君が望む永遠 超番外編SHO Side「あなたの側にいる幸せ」
「ららら〜かな、違う、ららら〜だな」
音階を口ずさみながら、彼は鍵盤を叩く。
「ここはこの音だな……うん」
彼のつぶやきを聞きながら、私はスケッチブックを開く。
でも。
彼の真剣な横顔に目を奪われ、せっかく出した二十四色の色鉛筆も、動き出さない。
「ねえ、遙たん」
不意に彼が作業をやめ、私の方を向く。
「はっはうっ」
驚きと恥ずかしさで、私は素っ頓狂な声をあげる。
びっくりしたような、彼の顔。
もう、私のバカバカっ。
「あ……なんか悪いことしたかな」
「あうう……なんでもないんです……」
更に彼を傷つけたことを知り、声も小さくなる。
「えーと……お腹、すかない?」
「はっはい、すきました思います」
そんな私の口調に、苦笑する彼。
私、なんかヘンだったかなあ?
「じゃ、ご飯でも食べ行きますか。遙たん」
「はい、SHOくん」
+
SHOくんの家に遊びに来ると、『馬車道』で食べることが多い。味と値段のバランスが取れてるから、私も好き。
それに、袴姿が可愛いものね。
「ごめんね。ホント急ぎで頼まれものがあってさ。つまらないでしょ?」
「ううん……楽しいよ。SHOくんの真剣な顔、あまり見られないから」
「あははは、遙たんにそんな見つめられたら、照れちゃうなあ」
でも、集中したら私の視線も気にならなくなるんだよね。
かっこいいけど、少し、寂しいな……。
「ま、もう少しだからさ。もう少しだけ、待ってて」
「うん」
両手を合わせて頼み込む彼の姿に苦笑しつつ、私はうなずいた。
+
家に戻ると、早速SHO君は作業を再開した。
私は『今度こそ!』と思い、スケッチブックを開く。
書きかけの、絵本。
ずっと温めてる、お話。
私は二十四色の色鉛筆を使って、少しずつ、描いていく。
今描いているのは、大切なひとのおはなし。
大切に思われること。
思い合うだけじゃ、ダメだってこと。
もっともっと、大切だと思えるようなひとになること。
そんな想いを込めて、私は色鉛筆を走らせる。
+
「はーるーかーたん」
「はうっ」
不意に聞こえた声に、私は顔を上げる。
「どう? 少し休んだら?」
SHOくんは、そう言ってマグカップを差し出す。
中身はレモンティー。
「ありがとう」
私はSHOさんからカップを受け取り、一口飲む。
ホッとするような暖かい液体が、私を温めていく。
「きっと……SHOくんの優しさだね」
「え? 何か言った?」
「……ううん。何でもない」
彼の問いかけに、私は首を振る。
「ね、SHOくん」
「うん? なあに?」
「……ううん、なんでもない」
「なんだよ。変な遙たん」
首を傾げるSHOくんに、私は微笑みかける。
きっと、わからないから。
私の幸せと、その内に眠る不安は。
+
「先、お風呂いいよ」
「はーい」
今日はSHOくんのおうちにお泊まり。私はこの日のために、新しいパジャマを買った。
ちょっと大きめの、牛柄のパジャマ。SHOくんは気に入ってくれるかな。
私はお風呂で身体を洗う。
今日はちょっと、念入りに。
だって……。
ちょっとその先を考えて、恥ずかしくなる。
「ふう……」
湯船でため息。
なんだか最近、自分でも躁鬱が激しいと思う。
「やっぱり、ワガママなのかな……」
今だってこんなに幸せなのに。
拭いきれない不安を、いつも抱えてる。
それは。
一瞬で幸せを失ってしまった、過去の経験のせい。
眠りから覚めたあとの、悲しみの記憶のせい。
「SHOくん……」
もう、失いたくない。
あんな悲しみは、もう味わいたくない。
どうすれば……。
……どうすれば、いいの?
考えても、湯船の中では答えは出ない。
+
「SHOくん、お風呂あがったよ」
そう言ってSHOくんの部屋に入る。
「はーい」
SHOくんは読んでいたマンガを閉じ、私を見る。
SHOくんの動きが、一瞬止まった。
「……かわいい……」
「……え?」
「……あ! いや、なんでもないなんでもない。じゃ、じゃあ風呂入ってくるね!」
SHOくんは慌てた調子で部屋を飛び出す。
変なSHOくん。
でも、良かった。
『かわいい』って、言ってくれたから。
私はSHOくんが読んでいた、マンガを取る。
ふうん、こういうの好きなんだ。
そして私は、中を読み始めた。
+
「はーるーかーたん」
「ほえ?」
声に顔をあげると、目の前にSHOくんの顔。
「ホントに集中すると周りが見えなくなるんだな、遙たんは」
「うう……ごめんなさい」
「いや、謝ることはないよ。きっと僕もそうだろうし」
あはは、とSHOくんは笑う。
確かにその通り、音楽に打ち込んでるときのSHOくんは、それ以外何も見えてないようにも見える。
だから……怖い。
「さて、明日もあるし寝ようか」
「……うん」
SHOくんは大きなあくびをする。ホントに眠いんだね。
私が寝るのは隣の部屋。SHOくんとは、別の部屋。
「じゃ、また明日」
「うん……おやすみなさい」
パタン、と扉を閉め、隣の部屋に移る。
目覚ましをセットして布団にもぐるけど、なんだか眠れない。
枕が変わったからなのかな。
それとも……。
私はゴロンと寝返りをうつ。
でも、眠くなる訳じゃない。
寝ないといけないのに。
「眠れない……」
つぶやいてみる。
けれど、何も変わらない。
「そうだ」
SHOくんと一緒に寝よう。
私は起きあがり、枕を抱えて部屋を出る。
コン、コン。
SHOくんの部屋をノック。
でも、返事はない。
寝ちゃったのかな?
ゆっくりと、ドアを開ける。
そこには、ヘッドホンをつけたSHOくんが、頭を抱えながら鍵盤を叩いていた。
「うーん……」
真剣な目で、頭を掻く。
こんな夜中まで、頑張ってるんだ。
……邪魔しちゃ、悪いかな。
と、ドアを閉めようと思った瞬間。不意に振り向いたSHOくんと、目があった。
「うわっ」
驚くSHOくん。彼は慌ててヘッドホンをはずす。
「……どうしたの?」
「……うん……眠れなくて……SHOくんは?」
「ん……ちょっと閃いたから始めたんだけど、なかなかね」
肩をすくめるSHOくん。
「そこじゃなんだから、おいでよ」
「うん……」
ドアを開けて、中に入る。
狭い部屋に無造作に敷かれた布団に、ちょこんと座る。
「枕が変わると、眠れないんだ?」
「うん……」
「……一緒に……寝る?」
一瞬ためらったあと、SHOくんが顔を赤らめて言った。
「……いいの?」
「ナイショだよ?」
「……うん」
やっぱり、SHOくんは優しい。
+
「ね、SHOくん」
「……なーに?」
「ありがと」
「うん」
電気を消しても、二人ともなかなか寝付けなかった。
互いの動きが気になって、目が覚めてしまう。
「……起きてる?」
「……うん」
僅かな明かりに、SHOくんの顔がうっすらと見える。
「近くにいるの、わかってるのにな」
「え?」
「時々確認しないと、不安になる。遙がいることを、確かめたくなる……幸せなのに、不安なんだ」
「あ……」
同じだ。
私が思っていたことと、同じ。
幸せの中の、不安。
私たちは今、一つの布団の中で同じ不安を抱えてたんだね。
「ね、SHOくん」
「なーに? 遙たん」
SHOくんの口調はいつも通り。さっきつぶやいた言葉が、恥ずかしかったからなのかな。
「結婚……しよ」
「うん……え?」
驚くSHOくん。私にも、何故結婚という言葉が出てきたのかわからない。
「もちろん今すぐ……じゃなくて、だけど。私ね……ずっと、SHOくんの隣にいたい……」
ね、SHOくん。
きっと私は、何か確実なものが欲しいんだよ。
つき合っていても、それを縛るのは互いの想いだけだから。
何か、別のもので縛って欲しい。
「……うん、そうだね。結婚……しようか」
僅かな沈黙のあと、SHOくんがつぶやくように言った。
「SHOくん……」
「遙……」
そして、私たちはキスをした。
僅かにこぼれる星明かりの元、誓いのキスを。
おわり
俺は望まない永遠
えー、何書いてるんだ俺(ぉ
というわけで、SHO君シリーズを久々に書いてみました。今回は遙視点で。
とりあえずのエンディングは『結婚』だと思ってるので、今回は「結婚しよう」まで
書きました。ええもう、涼宮家は自分から言うのです(ぉ
次回は婚約編……を書くかどうかわかりませんが、まあ、バカなネタを笑ってもらえればと思います。
2002.12.10 SHO氏の誕生日から8日遅れで ちゃある