君が望む永遠 超番外編(SHO side)4  離さない 「死んだ〜」  悪夢のような年末が終わり、無事に僕は新年を迎えた。  新年はとりあえず寝ることに決定し、元旦は爆睡モードだった。  が。  プルルルルル。  PHSが鳴る。 「なんだ……正月の二日から」  もう頼むから、寝かせてくれよ。  が、液晶に表示された文字を見て跳ね起きる。 「もしもし!」 『あ……SHOさん……?』 「はい、そうです!」  遙さんの、声だった。 『あ、明けまして、おめでとうございます』 「あ、はい。おめでとうございます。今年も、よろしくお願いします」  布団の上で正座して頭を下げる自分。 『よろしくお願いします』  なんか遙さんの声を聞くだけで、疲れとか眠気とかが、どこかにいってる自分が いる。  うわあ……。  正月から遙さんの声が聞けるなんて、俺って幸せもんだな……。 『あの……』 「はい、なんでしょう?」 『えっと……今日、暇ですか?』 「あっはい、僕はいつでも暇です。全く予定無いです」 『じゃ、じゃあ……これから……会えますか?』 「はい、もう、ばっちりです。準備完了です」 『えっと、その……じゃあ……』 「……はい、柊町の駅前の喫茶店に、はい。二時で。わっかりましたー」 『じゃ、また後で』 「また」  ピッ。  僕は電話を切ると同時に、ベッドから飛びだしていた。  二時きっかりに、柊町駅に着いた。  ってことは、喫茶店には遅れて着くと言うことだ。 「ひええっ」  僕は駅前の喫茶店に向かって全力で駆け出す。  待ち合わせの喫茶店は、駅前のビルの二階にある。僕は階段を一足飛びに駆け上 がると、喫茶店に飛び込んだ。  カラカラン。 「はっ、遙さんっ」 「あ、SHOさんっ」  遙さんは、奥の窓際の席に座っていた。  慌てて駆け寄る。 「すっ、すみませんっ、遅くなってしまって」 「ううん、こっちこそごめんなさい。急に電話したりして」 「いっいえっ、全然、まったくもって問題ないです」 「よかった……迷惑だったかな、と思って、心配だったから」 「そんなっ、遙さんのことで、迷惑なんて、これっぽっちもないですよ。だって……」  僕だって、遙さんにこんなに幸せにしてもらってるんですよ。 「だって?」 「い、いや……なんでも……ないです」  さすがにそこまでは、恥ずかしくて言えない。 「で……今日は、なんですか?」 「あ、あのね、昨日、初詣行ってきてね、お守り買ってきたの。SHOさんにも、 どうかなって」 「お守り……ですか」  交通安全とか、かな?  まさか安産祈願とかは……無いと思うが。  絶対にやらないとは言い切れないところが、遙さんだからなあ。 「えっとね、これ」  遙さんは、鞄からお守りを取り出し、僕の前に差し出した。 「えーと、……必勝祈願……ですか?」 「うん、私とお揃いなの。私……今年、大学、受けようと思ってるから」 「あ、そうでしたね……白陵大、でしたっけ?」 「うん……いつの間にか受験の範囲とか変わってて、勉強も大変なんだ。だからね、 神頼み」  そう言って、遙さんは微笑む。  少し、悲しげに。 「あ、そ、そうですか……お揃いなんて、嬉しいなあ……。で、でも……」 「どうしたの?」 「いや、遙さんは、受験があるじゃないですか、でも、僕は……」 「あ、え、で、でもね、SHOさん。生きていれば、色々あるじゃないですか。そ んなときに、こう……『か、勝つぞっ』って、その……」  遙さんは慌てたような照れたような表情で、小さくガッツポーズをする。  か、か、か……。  可愛い。  可愛すぎる。  どうする? 俺。  なに? もしかして俺、世界一の、しあわせもの? 「……SHOさん?」  はっ、しまった。  しばし妄想の世界に飛んでいたようだ。 「あ、いや、なんでもないです」  慌てて手を振る。 「ふふっ、変なSHOさん」  遙さんが微笑む。 「あ、お守り、ありがとうございます。これで今年は、ガンガン勝てそうですよ」  僕は遙さんに向かって微笑む。  そう、今年はこれで勝てるさ。  今までの人生、負けっ放しだったからな。  今年で全部、取り返してやる。  ……は、さすがに無理か。 「そうだね。勝てるよね」  嬉しそうな、遙さんの表情。  そう。  その顔が、いい。  カラカラン。  誰かが入ってきたらしい。  僕は何も気にしなかったが、遙さんは反射的に、入り口を見る。  その瞬間。  遙さんの表情に、影がさした。  その顔を見て、僕も振り向く。  入ってきたのは、カップルのようだった。 「アメリカで大ヒットとか言ってたけど、あまり面白くなかったね」 「そんなもんだろ? それより、正月から映画を見に行く方がきつかったよ」 「だって、孝之って正月休み、今日まででしょ?」 「でもな、水月。やっぱ、正月は家で正月番組を見るもんだと思うぞ」 「そんなんじゃつまんなーい」  会話からしても、普通のカップルに見える。  けれど、遙さんの表情は、曇るばかりだった。 「あ、あの……遙さん?」  小声で話しかける。 「え……あ……あ、SHOさん。出ましょうか」 「え?」  僕の疑問符も聞いてないのか、遙さんは立ち上がった。  ガタン。  その際に遙さんがテーブルに足をぶつけた。  テーブルの上の飲みかけのコーヒーが、テーブルにこぼれる。 「あ、あ……」  僕は慌ててナフキンでコーヒーを拭く。 「ご、ごめんなさい……」  遙さんは恐縮した表情で、僕を見た。 「いや、いいんです……」  僕が言った直後、僕の後ろから声がした。 「遙……」  女性の声。知り合いなのか?  僕は振り向く。  そこには、驚いた表情のカップルが僕たちを……いや、遙さんを、見ていた。 「……っ」  遙さんはいきなり、駆け出した。一刻も早くここから逃げ出したいという思いな のか。 「え? あ?」  僕はもう、どうしていいのかわからなかった。  遙さんのこと。  目の前のカップルのこと。  ここの支払いのこと。 「きみ……」  男の方に、声をかけられた。 「遙を、追ってくれないか? 払いは、俺が持つから」 「え?」 「俺にはもう、遙を追う資格はないから。きみが誰だかは知らないが、頼む」  男は、そう言って頭を下げた。 「遙をああいうふうにしたのは、アタシたちだから……お願いします」  連れの女性も、合わせて頭を下げる。 「おう」  僕は二人に軽く会釈をすると、遙の後を追いかけた。  遙の足なら、そう遠くには行けないハズだ。  僕は駅前のロータリーを見渡す。  遠くに、遙さんを見つけた。 「遙さん!」  叫んで、追いかける。  遙さんの走るスピードは、決して速くはなかった。けれど僕の出てくる時間が遅 かったため、距離はかなり離れている。  自分の運動不足を呪いながらも、一気に距離を詰めた。 「遙さん!」  僕はもう一度叫ぶ。けれども、僕の声は彼女には聞こえていないようだった。  遙さんは一心不乱に駆けている。 「遙さん!」  三度叫ぶ。  一瞬、遙さんの動きが止まったように見えた。  けれど、再び走り始める。 「くそっ」  僕は意を決すると、猛然とスパートをかけた。 「遙さんっ」  ようやく、手を掴んだ。 「待ってください、遙さんっ」 「いやっ」  それは拒絶の意志。  その言葉は、僕の心に深く突き刺さったけれど。  僕は、掴んだ腕を放さない。 「落ち着いてください遙さん。僕です、SHOです!」 「いやああっ」  既に半狂乱の彼女。  しばらく走ってきて人通りは少ないとはいえ、少々恥ずかしい。 「遙さんっ」  そのとき。  自分でも一瞬、何をしたのかわからなかった。 「!」  ぎゅっ。  前から、遙さんを抱きしめた。  身動きのとれない状態にする。 「いや、いやあっ」 「落ち着いてください、遙さん。大丈夫ですから」  左手で頭を抱き、耳元で囁く。 「あ……」  僕の言葉に、動きが止まった。 「SHO……さん?」  僕の顔を見上げて、遙さんがつぶやく。 「そうですよ、遙さん。こんな変な顔が、他にいるはず無いでしょう?」 「うふふっ、そんなに変じゃないよう」 「……良かった。笑ってくれた」 「え?」 「いつか、言ったでしょう? 僕は、あなたに笑っていて欲しいんですよ」 「SHOさん……」 「だから、僕はあなたを守ります。いつだって」  我ながら歯の浮くようなセリフ。  でも、その思いは真剣だ。 「遙さんが背負う荷物は、僕では支えきれないかもしれないけど。それでも僕は、 支えますから」  僕の言葉に、遙さんはしばし呆然とした表情をしていたが、やがて、僕の胸に、 顔を寄せた。 「ごめんね……SHOさん。いつも迷惑ばかり、かけちゃって」 「そんなことないです。僕の方こそ、遙さんに何もしてあげられない……」 「そんなこと……ないよ」 「え?」 「だって、今だってSHOさんは、こうして私を、抱きとめてくれているもの」  僕の服を、ぎゅっと掴む。 「ね、少し……歩こっか」 「あ……はい」  僕はゆっくりと、遙さんを放した。遙さんは、にこっと笑うと、歩き始める。僕 は、半歩後ろを歩くような、形になった。 「私ね……ずっと、好きな人がいたの」  遙さんは僕の方を向かない。ただ独り言のように、話し始めた。 「ドジで、勉強もあまり出来そうになくて。……でも、優しくて、いつも、明るい 顔をしていた。でも、彼は私のことなんて知らなくて……」  ゆっくりと、坂を上り始める。この先は確か、学校があるはずだ。  ……白陵柊。 「三年の時にね……親友の助けを借りて……告白したの。彼は、承諾してくれた。 ……それから、幸せな毎日が、続くと、思ってた。  まだこの上り坂を歩くのはきついのだろう。言葉が、とぎれとぎれになる。  それでも彼女は、淡々と上っていく。 「でもね……三年前の、夏。私は、事故に、遭った。……そして、目が、覚めたと きは、三年が経っていたの」  遙さんは道を逸れ、山道に入っていった。それこそきついんじゃないだろうか。 「遙さん」 「ん……大丈夫……だから」  僕の言葉に、一度だけ振り返り、微笑む。その顔には疲労の色が見えていたけど、 僕には止めることが出来なかった。 「三年間で、私を取り巻く環境は、ガラリと変わってた。妹の茜は、すっかり大人 になっていたし……それに」  遙さんは、そこで言葉を切る。 「三年前に、つきあっていたはずの彼は、私の親友と、つきあっていた……」  そう言った遙さんの頬に、涙が伝わった。  それからも、黙々と歩き、やがて丘の上についた。  遙さんはさすがに疲れたのか、近くの木に寄りかかる。 「大丈夫ですか?」 「うん……ここでね。私、告白したの」  遙さんの目が、遠くを見る。  きっと、昔のことを思い出しているのだろう。 「ここは、今までで一番、嬉しかったことがあった場所なの。だから、大切な場所」  遙さんは、僕を見た。 「だから……SHOさんに来てもらったんだよ」 「え?」  遙さんの瞳が、僕を見つめる。  僕は、その瞳に縛られ、動くことが出来なかった。 「……あのときの、返事、まだだったよね」 「え? ……あ」  クリスマスの。  それは……。 「SHOさん」 「は、はい」 「返事は、『はい』です」 「え?」 「私からも、お願いします。私と……つきあってください」 「え? ええ??」  パニック。  何がどうなっているのか、自分でもわからない。 「あ、は、はい……」  かろうじて、返事をする。 「ありがとう……SHOさん」  遙さんは、すっと、僕に近づく。  そして、僕の背中に手をまわし、ぎゅ、と抱きしめた。  僕も、遙さんを、抱きしめる。 「……信じられない……」 「嘘じゃないよ? 本当だよ?」  僕のつぶやきが聞こえたのか、遙かさんが言う。 「うん……」  強く、抱きしめた。  遙さんを、全身で感じる。 「遙さん……」  もう、離さない。  誰がなんと言おうとも。  二度と、僕は遙を、離さない。  end  おまけ  遙さんから感じる、匂い。  シャンプーの匂い。  いや。  これは、遙さんの、匂いだ。  嬉しくなって、再び強く抱きしめる。 「ねえ……SHOさん?」 「あ、ごめんなさい」  強く抱きしめすぎたかな、と思い、力を緩める。 「あの……」 「遙さんは、ひどく言いづらそうだ」 「な、なんですか?」 「お腹の辺りに……なんか、固いものが……」  ひええええっ。 「おおおっ」  慌てて離れる。  しまった。  自分でも無意識のうちに。  僕のご子息がカチカチ山に!  僕は腰を引いた状態で後ずさる。 「あ、あはは……」  渇いた笑い。 「あ、あははは……」  遙さんも、つられて笑う。 「……SHOさんの、エッチ」  遙さんは、照れた顔で言った。 「ぐはっ」  か、可愛い。  思わずよろめく。  と、足下に消失感。 「SHOさん!」  そのままバランスを崩し、丘を転がっていく。 「うおおおおっ」  ごろごろごろ。  ま、マジで萌え転がってる〜。 「しょ〜さあ〜ん」  僕を呼ぶ遙さんの声が、遠ざかっていった……。  おわり。  俺が望む後書き  ってことで四作目〜。やっとつきあい始めたよ〜。長かったよ〜。  はあ……。  ここからが本番か……。  2002.01.30 ちゃある