君が望む永遠 SS ラストシーン 〜そして、始まる〜 Start 2002.03.12  第1章 出会い前   #1 孝之(1)  聞き慣れた着信メロディに、俺は跳ね起きた。  慌ててベッド脇の携帯に手を伸ばす。 「……もしもし」 『孝之くん、やっぱり寝てたんだね?』  遙の声だ。 「ああ……昨日も遅くてな」 『今日は大切な日なんだからね。孝之くんでも、遅刻はダメだよ』 「いやでもきっと、遙が電話をくれると思ってたし。やっぱ心が通じるっていいなあ。ラヴ・テレパスィー?」  起き抜けから白々しいな、と自分でも思う。 『…………』  電話の向こうは、無言。 「……ゴメンナサイ」  素直に謝る。 『……ちゃんと、来てよね?』 「わかってる。じゃあ、すぐに迎えに行くから」 『うん……気をつけてね』 「おう」  ピッ。 「さーって、と」  俺は両手で自らの頬を叩くと、タオルを持って風呂場へと向かった。   #2 遙(1)  ピッ。  携帯を切る。 「ほんとに……大丈夫かなあ……」  孝之くんが『すかいてんぷる』に正式に入社してから今年で二年目。やっとスーツ姿も見慣れてきた。  スーツ姿なのは彼が営業職だから。本当は企画とかやりたいみたいだけど、なかなかうまく回されないみたい。『何とかやってるよ』と言いながらも、遅くに帰る毎日が続いている。まあ、休みが何とか確保できているのが救いかもしれない。 「そう言ってるお姉ちゃんも、まだ何も支度してないんじゃないの?」  その声に振り向くと、部屋の入り口に茜が立っていた。 「え? でも私はあと髪をとかしてお化粧して、着替えたら準備OKだよ?」 「……それを『何もしてない』って言うんだよ?」  あきれた顔の茜。 「あ、あはは……そうでした……」 「まったく、そういうところはちっとも変わってないんだね。ちょっと兄さんに甘やかされ過ぎてるんじゃない?」 「そ、そんなことないよぉ……」  茜は去年のオリンピックで、見事メダリストの仲間入りを果たした。年齢的に厳しくなってはいるが、まだ現役を退くつもりはないらしい。  ちなみに今はスポーツ留学から戻り、私と同じ白陵大に通っている。 「あ、お姉ちゃん。私もう行くけど、お祭りの時に合流するかもしれないからよろしく」 「うん……あれ? そうしたら……茜の恋人にも、会えるのかな」 「あはは、一応連れていくよ。ま、兄さんや平さんからは、かなり見劣りしちゃうけどね」 「そんなことないよ。私たちよりずっと大人だし」 「そんなこと無いって。あれで中身はすっごく子供なんだよ?」  茜は手を振りつつ苦笑する。 「でも、いい人なんでしょ? 茜が選んだんだもんね」 「……うん」  照れた素振りで、茜は目を逸らす。 「うふふ。お祭り、楽しみにしてるね」 「うん……じゃあ私、行くね」  茜は手を振って部屋を出ていった。 「さーて、私も支度しなくちゃ……何来ていこうかな……」  ……やっぱり、時間かかるかも……。   #3 茜(1) 「ま、これなら間に合うでしょ」  と、時計を見てつぶやく。待ち合わせまではまだ時間がある。これならゆっくり歩いても間に合うだろう。 「問題は、彼の方なんだけど」  小説家の彼は、かなり時間にルーズだ。行く前にも電話したけど、案の定まだ眠っていた。 「駅に着いたらもう一度電話かな……」  ため息をつきつつも、ちょっと嬉しい自分がいる。  彼との出会いは、遠征先での本屋だった。面白そうな小説を見かけて手に取ったら「あ、それ……僕が書いたんです」と声をかけられた。  それからちょっと話をして仲良くなり、お互いのメールアドレスを交換した。小説家さんと知り合いになれるなんてめったにないと思ったから。  それからしばらくはただのメール友達だったんだけど、気がつけば私は、彼を頼るようになっていた。  つらいときや参ってるときに、メールや電話をしたりして。  彼は口べたで(小説家なのに!)言ってることがよくわからなかったりするんだけど、何気ない一言が、私を元気づけてくれる。  ここしばらくはホテルに缶詰だったみたいで会えなかったけど、今日は久しぶりに会える。  一ヶ月ぶり……かな。  彼の笑顔を思い出し、少し口元がほころぶ。 「あれ? 茜ちゃん」 「はいっ」  ちょうど微笑んだところで名前を呼ばれ、私は思わずビクッとして返事をする。  振り向くと、平さんが後ろにいた。 「あ、こんにちは」  知っている顔だったので、私はほっとした顔で挨拶をする。 「はは、おどかしてゴメン。これから出かけるの?」 「あ、はい……平さんは?」 「あー、涼宮や孝之に会う前にちょっと用があってさ。それで」 「そうなんですか。一応、夜のお祭りには合流しようと思ってます……水月先輩にも、会いたいし」 「そっか……楽しみにしてるよ」  平さんは、にこやかに笑う。  あ……。 「じゃ、気をつけてね。茜ちゃん、有名人なんだから」 「あ、はい、ありがとうございます」  私は慌てて会釈をし、平さんと別れた。  それにしても、あの笑顔。  彼の笑顔と、同じだ。 「……なんて、やっぱ飢えてるのかな」  彼の笑顔に。 「そだそだ、忘れてた」  私はポーチから変装用の眼鏡を取りだす。  自分ではそうは思っていないのだが、これでも結構有名人らしい。 「これでよし、と」  店のウインドウで自分の眼鏡姿を確認すると、気を取り直して私は歩き出した。   #4 慎二(1) 「ごめんな、集まる前に呼び出したりして」 「ううん、別に。あたしも、暇だったし」  柊町駅前の喫茶店『WILD LIFE』に、俺は速瀬を呼び出した。 「涼宮や……孝之に会う前に、確認しておきたかったんだ」 「ん、なに? あ、もう孝之に会っても、あたしは大丈夫だからね。遙は……別の意味で泣いちゃうかもしれないけど」  あはは、と笑う速瀬。 「いや、そっちはあんまり心配してない。それよりも……その……」  緊張で、うまく言葉が出ない。 「じゃあ、なに? もう、慎二君らしくないなあ」  速瀬が微笑む。 「あのな、速瀬……」  俺は速瀬の瞳をじっと見つめた。俺の行動に何かを感じたのか、速瀬も真剣に話を聞く体勢を取る。 「……俺と……つきあってくれないか……」 「え……?」  速瀬の表情が、固くなる。 「四人で会う前にこんなことを言うなんて、間違ってるかもしれない。けれど俺は、今じゃないと言えないと思ったんだ。すまん……」 「慎二君……」  強ばったままの速瀬の表情。 「いやその、すでにつきあってる人がいるとか、それなら、素直に引き下がろうと思う。でももし、誰もいないなら……」 「慎二君……ゴメン」  速瀬の言葉が俺の言葉を遮る。  彼女は真っ直ぐに俺を見つめた後、躊躇うように少し視線を落とした。  そっか。  そうだよな。 「やっぱ……だめか」  はは、と頭を掻く。 「そうじゃ……ないの」  俺の言葉を水月は否定する。 「速瀬?」  そうじゃないって。  どういうこと、なんだ?   #5 水月(1) 「……俺と……つきあってくれないか……」 「え……?」  慎二君の言葉の意味が、よくわからなかった。  けれどすぐに、意味を理解する。 「四人で会う前にこんなことを言うなんて、間違ってるかもしれない。けれど俺は、今じゃないと言えないと思ったんだ。すまん……」 「慎二君……」 「いやその、すでにつきあってる人がいるとか、それなら、素直に引き下がろうと思う。でももし、誰もいないなら……」  あたしは慎二君の言葉を遮る。 「慎二君……ゴメン」  一瞬の沈黙。  慎二君の表情が、辛辣なものへと変わる。  あたしは慎二君の表情を直視できず、視線を落とす。 「やっぱ……だめか」  はは、と慎二君は頭を掻く。 「そうじゃ……ないの」 「速瀬?」 「まだ、わかんないんだ。あたしのことが」  あたしはうつむいたまま、そう答えた。  正直言って、慎二君の言葉は嬉しい。  ずっと孝之が好きで、慎二君はただの友達で。  でも困ったときはいつも、慎二君が助けてくれた。  あたしが自暴自棄になったときも、慎二君は私を優しく抱いてくれた。  それでもあのときは、あたしはここから逃げる選択しかできなかった。  あたしは慎二君に感謝してる。一生感謝しても足りないくらい。  でも……。 「どういう、意味?」  慎二君が困った表情で問いかける。 「あたしは……」  うまい言葉が見つからず、ちょっと考える。 「……あたしは四年かかって、孝之を忘れたの。でも本当のところ、孝之に会ったら自分がどんな顔するかわからない……さっきは大丈夫って、言ったけどね。そんな状態なのに、慎二君の気持ちに答えることなんて、出来ないよ……」  沈黙。  お互いがどうしていいのかわからないような、重苦しい空気。 「なあ、速瀬」  慎二君が、口を開いた。 「俺は……それでもいいんだ。俺だって、四年間のブランクがある。その間に速瀬がどう変わったのかなんて知らないし、速瀬だって俺がどう変わったかなんて知らないだろう? でも、だからこそ、つきあって欲しいんだ。今の速瀬を、俺は知りたい」  こんな慎二君は初めて見た。  あたしのイメージでは、いつも慎二君はいつも一歩引いた感じだった。  それが今は一生懸命な表情で、あたしを見つめている。  怖いくらい真剣に、話している。  ……みんな、少しずつ変わっていくんだね……。  なんか急に、心が軽くなった気がした。 「……いいよ、でも……ちょっとだけ、待ってくれるかな」 「え?」 「慎二君のこと、好きになれると思う。でも、はっきりしたことは、まだ言えない……」 「孝之……か?」 「……うん」  正直なところ、孝之に会ったときの自分がどうなるのか、わからない。  だから、その気持ちを確かめるまでは、はっきりした返事は、できない。 「……じゃあ、仮免、かな」 「仮免?」 「そうそう、あとは路上教習───要は恋人未満でつき合ってみてさ、それから決めてよ」  ぎこちない微笑み。けれど、瞳は真剣で。  でも、それが慎二君の優しさ。 「そう……だね」  あたしは、その瞳にうなずく。 「……よかった」 「え?」 「だってここで断られたら、俺はどんな顔で二人に会えばいいのかわからなかったよ」  慎二君は、そう言って安堵のため息をつく。 「あはは、そうだね」 「俺達二人して暗い顔してたり」 「んー、かえって妙に明るいんじゃないかなあ」 「ああ、そうかも」  二人して笑う。 「……涼宮や孝之とも、こうやって笑えるといいな」 「……うん」  こういうところ。  慎二君の、優しいところ。  変わってないな。 「さて、そろそろ行こうか、速瀬」  そう言って慎二君はレシートを掴む。 「うん……ああ、慎二君」 「ん? ここはいいよ? 俺が払うから」 「そうじゃなくて……」  怪訝な顔をする慎二君。 「……ごめん……ね」 「いや、いいんだ。とりあえず今日は、とにかく楽しもうぜ」 「うん、慎二君」  ごめんね、慎二君。  もう少しだけ、慎二君の優しさに甘えさせてもらうから。  あたしは心の中で、もう一度慎二君に謝った。  感謝の気持ちと、一緒に。