君が望む永遠 超番外編(とがわ Side)  忘れさせてやる






「東京?」
 速瀬さん──違った、水月だった──は、素っ頓狂な声を上げた。
「ああ、言ってなかったっけ? 僕、四月から東京だって」
「聞いてないよー。何でもっと早く言ってくれないのー?」
「あー、それは悪かったと、思います」
 素直に謝る。折角仙台に落ち着き、僕という彼氏(あはは、自分で言っててこっぱずかしいや)が出来たというのに、肝心の彼氏は四月から東京だ。

 そりゃ素っ頓狂な声も上げるだろう。

「でね? 速瀬さん」
 口を開いた僕の目の前に、ケーキ用のフォークが突きつけられる。
「み・つ・き。もう、何回言ったらわかるのかな、あたしのことは『水月』でいいって言ったでしょ? そのかわりこっちも『サトシ』って呼ぶからって」
「わかりました。ゴメンナサイ。だからその、フォークを人に向けるのは、やめようね」
 水月は今、レアチーズケーキを食べ終わったところだ。だからといって人を制止するのにフォークを顔に突きつけるのはやめて欲しい。

 マジに刺されそうだから。


「でね。えー……水月」
 ウンウンと頷く水月。そう言う顔をされると僕も困る。

 可愛すぎて。

「良かったら、一緒に、東京、行かないか?」
「え?」
 僕は、思い切って言った。もうプロポーズをするくらいの意気込み。
「あ、いや、さすがに、二人で住んだりするわけには行かないと思うんだけど、えーと、僕も、その、東京と言っても寮は少し外れたとこなんで、その、いや、家賃も馬鹿にならないんだけど、えー」
「まあまあ、落ち着いて落ち着いて」
 水月になだめられ、僕は言葉を止める。
 とりあえず一気にコップの水を飲み干す。

 だめなんだ。

 僕はあがり症だから。


 大事なときに大事なことが言えなかったり、言葉が足りなかったりする。


「気持ちは、嬉しいよ。でも……あたしは、行けない」
 水月は、申し訳なさそうな顔で僕を見た。

 水月が関東圏の人間であることは、少しのつき合いの中でわかっていた。
 でも、彼女が仙台に来た理由を、僕は知らない。

 『行かない』ではなく『行けない』

 その言葉には、水月のどんな思いが込められているのか。

「……せめて、理由を聞かせてくれない、かな」
 僕は彼女の困った顔を見たくなかった。何か理由があって困っているなら、僕はそれを取り除いてあげたい。
 もちろん、出来る範囲で、となってしまうけど。

「ごめんね……サトシ……」
 悲しげな瞳。
「今戻ったら、あたしは、サトシとつき合えなくなっちゃう」
「どうして?」
 僕の問いに、水月はしばし沈黙。

「……あの人を……思い出しちゃうから」


 あの人?


「……あの人って、……誰?」
 僕が問いかけた瞬間、水月はハッとした表情で、勢い良く立ち上がった。
「ゴメン、やっぱりあたし、サトシとつき合えない……」
 テーブルに落ちる、涙。

 滴が、増えていく。

「さ、さよならっ」
 不意に水月が荷物を持って飛び出した。
「ちょ、ちょっと速瀬さん!」
 僕も慌てて立ち上がり、彼女を追った。



 テーブルに適当に金を置き(多分足りてると思う。多分)、僕は水月を追いかけた。けれど通りに出たときには、既に水月の姿は無かった。
 僕は人混みを縫って走る。ただあの、彼女の後ろ姿を探して。
 通りを抜けても、彼女の姿は見つけだせなかった。
「くそっ」
 僕はPHSを取り出し、水月の携帯を鳴らす。
 けれどやはり、彼女は出なかった。
 僕はコールしたまま、再び走り出す。彼女の着メロは知っている。きっと、電話に出なくても着メロは鳴っているはずだ。
「勝手に飛び出すなんて、ずるい」
 それに。

 元々付き合ってくれって言ったのは水月じゃないか。

 それを『つき合えない』なんて。


 あまりに、勝手すぎる。



「ここに……いたんだ」
 公園のベンチに、水月は座っていた。地面を見たまま。
 鞄から着メロが、微かに聞こえる。
 僕はPHSを切ると、水月の隣に座った。
「ねえ……水月。お願いだから、せめて理由を、教えてくれないかな」
 正面を向いたまま、僕は言った。
「例えばさ、君に好きな人がいて、その人を忘れたいために仙台に来たのなら、僕は東京に来てくれなんて言わない。……そりゃ、寂しいけどね。でも僕は、水月のことが好きなんだ。その想いは止められない。例え水月に好きな人がいても、今でもその人のことが忘れられなくても、僕は水月を好きでいつづけるよ。……その……水月が、その人のことを忘れられるまで」
 不思議とすらりと言葉が出た。自分でも驚くくらい。


「ゴメンね……サトシ……」


 しばらく沈黙の時間が続いた後、不意に水月が口を開いた。
「サトシの言うとおりなんだ……あたし、失恋してさ。その人が忘れられないから、この街に来たんだ。ね、あたし、ずるいんだよ。孝之のことを忘れたいから、サトシと付き合おうって思ったんだよ。ダメだよね。こんなあたし、軽蔑するよね……」
「そんなこと無い」
 反射的に僕は返した。
「僕だってきっと、水月と同じ立場だったらそうなるよ。人は、そんなに強くはないんだ。だから、誰かを頼るんだよ」
 誰から聞いたんだろう、こんな言葉。
 僕の口から、出るはずのない言葉。


 けれど、言わずにはいられなかった。

 それは間違いなく。


 僕の言葉だから。


「だからさ、水月はもっと、僕を頼っていいんだよ」
 僕の言葉に、水月は顔を上げる。
「その、好きな人は、すぐに忘れなくてもいい。……そりゃ少しは嫉妬するとは思うけど、さ」
「……本当に……いいの?」
 水月が問いかける。僕は答えを探して、ほんの少しだけ、考えた。
「ね、……一度しか言わないから、ちゃんと聞いてね」
「うん」
「……きっとそいつのことは、俺が忘れさせてやるから」
 真剣な眼差しで、僕は水月を見た。
「……ぷっ」
 急に吹き出す彼女。
「な、な、え?」

 どうしてそこで笑うの?

「サトシ、それ、似合わないよ」
 あははは、と彼女は笑う。
「ひどいな、これでもかなり真剣に言ったんだぞ」
「あははは、ゴメンゴメン」
 ふてくされた僕の顔を見て、水月は更に笑う。

 その顔が余りにも可愛かったので、もうどうでも良くなった。

 僕も笑う。

「……ね、サトシ」
 ひとしきり笑った後、水月が僕を見た。
「ゴメンね……でも、これからも、よろしく。……さっきの言葉、信じてるから」
「うん、こっちこそよろしく……って、そこで思い出し笑いするなよ」
「あははっ」

 しばらくは、笑われそうだ。

 ……でも、彼女の笑顔が見られるのなら。



 まあ、それでもいいと思う。


 そんなことを思い、僕は空を見上げた。


 これから何があるのかわからないけど。


 とりあえず。



「……ああそうそう、思い出したよ」
「え? なに?」
 僕は鞄から箱を取り出す。
「ほら、ホワイトデーのプレゼント」
「あ、ありがとー」
「普通のキャンディーだけどね」
「ううん、サトシからもらえるんだもん。嬉しいよ」
「そう言ってくれると、こっちも嬉しいな」
「うん」
 何事もなかったような会話。

 一緒にいられる時間はあと僅かだけど。

「ね、サトシ」
「ん?」
 いきなり、頬にキス。

 不意打ちで、僕の顔が赤くなる。

「本当に、ありがとっ」
 そう言って、水月は立ち上がる。
「ね、なんかお腹空いちゃった。どっか食べ行こうよ」
「……そうだね。そうしようか」
 僕も立ち上がる。

 二人、手をつなぐ。

 この温もりを僕は、手放さないぞ。



 そんなことを、僕は思うのだった。



 end










  君が望む水月&とがわ

 と、いうわけでやっつけ超番外編しりーずです。先走りでホワイトデーネタ。ってゆーか、慌ててホワイトデー付け足しです(笑)
 本編の通り、水月はまだ孝之のことが忘れられない、という設定になってます(SHOさんとこもそんな感じだし、まあいいでしょ)。マジで忘れさせられるかは、とがわ君にかかてるよ、と(笑)
 あと1編、仙台編は書けるかな、と思ってます。来月中に書いて、4月からは東京編だね。頑張りましょう。

#「コイツ誰? とがわさんの皮をかぶったニセモノ?」と思ったあなた。それは正しい(笑)

 では、続きで。
 2002.02.28 ちゃある。

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