君が望む永遠 超番外編(とがわ Side)  恋はいつでも突然に   #1 「ね、とがわくん。今度の木曜、暇?」 「え?」  僕はラーメンの麺を口にくわえたまま、スケジュールを頭に浮かべた。 「うーん……」 「あ、いや、ラーメン食べながらで、いいから」  速瀬さんの言葉に、自分がかなり格好悪い状態であることを認識した。慌てて麺 を食べ尽くす。  木曜って……十四日、だよな……なら……。 「夕方なら……多分問題ないですね」 「うん、夕方からで、いいんだけど」  言いながら速瀬さんは、餃子を口にする。  あれ以来、僕と速瀬さんはよく会っている。とは言っても、こうやって夕飯を食 べたりする程度だが。  きっと彼女は、こっちに友達がいないのだろう。そのくせ、一人でいるのがあま り好きではないんじゃないか。  だから、僕みたいなヤツと、会ってくれるのだろう。  ……別に、自分を卑下する訳じゃないけど。 「うん、じゃあ午後六時に、いつものところで」 「はい。待ってますから」  いつものところってのは、二人で初めて入ったファミレスのことだ。よくわから ないが、女性ってのはそういうきっかけとかを大事にするらしい。  しかしながら、僕が慣れていないのもあるからだろうか、どうも主導権は、速瀬 さんに取られている。自分の方が年上であるにもかかわらず『速瀬さん』『とがわ くん』の関係だ。  元々お姉さん気質があるのだろう。僕も嫌ではないので、そのまま流している。 「……ん? どうかしたの?」 「いや……ちょっと考え事です」 「大学も大変だからねえ」 「あはは……」  僕はごまかし笑いをしながら、残ったスープを飲み干した。  帰り道。  僕は歩きながら考える。  速瀬さんは僕のこと、どう思っているんだろう……。  屈託のない笑顔。  肩まで届きそうな、綺麗な髪。  ……胸も……なかなか……。  ブンブンと、首を振る。  それは置いといて。  正直な話、僕は、速瀬さんのことが好きだ。  けれど速瀬さんの思いは、全くわからない。  今までしたこと。  映画を見たり、喫茶店でお茶したり。本屋で本を買ったり。  けれど、それ以上はない。  腕を組んだり、手をつないだりと言うこともない。  ただの、友達だ。  けれど、もう。  我慢できない、自分がいる。  だってもう、僕には時間がないから。  四月から僕は、東京で暮らすのだから。   #2 「とがわくん。こっちこっち」  待ち合わせ場所。いつものファミレスに着くと、速瀬さんが手を振った。 「あ、ども」  妙に恐縮する自分。何でだろう? 「ごめんね。時間、大丈夫?」 「ええもう、今日は何時まででも」  笑顔で答える。  一応、友人からの飲みの誘いを断ったのは内緒にしておこう。 「良かった。……まあ、あたしも大した用じゃ、無いんだけどね」  クスッと、笑う。  そんな、他愛のない仕草に。  僕は、心を奪われる。 「……どうする? 出る?」 「え、えと……速瀬さんの決めたとおりで、いいですよ」 「あ、そ。じゃあちょっと早いけど、夕飯食べちゃおうか」 「あ、はい」  僕たちは適当に夕飯を頼む。 「どう? 体調とか、崩してない?」  特に話題がないのか、速瀬さんが切り出してきた。 「ええ、元気なのが取り柄ですから……知り合いは結構、倒れてるみたいですけど ね」 「あはは、あたしも元気すぎて、風邪とは無縁なんだよねー。おかげで倒れたバイ トの穴埋めで、結構忙しいよ」 「ああ、それは大変ですね」 「もっとも、生徒の方も結構休んでたりして、そう言う意味では楽なんだけどね」  なんだかんだ言っても、速瀬さんは今のアルバイトが楽しいらしい。忙しいと言 いつつも、顔は微笑んでいる。  そうこうしている間に、料理が運ばれてくる。 「……結構食べますね」 「……とがわくんが少食なんじゃないの?」 「いや……それは違うと思います」  だって速瀬さんのとこ、サラダとオニオングラタンスープとペペロンチーノ、そ れに鶏の空揚げでしょ?  ……それは多いんだと思いますが。 「……水泳は、体力使うのよ」  照れた素振りの速瀬さん。  可愛い。  僕はリゾットを口にしながら、速瀬さんの動きをじっと見ていた。 「……ん? なにか食べたい?」  僕の視線に気づいたのか、速瀬さんが聞いてくる。  視線の理由までは、わからなかったようだ。 「あ、いや……そう言う訳じゃないです。ただ、いい食べっぷりだなあ、と」  途端に速瀬さんの顔が赤くなる。 「や、やだなあ……食べづらいじゃない」 「……ごめんなさい」 「もう……」  恥ずかしかったのか、速瀬さんはおとなしめに食べ始めた。  悪いことしちゃったなあ……。  僕は心の中で、もう一度謝った。   #3  それでも綺麗に食べ尽くすのは、さすが速瀬さんと言うべきか。  僕たちは食べ終わると、外に出た。  今夜は比較的暖かい。とはいえ二月だ、風こそ無いがそれなりに寒い。 「ねえ、とがわくん。今日って、なんの日だか知ってる?」  前を歩く速瀬さんが、いきなり振り向いた。 「え? えーと……」  そう言われて思い当たるのは一つしかない。 「バレンタイン……ですか?」 「うん、だからね。はい、これ」  そう言って速瀬さんが差し出したのは、包装紙にくるまれた小さな箱。 「えーと……ありがとう……ございます」  いきなりなことに戸惑う。 「んー、あんまり、嬉しそうじゃないね?」 「いえ、嬉しいです。凄い嬉しいです。でも……その……」 「どうしたの?」 「いえ、あの……チョコレート……あまり、好きでは……ないんで……」  申し訳ありません、と僕は頭を下げた。 「なあんだ。そんなこと」  速瀬さんは僕を見て、笑った。 「いいんだよ、そんな。だって、チョコレートなんて形式上のものでしょ? 別に もらったチョコを食べなきゃいけないなんてことないんだし」 「で、でも……やっぱもらったものは……」 「いいの。義理チョコならまだしも、あたしは……チョコがメインじゃ、ないんだ から」  え?  一瞬、僕は自分の耳を疑った。  僕が驚いた顔をしたことに気づいたのか、速瀬さんが照れたような表情をする。 「今……なんて言いました?」 「ん……チョコがメインじゃ、ないんだよって」  何で二度も言わせるの、と言わんばかりの表情。 「だ、だって……」 「あたしはね、とがわくんが好き」  速瀬さんの言葉は、戸惑う僕の言葉を遮断する。  同時に、僕の思考も。 「だから、このチョコレートは、その想いを込めたの。出来れば……つきあって欲 しいなって」  速瀬さんの言葉が、僕の脳を刺激する。  でも、僕はどうしていいのかわからない。  しばらくの沈黙。  長いように思えたけど、きっとそれは、ほんの数秒。 「やっぱ……ダメ……かな……」  速瀬さんのその言葉に、僕は反射的に、首を振った。  その動作で、頭が回り出す。 「そんなこと無いです。僕も、速瀬さんのことが、好きです」  精一杯の言葉。  言ってから、緊張が来た。  こんなに寒く、吐く息も白いのに。  汗が、止まらない。  テレビのクイズ番組に出たときより、緊張してるよ……。 「良かった……ダメかと……思った……」  つぶやくような、速瀬さんの言葉と同時に。  彼女の瞳から、光がこぼれた。  慌てて速瀬さんは涙を拭う。  その姿に。  僕は半ば無意識に、彼女を抱きしめていた。 「水月さん……僕でよければ、つきあってください」  抱きしめたまま、僕は。  彼女の耳元で、言った。  頷く彼女。  お互いの鼓動が、聞こえる。  ドクン、ドクンと。  それは、どちらの鼓動なのか。  混じり合う、二つの鼓動。  僕たちは、互いを暖めるように。  いつまでも、抱き合っていた。   #4  チリンチリン。  意図的か、鳴らされた自転車のベルで僕たちは我に返った。  慌てて互いの身体を離す。 「え、えと……どうしよう。あの……お、送っていきますよ」 「う、うん……」  止まっていた時が動き始める。  まず浮かぶのは、恥ずかしさ。  互いに、互いの顔が見られない。  それでも。  どちらとも無く、手をつなぐ。  さあ、今日から。  僕たちのドラマが、始まる。  end  俺が望む水月さん&とがわくん  と、言うわけでとがわさん編のパート2です。この手のネタは反応が薄いので次 を書こうか迷うのですが、自分が楽しいので書きます。  では、続編(書くのか? マジか?)で。  2002.02.12 二日前だよ ちゃある