君が望む永遠 Side Story 『この想いが届かなくても』 Ver2.00 「茜、ごめんね」  姉さんは、申し訳なさそうな目で私を見上げた。 「いいよ。このくらい、大したこと無いから」  姉さんから渡されたのは、何枚かのCDと、ミートパイ。 『孝之君に食べてもらうんだっ』って、張り切って作ったはいいけど、肝心の姉さ んは張り切りすぎてダウン。  ……まあ、8回も作り直していれば疲れもするわね。まったく、姉さんは自分の 体力を忘れて張り切るんだから。 「ちゃんと、孝之君に渡してね」 「大丈夫大丈夫。ま、バイトだったら玄関に置いて行くけどね」 「ええーっ、そんなのだめだよう」 「ふふっ、冗談」 「もう、茜のイジワル」  姉さんは膨れた顔をする。本当は届けたかったんだろうな、と思う。 「じゃ、行って来るね」 「うん。気をつけてね」  私は紙袋を持つと、姉さんの部屋を出た。  鳴海さんの家を回ると、当然ながら遠回りになる。 「あ、出る前に鳴海さんに、いるかどうか確認すれば良かった」  大事なことを忘れた。今から携帯を使ってかけてもいいかな、と思ったけど、も う足は鳴海さんの家に向かっている。ここまで来たら同じだ。ちょっとしたトレー ニングだと思えばいいだろう。  これじゃ、鳴海さんみたいだな。  そんなことを思い、一人苦笑する。  ピンポーン。  玄関のチャイムを鳴らす。  出てくる気配はない。 「バイトかな?」  バイトでも、こんなに朝早いという話は聞いたことがない。  ふと思い、玄関のノブを回す。  カチャ、と音を立ててドアが開いた。 「不用心じゃないですか?」  独り言をつぶやきながらも、中に入る。いないならいないで、荷物を置いていけ ばいいかな。 「…………」  部屋は結構……散らかっていた。さすがは男の一人暮らし、と言うべきかしら。 「これじゃ、姉さんも呼べないわね」  ひとりごちる。  と、ベッドの上で何かが動いた。ちょっと驚いたが、見るとそれは掛け布団だっ た。きっと鳴海さんがくるまっているんだろう。 「まだ寝てるんですか、鳴海さん」  私はツカツカと近寄ると、布団に手をかけた。 「起きてください。朝ですよ」  言葉と同時に一気に布団を剥いだ。  中には、うずくまるようにして眠る鳴海さんがいた。 「……鳴海さん?」  何か様子がおかしい。妙に汗をかき、呼吸も荒いように思える。  そっと、額に手を当ててみる。 「熱っ」  思わず当てた手を引っ込めてしまうほど、額が熱かった。 「鳴海さん、しっかりしてください、鳴海さん!」  声をかけるが、返事はない。 「ど、どうしよう」  とりあえず仰向けに寝かせると、布団をかけ直す。周りを見回すと、干してある タオルを見つけた。それを洗面所で濡らして、額に当てる。 「ん……」  タオルに反応したのか、うめき声のようなものをあげた。  何となく安心する。  次は、と思ってお風呂場から洗面器を持ってきて水を溜める。  とりあえずはしばらく、こうしていよう。  私は定期的にタオルを冷やし、額に当てた。鳴海さんは苦しいのか、時々うめき 声をあげる。そのたびに頭を動かすのでタオルが落ちる。私はそれを見てはタオル を当て直す、という動作を繰り返した。  不意に、音楽が部屋に流れた。  聞き慣れた着メロ。  私の携帯だ。  しまった。練習……。  慌てて携帯に出る。 「あっ、はい、、すみません。あの……姉が、急に熱を出してしまって……」  とっさに、嘘をついた。  姉さんの件は、監督も知っている。だから、話は簡単に済んだ。 「はい……明日は必ず。はい、済みませんでした」  ピッ。  携帯を切る。  ごめんね、姉さん。  心の中で謝る。  プルルルル……。  追い打ちをかけるように、家の電話が鳴った。  一瞬戸惑ったけど、受話器を取る。 「はい、すず……鳴海ですが」 『アンタ誰? 鳴海孝之は、どこで何してる?』  電話口から、怒ったような女性の声。 「失礼ですが、どちら様でしょうか」 『すかいてんぷるの大空寺だけど。鳴海孝之は?』  傍若無人な口調。ああ、バイト先の人かな。 「孝之は、本日高熱を出してしまいまして、動けない状態なんです」 『ああそう。とりあえず、本人出してくれる?』 「申し訳ありませんが、只今やっと眠ったところでして」 『あーっ、このくそ忙しいときにもう。じゃ、今から言うこと、伝えといて』 「はい。なんでしょう?」 『このボケが! 猫のうんこ踏めっ!』  ガチャン。  ツー、ツー。  電話が切れた。 「……なに、あれ?」  まるで嵐のよう、いや、スコールと言った方が正しいかな。  怒りを覚える間もなく、切られてしまった感じ。  まあ、伝わったと思うからいいか。  私はそう自分を納得させながら、鳴海さんを見た。  まだ、辛そうな顔をしている。  私には、何もできないの?  こんなに辛そうにしてるのに。  ただ、タオルを当てるだけなの? 「は……るか……」  ドキッとした。  心臓を握りしめられるような感覚。  鳴海さんが、こっちを見ていた。  熱に浮かされて、焦点が定まってないようだけど。 「鳴海さん?」  小声で尋ねてみる。けれど、返事はない。 「遙……」  鳴海さん……私を、姉さんだと思ってるんだ……。  不意に理解した。 「ダメ……だ……行かないでくれ……」  鳴海さんが、右手を伸ばす。  私に向かって。 「俺を……もう……置いていかないでくれ……」  鳴海さんの目から、涙がこぼれた。  私はハッとして、伸ばした鳴海さんの手を握り返した。  鳴海さんの表情が、変わる。  安堵の表情。 「俺を……一人にしないでくれ……」  もう一度、鳴海さんが強く手を握る。  私も、それに答えるように握り返す。 「大丈夫。私は、ここにいるよ」  どれだけの励みになるのかわからないけど、私は言葉を返した。 「遙……」  止まらない、涙。  けれど、その涙は、前と違うもの。 「愛してる……二度と離さない……から……」  その言葉は、姉さんに向けられたものなのだろうけど。  だから、嬉しい。  私の想いはもう、届かないけれど。  あなたの想いが、姉さんだけに向けられているなら。  いつか、あなたを『兄さん』と呼べるなら。  それならば、茜は、幸せです。  だから、最後に……。  いいですよね?  私は、鳴海さんに顔を近づけ……。  唇を、重ねた……。 「茜ちゃん?」  肩を揺さぶられて、目を覚ました。 「あ、鳴海さん……」  揺さぶっていたのは、鳴海さんだった。 「どうしたの? なんで、ここに?」 「あ、姉さんに頼まれて、あれ、持ってきたんです」  と、指を指そうとして。 「あ」  まだ手を握ったままであることに気づいた。 「あ、ごめんなさい」  慌てて手を離す。 「あ、や、こっちこそ。……俺、何か変なことしなかった?」 「え?」 「いや、だって、なんか茜ちゃんの手を握ってるし。俺、昨日帰ってからの記憶が 全くないんだ」  戸惑ったような表情。 「あの、部屋に入ったら、鳴海さんが『お母さん、お母さん……』って言ってたの で、手を握ってあげたんです」 「え? マジ? やべー、ゴメン」 「ふふっ、冗談です」 「……やめてくれよ。俺、すげえ恥ずかしいとこ見せたかと思った」  ほっとした表情の鳴海さん。ちょっと可愛い。 「あの……辛いときは、母がよく手を握ってくれたので、私もそうしてみたんです」  適当な言い訳をする。本当のことは、言えない。 「そっか……ゴメン」 「いいんです、大したことじゃないですから。……そう言えば、身体の方は?」 「えーと……頭がガンガンすること以外は、特に」 「じゃあダメじゃないですか。ちゃんと寝てください」 「もう……大丈夫だよ」  鳴海さんは、辛そうな顔で、笑う。  こんな時でも、鳴海さんは、優しい。 「……ダメです。寝ていてください」  真剣な目で、鳴海さんを見る。 「……わかったよ。そのかわり、茜ちゃんもここにいなくていいからな」 「え?」 「風邪、うつしたらどうすんだ?」 「それもダメです。鳴海さん、私が帰ったら動き出すに決まってます」 「……はは、参ったな。……信用無いなあ、俺」 「当然です。……それに私、朝からここにいるんです。うつるならもう、うつって ます」 「朝から?」  驚いた表情の鳴海さん。 「……わかったよ。寝てるよ。あ、バイト先に連絡してねえ」 「それなら今朝ありましたので、高熱のため休むと答えておきました」 「……マジ?」 「はい」 「参ったな……なんか言われなかった?」 「いえ……特には」 「そっか、それなら良いんだけど」  鳴海さんは頭を掻く。 「とにかく、ちゃんと寝ててくださいね。今、お粥作りますから」  私は立ち上がって、台所に向かった。  結局、鳴海さんの家を出たのは夜だった。あの後お粥を作り、着替えを手伝い、 風邪薬を買いに薬局まで走った。  家には、練習が遅くなったと言えば良いだろう。 「茜ちゃん、ありがとな」  家を出るとき、今度は私に『ありがとう』と言ってくれた。 「……鳴海さんは、私の兄になる人ですから」  そう言ったら、妙に鳴海さんが照れていたことを思い出す。 「ふふっ」  思い出し笑い。  見上げると、空に星が瞬いている。  ……私も、動き出さなくちゃ。  まずは、泳ぐことで。  そして、新しい恋を、見つけなくちゃ。  ……ね。そうしなきゃ。  鳴海さんは、私の、兄さんなんだから。 「くちゅんっ」  不意に襲う悪寒と、それに続く、くしゃみ。  やっぱ、うつっちゃったかな?  今日は帰ったら、一応薬飲んで、暖かいかっこして寝よう。  明日も、練習があるから。  そう思い、私は家までの道を走り出した。    end  君が望むあとがき  とゆーわけで、6作目です。またなんか飛ばしてますけど(^^;  慎二(再会)、孝之(君ができること 僕ができること)、水月(深夜のマーメ イド)と来て、今回は茜にしました。茜は、自分が好きな人が、遙を好きでいてく れることで、想いを昇華させようとする健気な娘だと思ってるので、こういう形に なりました。  自分の話は全て、遙エンド後の話になってて、SS同士も食い違うことがないよ うに書いてるので、茜を幸せにするには、全くオリジナルのキャラを出さねばなら ない、というのが厳しいですね。茜派の人に納得してもらえれば幸いです。  次こそ、抜けている遙編を書かないとね。    では、感想など頂けると幸いです、といういつもの締めで(苦笑)    2001.10.19 茜の誕生日を明日に控えて ちゃある  修正後の後書き  えと、これに関してはほとんど修正を入れていません。このパターンでこれ以上 膨らますのはちと難儀かな、ってことで。  そっかー、茜の誕生日前日に書いたのカー。タイムリーだな(笑)    2002.01.08 ちゃある