君が望む永遠SS ツミト、オモイ  夢を、見ていた。  夢の中の私は、眠ったまま。  でも何故か、見えるし、聞こえていた。 「……なあ、遙」  眠っている私の隣に、孝之くんが立っている。  どうして? どうして泣いているの? 「目を……覚ましてくれよ……」  大粒の涙が、シーツの上に染みを作っていく。 「もう……いいだろ? ……頼むよ……遙……」  孝之くんは、眠り続ける私にすがりつく。  でも、私は眠り続ける。  起きたくても、何もできない。  ねえ、孝之くん。  泣かないで、今起きるから。 「……頼むよ……」  痛い。  心が痛い。  何もできない自分が、苦しい。  でも孝之くんは、もっと苦しいんだ。  もっと、辛いんだ。  ごめんね。  ごめんね孝之くん。  私が、悪いんだね。 「……これで……最後だから」  ひとしきり泣いたあと、孝之くんはゆっくりと私に近づく。  そして、私と唇を重ねる。 「……じゃあ、な」  唇を話した孝之くんは、悲しげな顔で、つぶやく。  え……?  最後って……?  孝之くんは、名残惜しそうな顔のまま、病室のドアに手をかける。  待って、行かないで。  今、起きるから。  それでも、私は目覚めることはない。  やがてドアが開き、孝之くんの姿はドアの無効に隠れる。  待って! 待ってよ!  私は、叫んだ。  届かないと、理解していても。  叫ばずにはいられなかったのだ。  最愛の、人の名を。  +  目を開けると、よく知っている天井が見えた。 「……また、あの夢」  ここのところ、同じ夢を見る。 「……また?」  覚えていない。  ただわかることは、同じ夢を見ていたということ。  そして、私は泣いていたということ。 「……髪……べとべと」  汗をかいたのか、髪が頬に貼り付いている。 「むー」  起きたはいいけど、頭が働いていない。  ええと……今日は……。  ぼんやりした頭で、考える。 「……お風呂で考えよ」  私はそう決めると、ゆっくりと身体を起こした。  + 「はうー」  温めのシャワーで汗を流すと、湯船で足を延ばす。  朝からお風呂。なんて贅沢。 「んー」  身体を伸ばし、眠っている身体を起こす。 「ふー」  いい気持ち。このままずっと入っていてもいいかも。 「でも……なんか忘れてる気が……あっ」  思い出すのと玄関のチャイムが鳴ったのは、ほぼ同時だった。 「今日は孝之くんとデートの日だよぉ」  私は慌てて湯船から飛び出すと、バスタオルを巻いて部屋へと向かう。  ───途中のリビングで、孝之くんと会った。 「お……おはよう、遙」 「おはよ、孝之くん、ちょ、ちょっと待っててね」 「お……おう」  なんか孝之くんの顔が赤かった気がするけど、それよりも先に着替えなきゃ。  私は階段を駆け上がって部屋へと向かう。  ───はずだった。 「ふぇ?」  不意に、重心が後ろに下がった。  濡れた足で階段を上ったから、すべったのかもしれない。もしくは、髪をまとめた タオルが、重かったか。  とにかく私はバランスを崩し、そのまま一瞬、宙に浮く。 「きゃっ」  衝撃を覚悟して、私は身をかがめた。 「ぐえっ」  暖かい衝撃とともに聞こえたのは、カエルがつぶれたような声。  気がつくと、孝之くんのお腹の上に乗っかっていた。 「だっ、大丈夫?」  慌てて孝之くんの顔を覗き込む。 「……おう」  孝之くんの声がすぐ帰ってきたことに、ほっとする。 「良かった……」 「……そ……それよりもだな、遙」  孝之くんは顔を赤くしながら、咳払いをする。 「え?」  孝之くんの視線を追って、私は下を向く……。 「……あ」  そこには、はだけたバスタオル。  私は素早く前を隠すと、無言で孝之くんから離れる。 「あは……」 「はは……は……」  乾いた笑い声。気まずい時間が、この空間を支配する。 「き……着替えてくる……ね?」 「……今度はゆっくり階段上れよ」  孝之くんは微妙に視線を逸らしながら、言う。 「うん……ありがとう」  私はそう言って、階段を───今度はゆっくりと───上って、部屋に戻った。 「えっと……」  私は慌てて下着を身につけ、用意していた服に着替える。問題は、髪。 「あうう……乾かないよぉ……」  前はこんなとき、茜に手伝ってもらっていた。でも茜は今、遠くアメリカにいる。 「少し……切ろうかな」  伸ばし続けると、どうしても毛先が痛む。長いままでいるには、こまめなメンテ ナンスが大切。  それに……髪を洗うのにも、時間がかかるし。  私は髪を束ねると、その髪を右肩から前に持ってきた。ちょっといい加減だけど、 時間がない。 「よし」  私は鏡の前の自分に向かって指さし確認をすると、孝之くんの待つ一階に向かった。  + 「孝之くん。ごめんね……」 「いいっていいって。まったく遙は謝り過ぎなんだから」 「だって……」 「待ち合わせに遅れるのは、俺の方が多いだろ? 遙にそんなに謝られたら、 俺なんかもっと謝らなきゃならん。ごめんな、遙」 「ええっ、そんな……いいよぅ……」  いきなり頭を下げられると、困ってしまう。 「だろ? だから遙も謝るの終了」 「うん。ありがとう、孝之くん」 「ん」  私たちは、どちらからともなく手をつなぐ。  つないだ手。孝之くんの手は、暖かい。 『俺は、こころが冷たいからな』  いつか、照れたような顔で言った言葉。  そんなこと、ないよ。  孝之くんは、誰よりも優しい。  だって。  ───コンナワタシニスラ、ヤサシクシテクレルノダモノ。 「……どうした?」 「う、ううん……なんでもないよ」  私は心の声を隠すように、大きく首を振る。 「……そっか、ならいいけど。それより、来月からだな」 「え? 何が?」 「何言ってんだ。大学に決まってるだろ」 「あ、そっか。そうだよね」 「なんだよ遙。あれだけ勉強してやっと白稜大に受かったんじゃないか。もっと 楽しみにしなきゃ」 「うん……でも……」 「それに、俺も四月から仕事だし。お互いにワンランクアップだよな」 「そうだね。孝之くんも忙しくなるね」  今年、私は二回目の受験で大学に合格し、同じ頃孝之くんはすかいてんぷるに 入社が決まった。 「そうだな……すかいてんぷるって言っても、きっとバイトの頃とは全然違う仕事 だろうし」 「……私、みんなと馴染めるか、心配だな……」 「大丈夫だって。遙はこど……いや……」 「どうせ私は子供っぽいですよぉ」 「ごめん……そんなつもりじゃなくて……その……」  孝之くんの困った顔。  なんか、かわいい。  ───ホラマタ、カレヲコマラセテイル。 「……どうした? 遙」 「……ううん、ごめんね」  微笑みの直前で表情を変え、私は孝之くんに微笑む。 「なんか今日の遙、変だぞ?」 「あは……そんなこと……ないよ……」 「そんなことあるだろ!」  孝之くんの口調が、不意に強くなる。 「なあ遙、何でも言ってくれよ。俺はそのために、彼氏やってるんだからさ」  それは、懇願にも似た。  でも、その言葉に私は、何かが切れた。 「だったら、私の彼氏なんかやめちゃえばいいのに!」  一瞬、自分でも何を言ったのかわからなかった。 「……は……るか……?」  驚いた表情。今の言葉が信じられないと言った、そんな表情。 「わ……わた……し……その……」  ───マタ、カレヲキズツケタ。  でも孝之くんは、フッと表情を和らげると、優しく微笑んだ。 「俺は、やめないよ」 「えっ?」 「遙が俺のことを嫌いになったりしない限り、俺はもう遙を放さない。だから、 俺は遙の彼氏をやめたりなんかしない」 「たかゆき……くん……」 「な、なんだよ遙。泣くこたないだろ」 「……だってぇ……」  私は、孝之くんの胸に顔を埋めて泣いた。 「ごめんね……ごめんね……」  孝之くんは戸惑うようなそぶりで、それでも、わたしを抱きしめてくれた。  + 「ずっと……謝りたかったの」  公園のベンチで、私は孝之くんと並んで座った。  手には、ホットのウーロン茶。 「私がね……私が、交通事故に遭わなかったら、孝之くんも、大学に行ってたんだ よね。私と一緒に……」  ぽつりと、話し始めた。 「でも……私が……すべて奪ってしまった……」 「それは違うぞ、遙」 「ううん、違わない」  否定する孝之くんを、私は強い口調で遮る。 「私のせいで、孝之くんの人生が変わってしまった。それは間違いのないことなの。 だから、謝りたかった」 「……なら、同じだな」 「え?」 「……ずっと、俺は自分のせいで、遙の人生を変えてしまったと思ってた。遙が 眠っている間に起きたいろんなことは、すべて俺が受けるべき罰なんだと、思って た。いや、違うな。俺は今でも、そう思ってる」 「……孝之くん」 「……だから、さ。俺達は同じなんだよ。遙」 「同じ?」 「お互いが、自分のせいで相手の人生を変えてしまったと思ってる。だから、謝り たかった。な? 同じだろ?」 「う……うん」 「でもさ。今はもう、そんなことどうでもいいだろう? 俺は遙と一緒にいたいと 思ってる。……遙は?」 「……私も……同じだよ?」 「ならいいじゃないか。俺達は、これからの時間を一緒に生きていく。その間に、 またいろんなことがあるだろうさ。今回のことも、それと同じだって、いつか言える ようになるよ。な?」 「……うん」  うなずく私の頭を、孝之くんはくしゃっとかき回すようになでた。  その仕草が、私には心地よかった。 「さ、行こうぜ。今日は遙の、誕生日なんだからさ」 「……うん」  立ち上がった孝之くんの差し出す手を、私はしっかりと掴む。  そうだ。この手はもう、放さない。  私は、ずっと孝之くんといるんだ。  孝之くんの温かい手を感じながら、私は孝之くんについて歩き出す。  ───もう、あの夢は見ない。  覚えていない夢。でも私は、そう確信していた。  おわり。  君が望まないあとがき  遙聖誕祭。あと一時間ですが。  今回のコンセプトは「加害者は遙。被害者は孝之」です。ってか、この辺は本編 でも同じようなことを言っていた気がします。が、気がつけば僕は一年以上も君望 をやっていません。だからあまり本編を覚えていなかったりするわけで、本編と 異なっていたらごめんなさい。  で、謝ったので今回の解説ですが、一応「二〇〇三年三月二十二日」を想定して ます。僕の中だと茜ちゃんは留学中。そして孝之は就職が決まり、遙は大学進学が 決まるわけです。区切りの年、ということで、孝之と遙の関係を再認識させたかった のですが、どうでしょうか。  まあ、やっつけ仕事なのは否定しません。文句も多いかと思いますが、文句も 含めて、感想をいただけると嬉しいなあ。  では、また次の作品で。  作品から一年後の日に。 ちゃある