってしまったことに対して。
 でも、しょうがないよね。
 好きになるのは、仕方ないよね。
「うん……私も、ごめんね……」
 つられたのか、私も涙が溢れる。
 姉妹だからなのかな、同じ人を好きになってしまうのは。
「ごめんね……」
 私も、茜も。
 どちらの涙も、とどまることなく。
 二人で、泣き続けた。





  #2


「ね、茜は……孝之くんのどこを、好きになったの?」
「え? うーん……そうだね……」
 天井を見上げ、茜が悩んだ顔をする。
 今は私のベッドの中。最後だからって、私と茜は一緒に寝ることにした。
「やさしいとこ、かな。ありきたりだけどね」
「そっか、私と同じだね」
「昔ね、朝起きたらお姉ちゃんもお母さんも出かけてて、一人で家で留守番する事になって。そのときにふっと兄さんのこと思い出して、電話したんだ。『お姉ちゃんが、お姉ちゃんが……』って、深刻そうに。そうしたら、兄さんすごい勢いで家に来て、姉さんのこと心配して。それで私が『冗談だよ』って言ったら、凄く怒られた。おかしな話だけどね、多分そのときに、兄さんのことが好きになったんだと思う」
 天井にそのときの光景を思い出しているのだろうか、茜は天井を見つめたまま、微笑む。
「孝之くんは優しいから、そう言う冗談が嫌いなんだよね」
「うん……なんか『ラーメンが!』とか言ってた気もするけど、照れ隠しなんだなって、思った」
 そう言って茜はこっちを向いた。
「……孝之くんらしいね」
「うん……姉さんは?」
 逆に問いかけられ、一瞬意味が理解できずに聞き返す。
「え?」
「姉さんは……兄さんのどこが好きなの?」
「うーん……」
 孝之くんの好きなとこ。
 笑顔。
 怒った顔。
 驚いた顔。
 優しいとこ。
 計画を立てると、どこか抜けてるとこ。
 それから……。
「……全部、かな。良いところも悪いところも、孝之くんの全部が好き」
「はいはいわかりました。……ホント、姉さんにはかなわないな」
 茜が苦笑する。
「だから言ったでしょ? 孝之くんを好きだっていう気持ちは誰にも負けないって」
 私はそう言って笑みを返す。
「ね、今夜はいっぱい話そ。今日で最後だから」
「うん!」
 夜はまだ、終わりそうになかった。





  #3


 次の日、茜を見送った後は初めて四人で夕食を食べた。
 今までもいなかったことはあるけど、これからはずっといないと思うと、食事も少し寂しい。
「やっぱり茜がいないと静かねえ」
「今日はみんな疲れてるからというのもあるんじゃないですか?」
「鳴海君の言うとおりかもしれないね。今日は疲れているから、というのはあると思う」
「でも……やっぱり茜がいないと、なんか寂しいね」
 孝之くんの隣で、私はつぶやくように言った。孝之くんは、今まで茜が座っていた席に座っている。だからかもしれないけど、みんなが違和感を感じているようにも思える。
「きっと慣れますよ。ね、お父さん」
「そうだな」
 料理は美味しかったけれど、どこかが物足りない。そんな夕食だった。


「ね、孝之くん」
「何? 遙」
 夕食の後、私は孝之くんとベランダに出た。昨日の茜と、同じように。
「昨日……茜と、何話してたの?」
「え?」
 突然の問いかけに驚く孝之くん。
 我ながら、ずるい問いかけだと思う。
 だって、答えはすでに知っているのだから。

「ああ……それは……」
 孝之くんは、言葉を発することに抵抗があるようだった。けれど少し迷った後、孝之くんはまっすぐに私を見た。
「茜ちゃんに……告白された。俺のこと、ずっと好きだったんだって」
「そう……なんだ」
「……あまり、驚かないんだな」
「うん……茜が孝之くんのこと好きだって、前から知ってたから」
「え? そうなの?」
 孝之くんが驚いた顔をする。
 ……やっぱり、こういうことは鈍いんだね。
 思わずクスッと笑ってしまう。
「孝之くんらしいね」
「……バカにされてる? もしかして」
「ううん。私、孝之くんのそういうところも好きだよ」
 そのまま、孝之君を抱きしめる。
 きゅっ、て音が聞こえそうなカンジ。
「私は、孝之くんしか、いないから」
 孝之君の鼓動を右耳で聴きながら、囁くように言った。
「……ああ、俺も、そうだ」
 大きな手で抱きしめられる。
 いいんだよね。
 その言葉、信じていいんだよね?

 ぎゅっと、孝之くんを抱きしめる。
 さっきより強く。
 孝之くんへの想いを、どう表して良いかわからないから。

 そして。

 私たちはキスをした。

 二人の想いの、確認のために。



 end






  僕が望まない後書き

 むー。
 うまく行きませんなあ。
 ってことでちゃあるです。ちとリクエストが会ったので「旅立ち」の遙視点版を作成しました。
 ……やっぱり遙は苦手です(笑)
 ってことでうまく応えられた自信はないのですが、公開します。

 2002.04.20 ちゃある

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