君が望む永遠 Side Story 『今年も僕は 君と歩く』
「お先に失礼しまーす」
十二月三十一日。今日は言わずとしれた大晦日である。今日はディナー前上がりなので、まだ時間は早い。明日も休みのため、今年は涼宮家で年を越すことになっている。
俺は一度家に戻り、シャワーを浴びた後、涼宮家を目指した。
歩きながら、去年の年末はどうだったかな、と考える。
「去年は……水月と、過ごしたんだよな……」
何かイベントがある度に、俺は水月を思い出す。思い出すことによって自分の気持ちが揺らぐことはもう無いが、ちょっとした罪悪感があるのも確かだ。
でも。
水月と過ごした三年間を、忘れることは出来ないから。
*
一年前。
「ねえ……」
「ん? なんだ?」
「やっぱ、ちゃんとした年越し蕎麦、食べたかったね」
「文句言うなよ。食べられるだけましだろ?」
「でも……これは蕎麦じゃなくて、スパゲッティって言うんだよ?」
テーブルの上のものを指して、水月が言う。
「コンビニ行ったら、もうカップの蕎麦は売り切れてたんだよ」
「だから大晦日までバイトするのやめてって言ったのに……」
「そんなに言うなら、水月が買ってくりゃよかったじゃないか」
「孝之が『まかせとけ』っていうから、買わなかったんだよ?」
あー……、そうだったか?
「あ……覚えてないでしょ?」
「うん」
「……呆れた」
ため息をつく水月。
「いいじゃねーか、こうして一緒に、新年を迎えられるんだからさ」
「……うん、そうだね」
水月が微笑む。
「さて、食べよっか。で、食ったら初詣だ」
「うん!」
「……で、帰ってきたら姫始め、と」
「……バカ」
水月は、照れた顔で言った。
*
ピンポーン。
涼宮家のチャイムを鳴らす。
『はーい』
「あ、鳴海ですけどー」
『ちょっと待っててくださいねー』
しばしの間の後、玄関の戸が開かれる。
「こんばんはー」
「孝之くん。こんばんは」
涼宮姉妹のお出迎えを受ける。この二人に迎えられるのって、役得だよな、と思う。
「もう、みんな待ってたんですからね」
茜ちゃんが、待ちかねたという素振りで俺を見た。
「え? 先に始めてて良かったのに」
「お父さんがね『こういうときは、家族全員が揃ってから始めるものだ』って言うから」
「え?」
お父さんが、そんなことを……。
「ほらほら、早く」
「お、おう」
思わず目頭が熱くなるのを堪え、俺は食堂に向かった。
テレビでは既に、紅白歌合戦が始まっていた。俺が席に着くと、早速ビールが注がれる。
お返しにお父さんにビールを注ぐ。
「では、乾杯と行こうか」
お父さんの声に従い、乾杯をする。
そしてコップの中の液体を一気に飲み干す。
ごくっごくっごくっ。
「っくーっ」
やっぱ美味い。
「あ、鳴海さん。どーぞ」
「ども」
茜ちゃんにビールを注がれる。
「でも、あんまり飲み過ぎちゃダメですよ。後で、対戦してもらうんですからね」
「おう、大丈夫だ」
「ホントに?」
「お、おう」
……そんなジト目で見ないでくれよ。
ホントに控えるから、さ。
「ねえ、そろそろやりましょうよ」
一通り食事も終わった頃、茜ちゃんが僕の手を引いた。
「かまわないけど……」
ちらりと遙を見る。
「おとーさん。おかわりー」
「まったくよく飲むなあ遙は。若い頃の母さんそっくりだ」
「あらあらあら」
すっかり飲む方に夢中らしい。
「ね、私の部屋にもう用意してあるんですよ」
「よーし、少しやるか」
「やったあ」
俺は立ち上がり、茜ちゃんの後に続いて二階に上がった。
「そう言えば、茜ちゃんの部屋に入るのって、初めてだね」
「え? そうでしたっけ?」
茜ちゃんはそう答えながら、素早くテレビとプレスタ2の電源を入れる。
「まだコントローラーを買ってないんですよ」
そう言って茜ちゃんはプレスタ2のコントローラを俺に渡す。
「……パッドでやるの?」
「はい。手加減しませんからね」
コイツ……確信犯だな。
しかしな、俺もパッドで格ゲーはやり込んだのだよ。
簡単には負けませんよ?
「お、プラスは前作のキャラが使えるのか」
「ええ」
でもまあ、それなりに慣れたキャラを使うか。
と、隻腕の女剣士、梅千を選択する。
茜ちゃんは……ほう、鎌使いマクセルか。
「じゃ、始めましょうか」
茜ちゃんの言葉で、ゲームが始まった。
「くそっ、もう一回だ」
「もう、次はキャラ変えますよ」
「ちょいまちっ、そりゃねーだろ?」
「成敗っ」
……一時間後。
「……今日はこのくらいで許してやるぜ」
「……ま、十三勝十三敗の五分ですからね」
「ってか、もう指が痛いよ」
「実は、私もなんです」
二人で苦笑。
時間も、丁度良い時間だしな。
「ねえ……鳴海さん?」
「ん?」
「いずれ……鳴海さんは姉さんと、結婚するんですよね」
いきなりの質問に、俺は答えに詰まった。
「今のところは……考えてないけど……」
それは、遙が無事に大学に行って、そして卒業してからのことだと思っていたから。
「でも、他の人とつきあうことは、考えてないですよね」
「そっ、それは、当然だろっ」
「じゃあ……『鳴海さん』じゃ、困っちゃいますね」
「え?」
「だって、姉さんもそのうち『鳴海』になるんでしょ?」
ああ。
そんなこと、考えたこともなかったな。
「それで……なんですけど」
「うん?」
少し照れた素振りで、上目遣いに俺を見る。
「……鳴海さんのこと……今度から、兄さんって呼んでも、いいですか?」
「え?」
顔を赤らめる茜ちゃん。
思わず、こっちも赤面。
「三年前、私……鳴海さんのこと『お兄ちゃん』って呼んでたんですよね」
「ああ……そうだね」
「でももう、私も子供じゃないですから……だから、『兄さん』にしようかな、って」
「うん……別に、かまわないよ」
「そうですか? やった」
茜ちゃんは小さくガッツポーズ。
「本当は、ずっと思ってたんです……鳴海さんって呼ぶことが、なんか、自分と鳴海さんの間に、壁を作ってる気がして」
ああ。
それは……自分も感じていた。
あの夏。
俺は茜ちゃんに、かなり嫌悪感を抱かれていたから。
茜ちゃんも、意図的に壁を作っていたから。
あの壁は、少しずつ壊していったけど。
呼び名が、最後の壁だったのか……。
「そろそろ、下に戻りましょうか、兄さん」
「え? ああ、そうだな。戻ろう」
一瞬自分が呼ばれていることに気づかず、戸惑う。
『兄さん』か……。
少し、くすぐったいな。
俺は苦笑しながら、茜ちゃんの部屋を出た。
「も〜、どこいってたの〜?」
下に降りると、むっとした顔の遙が僕たちを迎えた。
「えっと、兄さんと、ゲームしてたの。姉さん、お父さんと楽しそうにお酒飲んでたから……ごめんね」
「悪い、遙」
茜ちゃんに続いて、俺も両手を合わせて謝る。
「じゃあ、一緒に飲も? ね?」
「はいはい」
俺は遙に微笑みかけると、隣に座った。
俺は上手く飲む量をセーブしながら(だって遙と同じペースで飲んだら、俺は三十分も持たないぞ)、遙と酒を酌み交わした。
テレビでは紅白が終わり、そろそろ時計の針も新年に向かって近づいていた。
茜ちゃんとお父さんお母さんは、居間の方に移動している。俺たちのことを気遣ってくれたのだろうか。
「今年は……色々あったな」
「うん……そうだね〜」
「去年の今頃は……遙とこうして年を越すことなんて、考えもしなかった」
「……ごめんね、孝之くん……」
「遙……あれは、誰が悪いんじゃないだろ? だから、自分を責めるのは、もうやめろ、な?」
「だって、私さえ事故に遭わなければ……」
「そんなこと言ったら、俺だって遅刻しなければ、だ。それに水月だって、俺を引き留めなければ、って思ってるだろうし、慎二だって、俺に写真を渡さなければ、って思ってるはずだ。誰もが同じなんだよ……だから、自分だけを責めるのは、もうやめろ」
「孝之くん……」
「俺は、今この場所で、遙と、遙の家族と一緒にいられることに、幸せを感じてる。それでいいだろ?」
「うん……そうだね」
遙がそっと、俺の肩に寄りかかってきた。
遙の重みが、肩に掛かる。
俺は、左手で遙の肩を抱き寄せる。
近づく、二人の顔。
近づく、二人の唇。
ボーン、ボーン。
柱時計が、鳴り響いた。
反射的に、顔を離す。
「ハッピーニューイヤー!」
同時に、茜ちゃんが食卓に飛び込んできた。
「お、おう」
なんとなく気まずい思いをしながら、茜ちゃんに答える。
「なんですか兄さん。新年の挨拶がそれですか?」
「あ、いや……明けましておめでとう」
「はい、明けましておめでとうございます。……あれ、姉さん? どうかしたの?」
「ななななんでもないよっ。茜、明けましておめでとう」
「はい、おめでとうございます。姉さん」
茜ちゃんはにっこり笑う。対照的に遙の微笑みは、何かぎこちないものだ。
……顔が真っ赤だし。
まあ、無理もないけど。
「じゃあ、兄さん、姉さん。みんなで年越しそばを食べよー」
待ちかねていたかのような表情の茜ちゃん。
「あれ? 茜……孝之くんのこと……」
「え?」
「……『兄さん』って呼んでるの?」
「うん、さっきから呼んでたよ。気づかなかった?」
「うん……でも」
「だって、いずれ姉さんと結婚するんだもん。今から呼んでいてもいいでしょ?」
「け、結婚?」
茜の言葉に、顔を真っ赤にする遙。
か、可愛い。
「ややややだっ、そんな、まだ先のことなのに……」
「ふふっ、いいじゃないですか。さ、お父さんとお母さんが待ってるよっ」
「新年から元気いっぱいだな、茜ちゃん」
「そうですよっ。今年も張り切っていきますからねっ」
そうだな。
「よっし、今年も張り切って行くか!」
「うん、頑張ろうね」
俺の言葉に、遙が答える。
そう、今年も。
俺は、遙と一緒に歩いて行く。
end
俺が望む後書き
えーと。
あけましておめでとうございます(遅すぎ)。
2002年最初は、昨年の年末ネタです。
……ごめんなさい。
と、反省も終わったことですし、今年も孝之と遙のラブラブネタを書いていこうかと
思います。
何だかリアルタイム進行してますので、なんとか先に進んでいかないとな。
じゃないと、マジでエンディングが4年後になりそうなので(苦笑)。
では、次の作品で。
2002.01.15 ちゃある