君が望む永遠 超番外編(SHO Side) バレンタイン・キッス
#1 2月3日
『最近のさあ、SHOの曲、なんか変わったよね』
「そうか? そんなつもりはないけどな」
『いや変わったって。なんて言うの? 幸せ感剥き出しっていうか』
「んなことないって。気のせいだよ」
『まあ、自分ではわからないんだろうな。ま、今の曲も嫌いって訳じゃないからさ。今度も頼むぜ』
「で……そろそろさ、そのデタラメなスケジュール勘弁して欲しいんですけど」
『そう言うな、いつものことだ、じゃあな』
「いつものことって、おい!」
ツー、ツー、ツー。
……切りやがった。
まったく、いくら何でも二週間毎に締め切りが来るなんて、殺人スケジュールにもほどがある。
ちょっと断りたい気分でもあるけど、色々なしがらみがあって難しい。
それに、キツイけどやっぱり好きなことだから。
「はあ……」
ため息。
「せっかくつきあい始めたのになあ……」
平成十四年は、最高のスタートを切った。なにせ、あの、涼宮遙さんが、
僕の彼女。
なんですよ……と、言っても世間の人は知らないだろうけど。
ああ、女子水泳界の期待の星と言われている涼宮茜の姉、と言えば、茜ちゃんのほうを知っている人もいるかもしれない。
とにかく。
本当は毎日がラブラブ……のはずなんですが……。
……と、僕のPHSが鳴った。
素早く通話ボタンを押す。
「もしもーし」
『あ……SHOさん……?』
「どもこんばんわ遙さん。はい、SHOです」
待ちかねていた電話。
『ごめんね、遅くなって』
「いえいえ。遙さんこそ、勉強でしょう?」
『うん……一応ね』
そうなのだ。遙さんは、受験生だったりするのだ。
だから、会いづらい。
『あの……SHOさん』
「はいなんでしょう?」
『十四日……夜、空いてますか?』
「十四日……ですか? 多分、問題ないと思いますけど……」
十四日は木曜。仕事自体はあるが、問題はないはずだ。
「……あ」
確かその日は……飲み会があったな。
……メイドさんがいる居酒屋での。
『……だめ、ですか?』
いいや、パスパス。
「いや、問題ないです。全然ないです」
『えと、じゃあ……午後七時に、柊町のドーナツ屋さんで待ってます』
ドーナツ屋……ああ、あれか。
「はい。わかりました。えと……勉強、頑張ってください」
『うん。あと一週間切ったからね。頑張ります』
白陵大は、八日が試験日だったか。じゃあホントにラストスパートだ。
「じゃ、また」
『うん……おやすみなさい』
「おやすみなさい」
ピッ。
ほわわわ〜ん。
声だけで、幸せな感じ。
ああもう。
早く十四日に、ならないかなあ。
#2 2月8日
夜。いつものように、PHSが鳴った。
「もしもし遙さん? SHOです」
『え? ええ? どうしてわかったの?』
電話の向こうで遙さんが驚いている。
「ええと……PHSには電話番号が出るんですけど……」
『あ、あはは……そうでした……』
受話器から感じる違和感。
「遙さん、どうしました? ……なにか、ありましたか?」
『え? ええ? ……なんにも……ない……です……』
おかしい。
いくらなんでも、元気が無さ過ぎる。
…………。
もしかして……。
「……試験……うまくいかなかったんですか?」
思い切って聞いてみた。
『……やっぱすごいな……SHOさんって、何でもお見通しなんですね……』
「あ、本当にそうだったんですか……」
『うん……なんて言うんだろう、出来たって感じが、しなくて……』
空気が、重い。
遙さんに、かける言葉が見つからない。
……どうした、SHO。
自分で言ったんじゃないか。
『あなたには……笑って欲しいんです』
なあ?
「大丈夫ですよ。だって、大学は逃げませんから」
『え?』
「万が一、万が一ですよ? 遙さんが白陵大に受からなかったとしても、来年も再来年もあるじゃないですか。今年は……その……入院とかあって、万全じゃなかったけど、例えば、例えばですよ? その、受からなかった場合でも、今度は一年じっくり勉強できるじゃないですか。それに……」
僕は一度、間を置く。
「……絵本は、その間でも描けますよ」
『あ……』
「ねえ? 例えば面白いネタならいくらでもあります。だってほら、僕がいるんですから」
『SHOさん……が?』
「あれ? 遙さん、忘れちゃいました? 僕は元々、あなたを笑わせるためにいるんですよ?」
『……ふふっ、そうですね』
クスッ。
そんな笑いが、PHSから聞こえた。
「良かった……やっと笑ってもらった」
『うん……SHOさん、ごめんね』
「いえいえ、ホントはこう言うとき、遙さんの側にいたいんですけどね」
『うん……私も、SHOさんの側にいたいな……』
ドキッとした。
いやむしろ、心臓が止まるかと思った。
「あ、ええと……十四日、楽しみにしてますから」
『あ、うん……私も』
「じゃ、あの、そろそろ遅くなりましたから」
『うん……そうですね……』
「また……」
『お休みなさい……』
ピッ。
バサッと、ベッドに飛び込む。
今日はこれ以上遙さんの声を聞いていたら、なりふり構わず遙さんの家にダッシュするところだった。
それほどの衝動。
枕を、ぎゅっっっっっっと抱きしめる。
今夜は、眠れそうになかった。
#3 2月14日(1)
「すいません、お待たせしました」
コーヒーを持って二階に上がると、遙さんは既にやってきていた。
「ううん、私も来たところですから」
その言葉は本当なのだろう。まだ紅茶が、湯気を立てている。
今日の遙さんは、淡いクリーム色の、ハイネックのセーターだった。
遙さんにはこういう淡い色が、似合うと思う。
「えと、これからどうします? 夕飯とか」
向かいの椅子に座りながら話す。
「あ、その前に……」
遙さんは、テーブルに紙箱を出した。
「ホントは……こういうところで出しちゃ、いけないんでしょうけど……」
言いながら、遙さんは蓋を開ける。
そこには、チョコレートパイが三切れ。
「あの……バレンタインだから……」
「これを……僕に?」
遙さんがコクンと頷く。
「あの……初めて作ったから……口に合うかわからないんですけど……」
「いえいえ、遙さんの作ったものなら、どんなものでも美味しくいただきますよ」
そう言って、パイを一切れ掴む。
「じゃ、いただきまーす」
大きく口を開け、かぶりつく。
ぱくっ。
もぐ、もぐ、もぐ……。
その間にも、遙さんの視線は、僕に注がれている。
不安そうな、顔。
ごっくん。
「あーっ、美味しい。こんな美味しいチョコレートパイ、僕は初めてですよ」
偽らざる言葉。
……もっとも、チョコレートパイを食べたのが初めて、という話ではあるが。
「良かった……」
安堵する遙さん。
その仕草が、可愛い。
僕はぎゅっと遙さんを抱きしめたい衝動に駆られたが、なんとか思いとどまる。
とりあえずパイの残りを平らげる。さすがに三切れはきつかったので、一つは遙さんが食べた。
「ええと……デザートが先になっちゃいましたけど、夕飯でも食べに行きましょうか」
「そうですね」
僕たちは飲み物を飲み干すと、ドーナツ屋さんを出た。
#4 2月14日(2)
入ったのは、柊町でも美味いと評判のラーメン屋だった。
ここは美味しい上に安い。
ホント、給料日前の人間には頼りになる店だ。
店の前には案の定行列が出来ていたが、回転が早いのであまり待たずに座れた。
「えと、とんこつラーメン二つ、あと餃子一枚」
即座に注文。
「SHOさん。今日はゆっくり食べてくださいね」
「そうは言ってもなあ。ラーメン伸びちゃうし」
「だってSHOさん食べるの早いんだもん」
「遙さんが遅いんですよ……」
「う゛ー、わかってるんですけど……」
そんな仕草も、可愛い。
僕は出てきたラーメンをさっさと平らげ、餃子をぱくついていた。
遙さんはまだ必死にラーメンと格闘している。
「急がなくていいですから」
「は、はい……」
急いでいるようには見えるが、端から見ても食べるのが遅い。
ま、そんな遙さんを見てるのがいいんだけど。
「はー、おいしかったー」
満足そうな遙さんと、僕は店を出た。
今日は星がきれいだ。かと言って、それほど冷え込む訳じゃない。
むしろ二月にしては、暖かいと思う。
「じゃあ、家まで送りますよ」
「はい。ありがとうございます」
どちらからともなく、手をつなぐ。
遙さんは手袋をしていたが、その上からでも遙さんを感じる。
なんか、恋人同士みたいだ。
……いや、恋人……だったな。
「ねえ、遙さん……」
「なんですか」
「あの……僕たち、つきあってます……よね?」
僕の言葉に、顔を赤くする遙さん。
「……はい」
「その……敬語、止めましょう」
「え? でも……SHOさん、年上だし……」
「ええ、でも、やっぱ敬語ってこう、よそよそしいじゃないですか。僕も止めますから。ね?」
「えと……はい。SHOさんがそう言うのなら……」
「あ、えと……そうだな『SHOさん』もちょっと……」
「え? だめ?」
困った顔の遙さん。
「えーと……じゃあ『SHOくん』ならいいですか?」
「あ、いいな。そうしてくれると、嬉しい」
「うん、じゃあ……SHOくん」
にこっと遙さんが笑う。
ぽわわわ〜ん。
……いいな。
「じゃあ、SHOさん……SHOくんも今度から私のこと、遙って呼んでくれますか?」
「え? うん……えーと、遙」
「はい、SHOくん」
なんか、ドキドキが止まらない。
まるで、中学生みたいだ。
「あ、あはは……なんか、恥ずかしいね」
「うん……そうだね」
二人で、笑う。
でも。
今日はすごく。
遙に、近づけた気がする。
「SHOくん、今日はありがとう」
「いえ、僕の方こそありがとうございます」
「また敬語使ってるよ。SHO君から言ったのに」
「あ、しまった。ゴメン」
「ううん、SHO君らしいから」
「じゃ、今日はこれで」
「え……あの……」
戸惑った表情の遙。
何か、あったのだろうか。
それとも、僕が何かしたのだろうか。
と、遙は思い切った表情で僕に近づき……。
頬に、キスをした。
「……おやすみなさい」
「……はい」
バイバイ、と小さく手を振って去っていく遙を、僕はずっと見つめていた。
「うおおおおおおおーっ」
遙が見えなくなった直後、僕は叫んで、走り出す。
幸せが全身を駆け抜けて、止まらない。
今日は紛れもなく、最高の日だ。
僕は、掛け値なしにそう思った。
end
俺は望まないSHO&遙さん
と、言うわけでなんとか間に合いましたか?
ええと、SHO編のバレンタインネタです。
なんか純情過ぎなSHOさんがイカス(笑)
……次回はホワイトデーですな。
2002.02.14 ちゃある