君が望む永遠 超番外編(togawa side) 僕が望む天使』
注意:本作は実在する人物をモチーフにしている部分がありますが、多分別人です。
また、SHO(遙派)さんネタではないので気をつけてください。
……戸川さん、ごめんなさい。
「……今日も何とか、終わったな」
僕はつぶやきつつ、研究室を後にした。
とりあえず就職先を確保し、愛するベガルタ仙台も悲願のJ1昇格を果たした今、僕があとする事は卒業だけだ。
それには、無事に卒業研究をやり遂げなければならない。
結構、面倒だよな。
帰りに本屋に寄り、雑誌を物色する。
今はWeb上でたいていの情報が入手できるが、やはり紙媒体も重要だと思う。
僕は買うまでもないと判断した雑誌をパラパラとめくる。一介の学生に、欲しいものを全て買う財力など無いのだ。
と、中に面白い記事を見つけ、読み始めた。
ふむ……良いなあ。買っちゃおうかなあ。
しばし悩む。
と。
「わたったっっと」
不意に脇から押され、僕はバランスを崩した。
押されたのではない、相手がぶつかってきたのだ。
散らばる雑誌と、鞄の中身。
「っと、なにする……」
その瞬間。
僕の時間は、止まった。
「あ、ごめんなさい。大丈夫?」
相手はバランスを立て直し、手からこぼした雑誌と、自分の鞄の中身を拾う。
僕はそれを見ながらも、瞬き一つ出来なかった。
完全に。
彼女に、見とれていた。
「えと……大丈夫?」
彼女は僕の前で、手をひらひらさせた。
「……あ、え? は、はい! 大丈夫です!」
彼女が僕の顔をのぞき込んでいる。
その事に、我に返った。
「あ、そ。良かった」
彼女はニッコリと微笑む。
「ホントごめんね。じゃ」
彼女は振り返り、レジへと歩いていった。
肩まで届くか届かないかくらいの、綺麗な髪。
ああ……。
綺麗だ……。
こんな一目惚れは、初めてかもしれない。
しばし呆然とした後、僕は思いだしたように手に持っていた本を棚に戻す。
と、自分の足にコツンとした感触。
見ると、足下に小さな箱を見つけた。
アクセサリーを入れるためだろう。小さな青い箱。
箱を開けると、シルバーのリングが収められていた。
自分でもわかるくらい安そうなリングだが、よく手入れされている。
もしかして、彼女のかもしれない。
僕は慌てて彼女の後を追った。
彼女は既に店を出ていた。僕は店の前で辺りを見渡す。
右手方向、遠くに人影が見えた。
「ちっ」
舌打ちして、走る。
落とし物を店に預けて帰るのは簡単だが、そうしたら彼女に会えなくなる。
打算的と言えばそれまでだが、それくらい、彼女にもう一度会いたかった。
徐々に大きくなる後ろ姿は、確かにさっきの彼女らしかった。
「すみませーん」
走りながら、彼女を呼ぶ。
最初は自分が呼ばれていることに気づかなかったようだったが、繰り返して呼ぶと、ようやく自分が呼ばれていることに、気づいたようだった。
彼女が振り返る。
それだけで、自分の心臓が飛び跳ねるのがわかった。
これって……。
……不整脈?
いや、そんな冗談ではなく。
「えっと、なんですか?」
彼女は怪訝そうな顔で、僕を見る。
「いや、あの、その……」
どう切り出せばいいのか考えながら(っていうか、ドキドキして頭が回ってないのだ)、僕はポケットからさっきの箱を取り出す。
「こ、これ……あなたのじゃ、無いですか?」
おずおずと差し出す。
この箱を見た途端、彼女の表情が変わった。
慌てて彼女は自分の鞄を開け、中を見る。
しばし探った後、僕の手の上の宝石箱を手に取った。
ゆっくりと、開ける。
「ああ、ありがとう。これ、大切なものなんです」
彼女は愛おしそうに、箱を抱きしめた。
「そ、そう。……良かった」
僕は、胸をなで下ろす。
「ホントにありがとうございました。えと、何かお礼を……」
「い、いや、いいんです。お礼なんて、ホントに、その……」
僕は慌てて手を振る。
「あ、良かったら夕飯とか、いかがですか?」
「え?」
驚いた、いきなり夕食に誘われるとは。
「あの、あたしまだこの街に来てからあまり経ってなくて、周りに知り合いとかいないんですよ。ですから、こういう縁は大事にしようかなって」
あ、そうなんだ。
「えーと……そういうことなら、喜んで」
僕はぎこちない笑顔で答えた。
喜んで、というか願ってもないチャンスだぞ。
「良かった。じゃあ……どこ行きます……?」
僕たちはしばし悩んだ後、互いの金銭的な都合もあり、近くのファミリーレストラン『デイリーズ』に入った。僕個人としては隣の『すかいてんぷる』の方が好みなのだが、彼女が一直線にこっちに向かって歩いていくので、何も言うことが出来なかった。何か『すかいてんぷる』に嫌な思い出でも、あるのだろうか。
もっとも、あの制服に見とれる余裕など、今日の僕には無いのだろうが。
「あ、自己紹介がまだだったね。あたしは速瀬水月。あなたは?」
「あ、え……とがわ、です」
「とがわくん。か……まだ、学生?」
「ええ、まあ……今年、就職ですけど」
「そうなんだ。あたしは見ての通りのフリーター。今近くのスイミングスクールで、アルバイトしてるんだ」
「あ、そうなんですか」
「うん。泳ぐの大好きでさ」
気さくな会話。もしかして彼女は、こういう会話に飢えていたのだろうか。
しばし会話が続く中、料理が運ばれてくる。
「でも、本当にありがとうね」
「え?」
不意に話を飛ばされ、僕はどのことだかわからずに戸惑う。
「……指輪のこと」
「ああ」
あの、シルバーのリング。
「大切なものだから、さ」
速瀬さんは、そう言って微笑む。
けれどその笑顔は。
僕には。
ひどく、悲しげに見えた。
「指輪なら、身につけていた方が、無くさないんじゃないんですか?」
ふと思い、僕は速瀬さんに問いかけた。
速瀬さんは、僕の言葉にハッとした表情を見せる。
その顔で、僕は聞いてはいけないことを聞いてしまったことを悟る。
「あ、あははっ。指輪ってね。身につけていても、結構無くすんだよ。何かの拍子に外れたり、さ」
「あ、そうなんですか。はは」
彼女の笑いに、僕もつられて笑う。
「それに……あたしにはもう、この指輪を着ける資格は、ないんだ……」
言葉の重みとは裏腹に、彼女は微笑んでいた。
きっと、努めて明るく言ったつもりなのだろう。
さっきあったばかりの他人に、言い過ぎたかな、とか思いながら。
けれど。
彼女の瞳には、涙が浮かんでいた。
「あ、あれ……」
自分の視界が歪むのがわかったのか、速瀬さんは手で涙を拭う。
「あ、あは……おかしいな……」
「速瀬さん……これ……」
僕はポケットからハンカチを出した。
「あ……ゴメン……ゴメンね……」
彼女は僕のハンカチで、涙を拭う。
「ホントに、ゴメンね……」
彼女は泣きながら、僕に謝り続ける。
違うのに。
ホントに謝らなきゃいけないのは、僕の方なのに。
僕は、これ以上何もすることもできず、ただ、彼女が泣いているのを見ているしか無かった。
「今日は、本当にごめんなさい。こんな時間まで」
「いや、いいですよ」
時間は、すっかり遅くなっていた。
結局あれから30分、速瀬さんは泣き続けた。
「……思い出にしたくて、この街まで来たのに、な」
彼女のつぶやき。
僕は、聞こえないふりをした。
「じゃあ、これで帰りますから」
「あ、まって」
振り返ろうとする僕を、速瀬さんが呼び止めた。
「ね、また……会える、かな」
「え?」
「この街に来て、最初の友達、だからさ。また会いたいなって」
「あ……あ、はい! 喜んで!」
僕は大きく返事をした。そして彼女と携帯電話の番号を交換する。
「じゃあ、また、会いましょう」
「はい、また」
僕らは手を振って別れた。僕は彼女が見えなくなるまで、手を振り続けた。
「速瀬……水月……か」
僕は自分のPHSのメモリを確認する。
確かにそこには、彼女の番号が、メモリーされていた。
例えば、天使がいるのなら。
僕にとってそれは、彼女かもしれない。
「……なんてな。ははっ」
苦笑。
僕は彼女の顔を思い浮かべながら、家への道を歩きだした。
end
俺が望む後書き
ってことで、やっちまいました。
本編に登場するとがわ氏とは、二度しか会ったこと無いので、性格や口調など、日記を少し参考にしつつも、かなり適当に作りました。
まあ一応「ベガルタ」の一言を入れといたのでいいかなーとか(苦笑)
イメージとしては遙エンド後、となりますが、自分の書くSSとは全く関係がありませんのでご了承ください。
とりあえず……タダのイジメですから(爆)
2002.01.23 ちゃある