君が望む永遠 涼宮茜生誕記念 茜色の空は遠く






「んーっ、やっぱり日本はいいなーっ」
 俺の前で、茜ちゃんは大きく伸びをした。
 ここは、白陵柊の裏の丘の上。
 学校の先生に挨拶がしたいということで、茜ちゃんは俺を連れて学校にやってきた。
 俺の役目は、運転手。
 確かに、あの坂を人力で登りたくはないな、と思う。
「この景色、久しぶり」
 秋も中盤を迎え、日が暮れるのも早くなった。
 この時間なのに、空はもう色を変え始めている。
「……向こうの生活は、どう?」
 なんとなく間が持たなくなって、俺は茜ちゃんに尋ねた。茜ちゃんは今、アメリカにスポーツ留学をしている。今回は、大会のための一時帰国だ。
「そうですね。水泳するには、いい環境かな。設備もコーチも。ちょっと英語が大変だけど」
 茜ちゃんは、振り向いて言った。
「でも……」
 茜ちゃんは寂しげな表情でうつむく。
「……アメリカには、兄さんがいないんです」
 その言葉に、ドキッとした。
 そう。茜ちゃんは、俺のことが好きだったのだ。
 向こうに行っても、まだ俺のことを?
「……なーんて。へへ、ちょっと驚きました?」
 コロッと表情を変え、茜ちゃんが笑った。
「……なんだよ……そりゃ驚くって……」
「でも、やっぱりみんながいないのは、寂しいと思うときがあるんです。自分が選んだ道なんだけど、遠い空の下で自分は一人なんだって思うと……ちょっぴり泣いちゃったりもしますよ」
 そうだよな。
 茜ちゃんは、たった一人でアメリカに渡ったんだ。
 たった、一人で。
「……でも、あと一年半ですから。頑張ってきますよ」
 茜ちゃんはグッとガッツポーズ。
「もっと……強くなるんです。心も、身体も」
 そう言った茜ちゃんの姿は、暮れかけた夕日に照らされて。

 名前の通り、茜色に染まる。

 それは、

 その笑顔は、驚くほど美しく。
 夕暮れに、天使が舞い降りてきたかのようだった。

「……どうしました? 兄さん」
「あ……いや……」
 さすがに茜ちゃんに見とれていたとは言えず、ごまかす。
「さ、行きましょうか。夕飯が出来ている頃でしょうから」
「そ、そうだな」
「あー、お母さんの料理、久しぶりだなーっ」
「茜ちゃんは、相変わらず食いしん坊だな」
「え、私って食いしん坊に見られてたんですか?」
「んー、割と」
「ひどいなあ、兄さんは」
 他愛のないやりとり。
 けれど久しぶりのこの感覚が、心地よい。

 気がつけば茜色の空は紫から群青へ、そして藍色に変わっていた。

 また明日になれば、目の前の茜色は遠くアメリカに旅立ってしまうけど。
 きっと彼女は、同じように頑張るのだろう。
 だって。
 茜色の空は、どこでも同じなのだから。


 おわり。




 君が望む後書き

 ……練りが足りない。
 最近私用で忙しい(結婚&引っ越しだ)ちゃあるです。が、茜ちゃんのために書き上げました。舞台としては茜ちゃんが高校を卒業した翌年の秋、を想定しています。
 拙作「旅立ち」の後作品になりますね。
 余裕があれば、ちょっぴり成長した茜ちゃんを書いてみたかったんですが、どうやら時間がないようです。ごめんなさい。
 でもまあ、一応間に合わせましたよ、ということで。

 2003.10.15 ちゃある

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