君が望む永遠 バースデイ・アフター・バースデイ
「えーっ、鳴海さん。来てくれないんですかー?」
「うん。どうしてもアルバイト、抜けられないんだって」
ごめんね茜、と姉さんはペコリと謝った。
+
我が涼宮家では、家族の誕生日はホームパーティーと決まっている。今年の私の誕生日は、姉さんが目覚めてから初めてのホームパーティー。三年ぶりに、家族揃ってのパーティー。
だから、鳴海さんも誘おうって決めてた。
きっと近い将来、鳴海さんは家族になるんだから、呼んでもいいよねって。
でも、鳴海さんは来ない。
「バイトなんか、さぼっちゃえばいいのに」
ベッドに飛び込みながら、私はつぶやく。
確かに、言うのは遅かったと思う。
だから、仕方ないと思う。
でも。
「姉さんの誕生日だったら、ちゃんと来るんだろうね」
私は天上を見上げ、嫌みな声でつぶやく。
そして、ハッと気づく。
やだ……。
私、嫌な女だ……。
あのとき、決めたはずなのに。
姉さんを祝福すると、決めたのに。
私はまだ───
───鳴海さんが、好きなんだ。
+
結局、家族だけで私の誕生日を祝うことになった。
四人で誕生日を迎えるのは、三年ぶり。
ずっと空いていた席に姉さんがいるというのは、改めて幸せなことだと思う。
「カンパーイっ」
いつものようにジョッキでビールを飲むお父さん。そして顔色一つ変えずにコップのビールを飲み干す姉さん。
そんな二人を見て微笑むお母さん。
楽しいパーティ。
私は、笑う。
でもその笑みは、何か違う。
楽しくない訳じゃない。お母さんが腕を振るった料理はとびきり美味しいし、お父さんと姉さんが選んでくれたプレゼントは、嬉しかった。
でも、何か違う。
私は、一つ空いている席に視線をうつす。
本当は、ここに座っていて欲しかった人。
私の兄さんとなるべき人が、ここにはいない。
「どうしたの? 茜」
「な、なに姉さん」
「……どこか……悪くない?」
「え? やだなあ。どこも悪くないよ」
「そう? ……なんか、ぼんやりしてた気がしたから」
「うーん、じゃあ少し疲れてるのかな。水泳ばっかりで」
うそぶく。
「あ、明日休みだから、ちょっと羽のばそうかな」
「うん。そうすればいいよ」
姉さんは、優しく微笑む。
いつもはトロくて心配ばかりかけるのに、こういうときはちゃんと『姉』の顔をする。
やっぱり、姉さんは姉さんなんだ。
だから、つらい。
せめて、鳴海さんの相手が姉さんじゃなかったら良かったのに。
でも、そんなことはあり得ない。
姉さんが鳴海さんのことを好きにならなかったら、私は鳴海さんを知らなかった。
もし鳴海さんが水月先輩のところに行っていたなら、私は鳴海さんを憎んでいただろう。
私が、鳴海さんの恋人になれる道なんて、最初から有りはしない。
「……ごめん、やっぱり疲れてるみたい。少し横になるね」
私は両親と姉さんに謝ると、二階に上がった。そして、飛び込むようにベッドに横たわる。
「どうして……」
何度も、何度も心の中を回る想い。
どうして私は、鳴海さんを好きになってしまったのだろう。
どうしようもない想いを堪えきれず、
私は、枕に顔を押しつけて泣いた。
+
気がつけば、朝になっていた。
どうやらそのまま、眠ってしまったらしい。
今日は土曜日で、練習もお休み。
「外……出るかな」
家にいても憂鬱なだけ。なら外に出れば少しは気晴らしになるだろう。
「よしっ」
私は気持ちを切り替えると、ベッドから起きあがった。
シャワーを浴び、朝御飯を食べるといい時間になっていた。
街をふらふらして、お昼ご飯食べて、それから……あっ、映画見るのもいいな。今って何やってるんだろう。
「いってきまーす」
適当に服を選んで、私は外に出た。十月にしては、今日は暖かい。
もう少し薄着でも良かったかな。
そんなことを思いつつ、駅へ向かう。
途中、犬を連れた女性とすれ違う。
愛嬌のある、足の短い犬。
えーと……コギーだっけ?
普段と同じ道。
でも、いつもと違う、道。
そう。
だっていつもの道なら。
「……あれ? 茜ちゃん」
「……鳴海……さん?」
あの人が前から歩いては、来ないから。
「あー、これから出かけちゃうんだ?」
「ええ……その袋は?」
鳴海さんは、大きな袋を両手で抱えていた。
白い袋に、赤いリボン。
まるで、お父さんが買ってくる誕生日プレゼントみたいな───。
「まさか……それ?」
「あー」
コホン、と一つ咳払いをしてから、鳴海さんは言った。
「一日遅くなったけど、誕生日おめでとう、茜ちゃん」
うわ。
ずるい。
そんな不意打ちは。
「ごめんな。急なことだったからどうしてもバイト休めなくて……」
わかってる。
そんなの、わかってる。
「お詫び、ってわけじゃないんだけど、ほら、誕生日プレゼント」
鳴海さんは、すまなそうな顔で大きな袋を差し出す。
「これで……許してくれないかな」
そして、笑顔。
やっぱり、ずるい。
どうして、鳴海さんはこんなにも優しいんだろう。
だからこんなにも、
私は、鳴海さんを意識してしまう。
また、鳴海さんを好きになってしまう。
「……ダメです」
「え?」
「これだけじゃ、許してあげません」
「ええっ、マジで?」
困った顔をする鳴海さん。
「ど、どうすればいい?」
「私、これからウインドショッピングに行くんです。それに付き合ってくれたら許してあげます」
「あ、それならお安いご用だよ。じゃあ一旦荷物置いて……」
「ダメです。今から行きます」
「……マジで?」
「マジです」
「……これ、抱えたまま?」
「そうです」
「……恥ずかしくない?」
「う……だ、大丈夫です?」
「……ホントに?」
「だ・い・じょ・う・ぶ・で・す!」
私はまっすぐに鳴海さんを見る。ちょっと睨んでいたもしれない。
「……わかったわかった。じゃあ行こうか」
鳴海さんは苦笑しながら、大きな袋を抱え直す。
「あ、待ってくださいよ」
すたすたと歩き始める鳴海さんを、私は追いかける。
ごめんなさい、鳴海さん。
本当は、すごく嬉しかったんです。
でも、もう少しだけ。
幸せな時間をもらっても、いいですよね?
ね?
おわり
俺が望まないあとがき
茜誕生日記念です。茜ちゃん、誕生日おめでとう!
……えー。
…………。
……ごめんなさい。
たったこれだけが書けなかったんですー。僕はダメな人間なんですー。
と、いうわけで今回の話は2章後、最初の誕生日を想定しています。
別の話で、最初の誕生日は孝之が参加していない、としたのでこんなカタチになってしまいましたが、
これはこれでいいのかな、と。
なかなか書いてくのも大変ですが、地味に続けたいと思います。
では、次の作品で。