君が望む永遠アフターストーリー 君を愛す






 ……冷たい。
 額が、ひんやりする。


 目を開けると、目の前にはいつもの天井が見えた。
 ということは、ここは俺の部屋、ということになる。

 ……冷たい。
 額が、ひんやりする。

「あ、起きたんだ」
 その声の主を求めて首を回すと、目の前に何かが落ちた。
 それが俺の額を冷やしていたものだと、理解する。
「……水月?」
「はい、あたしは速瀬水月です。……慎二、大丈夫?」
「……大丈夫って……痛た」
 思い出したように、頭痛が俺を襲う。
「そのぶんじゃ、まだダメみたいね。今何か作るから、待ってて」
 水月は俺の額にタオルをのせると、そう言って台所へと消えた。

 ……冷たい。
 額が、ひんやりする。


 俺と水月がつきあい始めて、三ヶ月。
 部屋の鍵を水月に渡して、一ヶ月。
 でも、起きたら水月がいた、というのは、初めてだ。

 と、いうか俺、何で身体が動かないんだ?
 俺は昨日からの自分を、思い出す。
 確か俺は……水月と会う約束して……仕事は溜まってたけど……気合いでこなして……。
 うん、なんかだるいな、とは思ってたんだ。
 それで……とりあえず風邪薬を飲もうとして……。
 無かったから、そのままビール飲んで寝て……。

 ……今に至る、のか?

「びっくりしたよ。メール打っても電話しても出てくれないから」
「……すまん」
「ま、ベッドの上で唸ってる慎二を見たときは、もっとびっくりしたけどね」
 言って、水月は苦笑。
「……すまん」
「いいよ。こういうの、慣れてるし」
「いや……せっかく……休みなのに……」
「別に、一緒にいられるんだもん。いいよ……」
 水月は、そう言って優しく微笑む。
 その笑みが、俺には嬉しくもあり。
 辛くも、あるのだが。


「はい。特製おかゆだよー」
「……さんきゅ」
 と言って身体を起こそうとするが、上手く力が入らない。
「無理しないで。手伝ってあげるから」
「……すまん」
「また。お互い様でしょ」
「いや……汗くさくない……かなって……」
「あはは、慎二の匂いね。大丈夫。体育会系はそんなもの苦にはしないの」
 よっ、と言って俺を起こす水月。
 今も水泳のインストラクターと、高校の水泳部監督をやっているだけあって、力は強い。
 さすが「今でもほとんどの教え子には勝てるね」と言うだけある。
「よし、完成」
 ソファーに置いてあったクッションを背中に置き、俺の身体を固定する。
「はい。じゃあアーンして」
「……マジ?」
「どうせその調子じゃ、レンゲも満足に持てないんでしょ?」
「……ああ」
 おそらく、そうなのだろう。今でも身体のどこに力が入ってるのか、わからないくらいなのだから。
「はい。じゃ、アーン」
 俺は恥ずかしさに顔を赤らめつつ、口を開ける。
 ぱくっ。
 もぐもぐ。
「美味しい?」
「……多分」
「何それ」
「味が……わからないんだ」
「そっか……病院、行く? 今からでも」
 水月の心配そうな顔。
 本当は、そうすべきなのだろう。
 でも、ここから病院までが遠い。
 それに……。
 このままの方が……。
「いや……いい。多分熱が問題だと思うから……解熱剤が……あれば」
「そっか……じゃあ、食べ終わったら買ってくるから」
「すまん……」
「んもう。さっきから謝りすぎだよ。まったく遙じゃないんだから」
「……はは、そうだな」
「とりあえず味はわからなくても食べて。じゃないと栄養が取れないでしょ?」
「ああ」
 言いながらお粥をすくう水月に、俺は黙って口を開けた。


「じゃ、行ってくる。すぐ帰ってくるから」
 バタン、と音がして、足音が遠ざかる。
「……走って……行ったのか?」
 そんなに急がなくても、と思う。
 行く前に水月は、タオルを取り替えてくれた。

 ……冷たい。
 額が、ひんやりする。

 しかし、水月がいてくれて良かった。
 半年前の俺ならば、一人で一日中唸っているだけだっただろう。
 頼れる人がいる、というのはやはり、心強い。
 とは言っても、動けないことにかわりはないのだが。


「ただいまー」
 ぼんやりと頭痛を堪えていると、水月が帰ってきた。
「はい。お薬とデザート」
「……デザート?」
「うん。桃の缶詰を買ってきたの。ちゃんと白桃よ?」
「薬だけで……良かったのに……」
「うん……でもなんか病人っていうと白桃買うイメージがあってさ」
「……孝之が……桃好き……なんだっけ」
「うん、そう。孝之って、丈夫そうに見えて結構風邪とか引くのよ。で、そのたんびに桃を食べたがってた。まるで、桃が食べたいがために風邪を引いてるみたいだった」
 ふと、水月が遠い目をした。
 その仕草に、自分が言ってはならないことを口にしたと、悟る。
「……すまん」
「……また謝る」
「すまん……」

 流れる、沈黙の時間。
 どこからか聞こえる、秒針が時を刻む音だけが、部屋に響く。

「あたし……ね」
 おもむろに、水月が口を開いた。
「孝之の看病をしてたとき、いつも怖かった。孝之が、そのまま遠くへ行ってしまうような気がしてた。だから……ね、慎二。あなたには、無理をして欲しくないの。あたし……あたし……」
 水月が、泣いていた。
 それはもしかしたら、つきあってから初めて見せた、感情の決壊かもしれない。
「……大丈夫さ、水月。俺は……孝之とは違う。俺はあいつほどがむしゃらに何か出来るわけじゃないけど、めったに風邪もひかないから」
 自分でも、言っていることがおかしいとは思った。けれど今は、他に言葉が見つからない。
「慎二……ごめんね」
「いいさ水月。俺も悪いんだしさ……っつつ……」
 頭痛が、思い出したかのように俺を襲った。
「あっ、早く薬薬!」
「……そうだな。せっかく水月に買ってもらったんだから……」
「一応胃に入れてから、飲もうね」
 と言って、水月は白桃を差し出す。
 フォークで一口大のサイズに切り、先ほどと同じように。
「はい、アーンして」
 やはり、恥ずかしい。
 ふむ。

 ……冷たい。

 体内から、熱を下げていくような錯覚。
「……美味い」
「あ、味がわかる? なら大丈夫かな」
「そうだな、大丈夫だと、思うよ」
「じゃあ、さっさと食べて薬飲んで、寝てしまいましょう」
「ああ……」
 俺は水月に言われるがまま、薬を飲んで横になる。
 タオルはまた、水月に替えてもらった。

 ……冷たい。
 額が、ひんやりする。

「ちゃんと寝るのよ」
「……ああ」
 薬が効いたのか、視界がまどろむ。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 俺は、眠りに誘われていった。


 ……暖かい。
 右手から、暖かさが伝わってくる。

 目を開けると、目の前にはいつもの天井が見えた。
 ただ、さっきよりも薄暗い。
「……眠れた、のか……」
 頭痛は、無い。
 まだだるさは残っているが、さっきとは段違いだ。
「よっ」
 身体を起こす。
 と、右手が動かないことに気づいた。
 そっと、右手に目を向ける。

 水月が、眠っていた。
 俺の手を握ったまま、ベッドにうつぶせになって。

 そっか。
 ずっと、看ててくれたのか。

 俺はそのまま、しばらく水月の寝顔を見ていた。
「俺は……どこも行かないから」
 つぶやく。
 でも、それが俺の本心。
「うん……」
「え?」
 返事が返ったことに驚き、俺は水月を見る。
 けれど、彼女は眠ったまま。
「……寝言?」
 そうならば、随分とタイミングのいい寝言だ。
「ま、いいか」
 俺は左手を、水月の腕に載せる。

「水月、愛してるよ」

 俺は静かに、つぶやいた。

 最愛の人に向けて。



 おわり





  俺が望みそこなった後書き

 ええと、水月聖誕祭ボツ原稿です(ぉ
 水月監督編が、拙作「ラストシーン」の前であることに対し、本作は「ラストシーン」後の話になります。
 僕の中では「ラストシーン」までが「サイドストーリー」、以後は「アフターストーリー」、別エンドは「アナザーストーリー」と分かれてまして、そういう意味では、初の「アフターストーリー」になります。
 ……だからなんだって話ですけど(苦笑)

 まあ、久々に慎二が書けたからいいかなあ、と。
 では、次の作品で

 2003.08.29 ちゃある



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