アバウトでいこう! Ver2.0






「ねえ、星を見に行こうよ」
 彼女は、いつものように突然そう言った。


 いつものように。


 僕達はいつもそうだった。計画なんてものは、ほとんど立てた事がない。
 立てたとしても、途中で大幅に計画を変更してしまうのだ。

 まるで、始めからそんなものは無かったかのように。

 いつも僕達はアバウトだった。『先の事なんてわからないんだから、考えても仕方がないよ』っていうのが、彼女の口癖だった。


「なんでまた。お前、今日が何の日だか知ってるのか?」
「大晦日でしょ? そんな事知ってるわよ」
「普通そういうときって『初日の出を見に行こう』とか『初詣に行こう』とか言わないかね?」
「別にいいじゃない。それともキミは、初日の出を見に行きたいのかい?」
「……いや、別に……」

こうして、僕達は星を見に行く事に決まったのだった。


 僕達は、彼女の車で新潟に行く事になった。なぜ新潟かって? そりゃあ、天気予報を見たら晴れだったし、もし気が向いたらスキーもしたいから。

 だ、そうだ。

 まったく、毎度のことながら彼女の行動には驚かされる。まあ、それにつき合っている僕も、相当なものだと思うけど。
 彼女の車は、かわいい軽自動車だった。白いボディーに黄色いナンバープレートが光っている。
「最近買ったの。いいでしょ」
「『買ってもらった』の間違いだろ」
「まあ……そうだけどね」
 そう言って彼女は舌を出す。

 やっぱりかわいい。

 僕達は恋人ではない。ただの友達である。別に二人とも、他に恋人がいるわけではない。だったらつき合えばいいじゃないかと思うだろうけど、そうしないのには理由がある。
 一年くらい前、僕は思い切って告白した。すごく緊張していて、自分でも何を言っているのかわからないほどだったけど、彼女にはなんとか伝わったようだった。その時、彼女は困ったような顔をした後、真っ直ぐ僕を見て、こう言ったんだ。
「あたしも……キミの事は好きだよ。でも『恋人』ってさ、楽しいけれど、結構疲れる事だから、今までと同じように『友達』でいようよ」

 よくわからない答え。
 体よく振られているのだろうか。

 困った顔をした僕に、彼女は言葉を続けた。
「あたしね……こう思うんだ。『友達』も『恋人』も、あまりかわらないんじゃないかなって。『恋人』の定義なんて、あたしにはわからないし。ただ、あたしには『恋人』っていう言葉は、重すぎると思うんだ」
 彼女は笑顔のままそう言った。
 その時はショックだったけど、その後すぐに、彼女は僕の事を嫌いじゃないってことがわかったから、結果としては悪くなかった。
 僕が落ち込んだ顔をしてうつむいたとき、彼女は僕の耳元でこう言ったんだ。
「それに『愛情』よりも『友情』のほうが強いって言うでしょ?」
 僕が顔をあげると、彼女は僕にウインクしてみせた。


 それから今まで、僕達は仲のいい『友達』を続けている。


「さて、荷物は積んだね」
「うん」
 荷物と言ってもそんなに大したものは積んでいない。ちょっと防寒着がかさばるくらいだ。
「ねえ、コンビニで何か買ってくよ。いい?」
「ああ」
 僕達は近くのコンビニに寄って食料を調達することにした。


 僕達は買い物カゴに、食べたいものや飲みたいものを放り込んでいった。
 何故か出かける前にこういう所に来ると、実際食べる量よりも多く買ってしまう。多めに買う事で、自己満足してしまうのだろうか。
「うーん、どれも捨てがたいなー」
「じゃ、みんな買っていけば?」
「うん、そうするつもり」
「……あ、そう」


 すでに後部座席は荷物でいっぱいだった。やはり軽は小さい。
「じゃあ、いっきまーす」
 彼女は楽しそうにハンドルを握る。
 ちなみに、彼女は一ヶ月前に免許を取ったばかりである(そう言う僕も半年前だけど)。
「大丈夫なんだろうな」
「だいじょぶだいじょぶ、この車オートマだから」
「そういう問題じゃないと思うんだけど……」
「チェーンも積んだし」
「着けられるの?」
「……あんたに任せるわ」
「そんなこったろうと思ったけどね」
「でも、運転は任せてね」
「ああ神様、私は明日まで命があるでしょうか……」
「もう、万が一何かあったときは、あたしも一緒に死んであげるから」
「ああ神様、なぜ私はよりによってこんなのと一緒に死ななければならないのでしょうか……」
「うるさいなー」
 彼女はそう言いながらも顔は笑っている。
 いつもの妙ちくりんな会話だ。
「自慢じゃないけど、あたしは適性は五だったし、本免は九十九点だったんだよ」
「へえ、すごいね。で、実地の方は?」
「……二時間オーバーした」
「ああ、神様……」
 僕は手を胸の前で合わせて空を見上げる。
「じゃあ、あんたが運転すればいいでしょ」
「いや、めんどくさいからいい」
「だったら文句を言わない」
 言うと同時に彼女はアクセルを踏む。エンジンが結構軽快な音を立てる。
「あらら……ここは四十キロ制限だよ」
「そんなこと言って。キミも守らないだろ」
「まあ、そりゃそうだけど……」
 僕達はこんな会話を続けながら、一路新潟へと向かった。


 冬休みだと言うのに高速道路は思ったより空いていた。やはり大晦日の夜は、こたつでテレビを見るものなのだろうか。
「ねえ、お願いがあるんだけど……」
 突然、彼女が僕に向かって言った。
「なんだよ」
「私が運転している間、絶対に眠らないでね。じゃないと、私も眠っちゃうから」
「おいおい……」
「わかった?」
「わかったよ。僕もまだ死にたくないからな」
 僕は微笑みながら彼女を見た。
 彼女は結構真剣に運転をしているようだ。これなら大丈夫だろう。
「ねえ、テープ聴いていいかな。眠らないように」
 僕は彼女に尋ねる。こういう時は運転者に気を使わないと、運転に支障がでるかも知れない。
「うん。何でも聴いて」
「そう? じゃあタイムボカンシリーズ全曲集なんてのは?」
「それは無しってことで」
 彼女が苦笑する。
「まあ、運転ミスったら困るしね……B’zは?」
「それならいいわ」
 彼女の許しをもらった僕は、後部座席のカバンからカセットテープを(やっとのことで)取りだし、カーステレオに入れる。
 B’z特有のサウンドが車の中に響く。
 僕はその心地よい歌を聴きながら、リラックスした格好に座り直す。
「ねえ、悪いんだけどジュース取ってくれる?」
 座りなおした途端にこれである。
「お前、狙って言ってねーか?」
「何が?」
 平然としたそぶりで返してくるが、こいつの場合それが嘘の場合もあるから大変である。
「いや、何でもない」
 こんな事でムキになるのも大人げないので、僕は素直に後部座席に手を伸ばす。
「何がいい?」
「コーラがいいな」
「ん」
 後ろのビニール袋から、コーラとコーヒーを取り出す。コーヒーは自分の分だ。
「あ、ついでに開けてくれる?」
「はいはい」
 運転者には逆らえない。僕はコーラのプルトップを引いた。
「うわっ」
 ぷしゅっ、という音がして、コーラが僕に襲いかかってきた。どうやら車の揺れやら何やらで振れてしまったらしい。
「きゃははははっ」
 彼女がけたけたと笑っている。
「……あいよ」
 僕はコーラでびしょ濡れの服に顔をしかめながらも、缶を彼女に手渡した。
「サンクス」
 受け取った彼女は一気に飲み始める。
 ごくっごくっごくっ。
「どーも」
 彼女はあっと言う間に飲み干してしまった。
「お前って……元気な」
「だって、あんまり残ってなかったよ。それよりも、着替えるなりなんなりしたほうがいいと思うけど」
 彼女が優しい声で言ってくれる。
「……どーも」
 しかしこの狭い車内で着替える訳にもいかず、僕は軽く拭いただけでそれ以上の抵抗は諦めた。

 手がベトベトしている。

「悪いけど……次のパーキングエリアで止まってくれる?」
 僕はため息をついて言った。


 嵐山パーキングエリアと言うところで僕達は小休止を取った。僕は急いで服を着替え(と言っても一枚脱いだだけだ。良かった、三枚着てきて)、手を洗いにいった。彼女も用があるようで、てけてけと歩いていった。
「うーん」
 僕は思いきり背中を伸ばす。窮屈な車内にいると体操をしたくなるのだ。
「ふう」
 僕は一息ついて車によりかかる。白い息がちょっときれいだと思う。
「おまたせ」
 彼女は焼きいかを買ってきていた。まったく、なんのために買いだめをしたのだろうか。
「お前なー」
「なにさ?」
「太るぞ」
「ぎくっ」
 彼女はわざとらしくびっくりする。彼女は小柄でスマートな身体をしている割に、結構食べる。いったいエネルギーはどこに行っているのであろうか。
「早く食えよ。それじゃあ運転できないんだから」
「そういう時は『代わってあげるよ』とか言えばいいのに」
「ばーか」
 僕はそう言って車に乗り込む。
「あてっ」
 僕は不注意で頭をぶつけてしまった。途端にけたけたという笑い声が聞こえる。
「お前ね、もう少しかわいい笑い方出来ないのかよ」
「うん、無理。仕方ないよね、笑わせる方が悪いんだもん」
 食べ終わって車に乗り込んだ彼女が言う。

 けっこうな皮肉だ。

 隣では思い出し笑いをしていたりする。

「とっとと行こうぜ」
「はーい」
 こっちの機嫌が悪いのがわかったのか、彼女はさっさと車をスタートさせた。


「やっと群馬だ」
 そうは言うものの、まだ高速に乗ってから一時間くらいしか経っていない。早いものである。
「ねえ、窓開けていい?」
 突然、彼女は僕に尋ねてきた。
「なんでさ、外は寒いぜ?」
「だからいいんじゃない」
 そう言うなり、彼女は窓を開けた。
「きゃーっ」
 彼女は喜びの悲鳴をあげる。そんなに楽しいのだろうか。
 僕は寒さに身体を丸めつつも、彼女を見た。
 ショートカットの彼女の髪が、十二月の風になびいている。


 一瞬。

 完全に彼女に目を奪われた。


「おい、もういいだろ!」
 僕は我に返ると、彼女に向かって叫んだ。一〇〇キロオーバーで走っているところに窓が全開である。声を届かせるのも一苦労だ。
「なにーっ」
「もういいだろって言ってんの!」
「ん、わかったーっ」
 やっと彼女は窓を閉めた。中の空気はすっかり冷えきっている。
 ヒーターが低くうなっている。またしばらくすれば、暖かくなるだろう。
「ふう」
 僕は一つため息をつく。
「ねえ、見て見て!」
 突然彼女が僕の腕を叩いた。
「ほら、きれい」
 窓の外から、いくつもの光が見えた。
「素敵な夜景ね」
 この辺りは、どこなんだろう? 前橋辺りだろうか。
 とにかく、山裾の方にまで広がっていくような明かりが、とても美しかった。
「一万ドルの夜景ってか?」
「そんなとこでしょうね」
 僕達はそんな感じで夜の高速を走り抜けていった。


「そろそろ、関越トンネルね」
 彼女はなんだか楽しそうだ。
「なにうきうきしてんだよ」
「だって、楽しみなんだもん」
「あっそ」


 そして僕達は関越トンネルに入った。


「……ねえ、あと何キロくらい?」
「えーと、あと四キロ、かな」
「はあ……」
「なんだよ、入る前はあんなに楽しそうだったのに」
「だってさ……」
「『こんなに長いとは、思わなかったんだもん』ですか?」
「そー」
「ま、そんなもんだろうな」
 実際関越トンネルは飽きる。景色というものがどんなに素晴らしいものかをわからせてくれる。まあ、楽しめると言えば群馬と新潟の県境を越える所くらいだ。


 で、僕達は関越トンネルを抜けた。
「うわあ、雪だ」
 彼女の言葉通り、一面が雪で覆われていた。『雪国』と言うのもうなずける。
 彼女ははしゃぎまくっていた。僕としてはハンドルさえしっかり持っていてくれればいいのだが。
「しかし、晴れていてよかったね。これが雪だったら、チェーンを巻かなきゃならないし、大変だもんな」
 僕はまだ喜んでいる彼女に向かって言った。
「そうだねー。それよりさ、次のパーキングで休もうよ。雪に触ってみたいし」
 彼女は既にここに来た意味を忘れているようだった。空には数え切れないほどの星が瞬いているというのに。


 そういうわけで僕達は塩沢石打サービスエリアで休憩を取った。正確には、休憩というよりも「雪を触りたい」という彼女の意見に従っただけなのだが。
「わーっ、つめたーい」
 彼女がはしゃいでいる。
「ま、いっか」
 僕は車に寄りかかりながら空を見上げた。元々は、星を見に来たのだ。
 空には、地元では普段見られないような小さな星まで輝いていた。僕にはオリオン座ぐらいしかわからないけど、それにしたっていつも見るより明るく輝いていた。

 まるで、吸い込まれてしまいそうな感覚。

「ひあっ」
 突然、僕は突拍子もない声をあげた。彼女が、背中に雪を入れたのだ。
「お前って奴は……」
 彼女を睨みながら、僕は背中に手を入れて雪を取ろうとする。しかし、そうすればするほど雪は奥の方へ行ってしまい、更に冷たさを味わってしまう。
「きゃはははっ」
 彼女が笑っている。あの笑顔を見てしまうと、怒る気力も無くなってしまう。
「まったく、仕方のない奴だ」
 雪を取るのは諦め、僕は背中に冷たさを感じながらも彼女に言った。
「暖かいものが飲みたいね。コーヒーでも買いに行こう」
 僕は何気なくそう言った。少しかまえていた彼女も、にこやかにうなずく。
「何が飲みたい? おごってやるよ」
 並んで歩きながら、彼女に尋ねる。
「ほんと? じゃあね、んーっと、ミルクティーがいいな」
「ん、わかった」
 僕はポケットから小銭を取り出す。
「はい、どうぞ」
「ありがとー」
 彼女は受け取ったミルクティーを両手で受け取ると、頬の辺りに持っていった。
「あったかーい」
「そりゃあ、ね」
 ミルクティーをカイロ代わりに使う彼女の横で、僕はさっさとコーヒーを飲み始める。
 ごくっ、ごくっ。
 うーん、体が暖まるなー。
「さーって、と」
 僕は大きく伸びをしてからコーヒーの空き缶を捨てに行った。
 ついでに雪を一掴み、彼女に見えないように取る。
 で、そーっと彼女に近づいた。
「なにやってんの?」
 彼女が首を傾げる。
「こういうこと!」
 僕は彼女の首筋におもいっきり雪を詰め込んだ。
「きゃーっ」
 彼女が悲鳴をあげながら雪を取ろうと悪戦苦闘している。
「ふっふっふ、思い知ったか!」
「やだー」 
 なかなか取れないらしい。ちょっと多く入れすぎたかな?
「下から出したほーが早いんじゃないの?」
「えーん」
 わめきながらも懸命に雪を落としている。
「まったく……」
 ようやく雪を全部出したらしい彼女が、ミルクティーを飲み始める。
「いいかげん寒いね。車に戻ろう」
 何事もなかったかのように言う僕。彼女は恨めしそうに僕を睨んでいる。
「そんな顔するなよ。せっかく可愛い顔してるんだからさ」
 僕はそう言いながらさっさと車に乗り込んだ。エンジンはかけっぱなしだったので、車内は暖かい。
「まったく、油断も隙もあったもんじゃないんだから」
 彼女は車に入るなりそう言った。
「おいおい、先に仕掛けたのはお前の方じゃないか」
「あたしはいいの」
「…………」

 なんちゅう性格だ。

 ま、わかっていたけどさ……。

「さて、どこに行こうか」
 しばしの沈黙の後(冷えた体を暖めていただけだけど)僕は彼女に尋ねた。
「そうね、本当はスキーがしたいのだけど……」
 彼女が独り言をつぶやきながら考える。
 不意に彼女がぽんっ、と手を叩いた。
「そう言えば言い忘れていたけど……」
 彼女はそう言いながら僕の方に向き直る。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「あ、いや、こちらこそ……」
 突然言われたために焦ってしまう僕。それを見て彼女が笑う。
「なんだよ、突然そんな事言うのが悪いんだろ」
「だあって、面白いんだもん」
「で、これからどうするの?」
 彼女はまだ笑っているので、僕は無理矢理話を戻す。
「ええと……どうしよっか?」
 笑いをこらえながら彼女が尋ねる。
「そうだね……スキーをするんなら、板とかウェアーとか借りなくちゃならないな……僕は両方持っている人だから、借りるのは嫌だな。それに、いくらここが空いていても、スキー場は結構混んでいると思うよ」
「うーん……」
 ようやく笑いがおさまった彼女。
「僕としては、今回は星を見て帰るのがいいと思いますよ。スキーなんて、いつでも来られると思うし」
「……そうね。そうしましょう」
「で、どうする? 帰りは僕が運転してもいいよ」
「そう? じゃあ、お願いしようかな」
 そういうわけで、僕達は席を代わる。
「やっぱ軽は小さいな」
 シートを調節しながらつぶやく。
「ま、出来なくはないか」
「えっ、ちょっと待ってよ」
 僕のつぶやきが聞こえたのか、慌てた表情で彼女が言う。
「大丈夫だよ、軽が初めてなだけだから」
 普段ワンボックスに乗っている僕だから、小さな車はちょっと戸惑ってしまう。
 僕は笑顔で彼女に答えると、アクセルを踏み込んだ。

 帰りの高速も思ったよりは空いていた。僕はようやく慣れた軽を走らせながら、ときおり星空を見ていた。
 ほんのちょっと前まで、星を見て「きれいー」を連発していた彼女は、すでに眠りについている。
 僕には「寝ちゃだめ」って言っていたのに。

 まったく、わがままなヤツだ。

 そんなのはわかりきった事だけど。


 僕達は群馬を過ぎ、ようやく埼玉県に帰ってきた。そうは言ってもまだ先は結構ある。
 車を走らせながら、僕はずっと同じ事を考えていた。
(彼女は、本当は僕の事をどう思っているんだろう?)
 いくら考えても答なんか出るわけがないのに、考えずにはいられなかった。
僕はこんなにも好きなのに、彼女の気持ちがわからない。
 結局舞い上がっていたのは僕だけで、彼女の方は僕の事を、本当にただの友達だと思っているのかもしれない。
 考えれば考えるほど、不安が募っていく。
 僕は強引に今の考えを隅に追いやった。こんな事考えたって仕方がないんだと、自分に言い聞かせる。
 隣では僕の悩みをよそに、彼女がすやすやと寝息をたてている。
「あーあ、安心しきってるよ」
 僕は肩をすくめた。彼女は僕を本当に信頼してくれているらしい。
「嬉しいんだけどね……」
(ちょっと、つまらないよな……)
 そんな考えに苦笑しながら、僕はハンドルを握りなおした。


 僕達は高速を降り、一般道に出た。時計は四時半を示している。
「さすがに眠くなったな……」
 僕は大きなあくびをしながらつぶやいた。この眠気を何とかしないと、事故ってしまうかもしれない。
 僕は眠い目をこすりながら運転を続け、道沿いのファミリーレストランに入った。
「おい、着いたぞ」
 幸せそうに眠っている彼女を揺さぶり起こす。
「んん……どこ?」
「ファミリーレストラン」
「なんでこんな所来るのよ〜」
「このままだと事故っちゃうから」
 眠そうに目をこする彼女を後目に、僕は車を降りた。

「ええと……コーヒーとカニピラフ」
「私はレモンティーとエビドリア」
「かしこまりました」
 ウェイターは注文を繰り返すと、メニューを持って去っていく。
「結構お腹ってすくものね」
彼女は水を一口飲んで言った。
「そりゃあ、眠っていても体力は使うからね」
「それって、皮肉?」
「さあ?」
 僕は笑顔で答える。彼女と話していると、眠気も覚めてしまいそうだ。
 水の入ったコップをカラン、と鳴らしながら、僕は彼女を見た。
「なに? なんかついてる?」
「いや、ついさっきまでよだれをたらして寝てたのになーとか思って」
「え? そんなことしてないよー」
「よくおわかりで」
「まったく……」
 そんなたあいもない会話をしていると、注文した料理が運ばれてくる。
「さて、これからどうしようか」
 ピラフを口に運びつつ僕は尋ねる。
「そうね……」
 彼女は少し首を傾げて考える。
「……私は、どうでもいいな」
「じゃあ……僕ん家でも来るかい?」
 僕は緊張しつつも、何気ない振りをして尋ねた。
「え? だって、家族がいるでしょ?」
「……いや、毎年元旦は爺ちゃんの家に行ってるから、家には誰もいないんだ」
「だから、車が使えないって言ってたのね」
「そういうこと。で、どうする? ああ、別に嫌ならいいんだ……」
 そうだね。そんな、狼の住処にわざわざ入ってくる子なんて、いるわけがないよ。
「じゃあ、お邪魔しちゃおうかな」
「えっ?」
「いいよ、君ん家で」
「あっ……あ、そう」
 僕は少し戸惑いつつもうなずいた。
(もしかしたら、彼女は僕を信頼してるんじゃなくて、たんに警戒心がないだけかもしれない)
 僕はそう思いながら、ピラフの残りを口にした。


 家に着いたのは、六時過ぎだった。まだ街は静まりかえっている。
「こんなに早く起きている奴なんて、いないよな」
「そうね。私達くらいじゃない」
 彼女が苦笑する。
 とりあえず家の車庫に車を入れ、合い鍵で家に入る。
「ただいま」
 誰もいなくてもつい言ってしまう。悲しい癖だ。
「おじゃましまーす」
「どうぞ、散らかってるけど」
 言うまでもなく家は散らかっていた。我が家は年末に大掃除をしない。大掃除は年度末の行事なのだ。
 僕はとりあえずテレビとコタツのスイッチを入れ、ストーブに火をいれる。とにかく部屋を暖めない事には始まらない。
「ええと……なんか飲む?」
「ううん。とりあえずいいわ」
 でも、とりあえず沸騰ジャーポットに水を入れておく。これでスイッチを入れておけばあとで便利だ。
「結構まめね」
「まあな」
「普段とは大違いだわ」
「まあな」
 二度目は苦笑して答える。
 正月という事で、どこのテレビ局も朝早くから正月用の特番を流していた。どこも同じようで、あまり面白くない。
 夕べの疲れからか、それとも緊張しているからだろうか、二人ともしばらくぼーっとテレビを見ていた。
 長い沈黙。テレビだけが騒がしい。
 たまに、横目で彼女を見る。彼女は何の表情も見せずに、ぼーっとしたままだ。

 ふと、彼女と目があった。

 しばらく見つめあった後、同時に笑いだした。
「いったい、何やってんだろうね」
「そりゃ、テレビを見てるんじゃないか?」
 僕達は笑いながら、そんな事を言い合う。

 でも、なんかぎこちない笑い。

 眠いからだろうか。

 いや、そうじゃない。

 まるで、お互いに相手の様子を伺っているようだった。
「あ……あのさ、喉、渇かない?」
「んー、なんかあったほうがいいな」
「じゃあ、お茶でも煎れるよ」
「あ、私がやるわ」
「そう? じゃあ、お茶菓子でも探してくるよ」
「車にあるんじゃない?」
「そっか。じゃあ、車から持ってくるよ。あ、そこの棚に湯呑みとか急須とかあるから」
「うん」
 お互いに動き始める。僕は車のキーを持って車庫へ行った。


 車から荷物を降ろしながら、僕は考えごとをしていた。もちろん、彼女の事だ。
(やはり、思い切って彼女に尋ねるべきだろうか……)
 そんな事を考えて、僕は首を振る。
 そんな事を聞いたら、僕達は今の関係を保てなくのはわかりきっている。
「はあ……」
 僕はため息をついた。
 それでも、僕は知りたかった。
 彼女の本当の気持ちを。
 このままでいても、進展はないんだ。
 だから……。

 僕は大きく深呼吸をすると、お菓子の袋を持って車を離れた。


「随分かかったのね」
 彼女はすでにお茶の用意をしていた。
「ああ、なにしろ荷物が一杯だから」
「そうね」
 そう言いながら、彼女は手際よくお茶を煎れる。
「はい」
 トン、と僕の前に湯呑みを置く。
「どうも」
 僕はずずっとお茶をすする。
「ふーっ」
 あ、心臓がバコバコいってる。
 深呼吸深呼吸。
「どうかしたの?」
 僕を心配そうにのぞき込む彼女。
「な、なんでもないよ」
「そう……」
「なんでもないって!」
「わかったわよ」
 呆れたように言う彼女。

 本当は、なんでもないわけじゃ無いけど。

「やっぱさ、可愛い娘が煎れたお茶は美味しいよね」
「ありがと」
「そっけなく言うなって。本当にそう思ってるんだから」
「はいはい」
 あくまでもそっけない彼女。
 僕達は再び沈黙した。

 テレビがうるさい中、時間だけがゆっくりと過ぎていく。
 早く言わないと……な。

「あ、あの……さ……」
 僕は激しく緊張しながら彼女に話しかける。
「なあに?」
「お前……僕の事どう思ってる?」
「え?」
 彼女は驚いた表情のまま一瞬、硬直した。
 同時に、時が止まった。
 うるさいはずのテレビの音が、まるで聞こえなかった。
 自分の心臓の鼓動だけが、はっきりと感じとれた。
「な……なんでそんな……突然だなあ」
 彼女はごまかし笑いをしながら湯呑みに手を伸ばす。
「僕は真面目だから、そっちも真面目に答えてくれ」
 僕はしっかりと彼女を見据えた。
「だ、だって……君は、あたしの大事な友達で……」
「僕は……そうは思ってない」 
 戸惑いながら答える彼女の言葉を遮って僕は言った。
「僕は君のことが好きなんだ、出会ったときからずっと。だから、僕もちゃんとした、真剣な答が聞きたいんだ」
 僕はこれ以上ないってくらい真剣な表情で言った。
「あたしも……君のことは大好きだよ。でも……」
「でも?」
 なんだか彼女は、今にも泣き出しそうだった。彼女はこんなに弱い人だっただろうか……。
「……ねえ、あたし達ずっと友達でいよう? それが一番良いと思う。あたしにも、あなたにも……」
 彼女は訴えるような表情で言った。
「僕は……さ、別に今と同じようなつきあいで良いと思うんだよ。こんな風にいきなり遊びに行ったりしてさ……でも僕は、他の友達と一緒じゃ嫌なんだ。ずっと、僕の側にいて欲しいんだよ……わがままなのはわかっているけど、誰にも渡したくないんだ、君の事を」
 ずっと心の底に押さえつけていた言葉が、溢れだしていた。
 言葉で想いの全てを表せるはずはないのだけれど、言わずにはいられなかった。
「あたし……ね……」
 不意に、彼女がゆっくりと話し始めた。
「昔、すごく好きな人がいたの……。その人はサッカー部のキャプテンで、結構もてたんだけど、私は、ずっとその人の側にいたくて、ある時思い切って告白したの。そしたら、その人は優しく『いいよ』って言ってくれて、私たちはつきあい始めたの」
 彼女はうつむいたまま、言葉を続ける。
「毎日が楽しかったわ。幸せっていうのは、こういうものなんだなって思った。でも、ある日突然あの人が『別れよう』って言ったの……」
言葉が途切れた。しかし彼女は再び、話し始める。
「その人は言ったわ『お前とは本気じゃなかったんだ』って……そのとき私はやっと気がついたの。いつのまにか、私の事を『お前』って呼ぶようになってた。会うときも、自分の都合だけ考えてた。それは、わがままとかそういうのじゃなくて、ただ『本気じゃなかったから』だったのよ……」
 彼女は不意に顔をあげ、僕を見つめた。
「それでも、私はその人が好きだったの。私は、その人を困らせたくなかったから、笑顔で別れたわ……そのあと、家で大泣きしたけどね。それから……私は恋なんてするのはやめようって思ったの。恋なんて、つらいだけだから。恋なんて、悲しいだけだから。だから……」
「でも、楽しかったんだろう?」
 彼女の言葉を遮って僕は言った。
「一度傷ついたからって、逃げるのはよくないと思う。それじゃあ、絶対に幸せになんてなれないよ」
 僕は彼女の瞳をじっと見据えた。瞳をそらさせないような勢いで。
「恋をしていたときは、幸せだっただろう? 恋は、つらい事や悲しい事ばかりじゃないんだ。それでも恋が君にとって重いのなら、僕が君の分まで持つよ。大丈夫、長いこと友達やってきたんだ、お互いの短所も長所もわかるからさ。もう一度、恋してみようよ」
 僕は優しく言った。これ以上、言葉で表す術は、僕にはなかった。あとは、彼女の返事だけだ。
「……うん」
 しばらくの沈黙の後、彼女が僕を見た。
「そのかわり、『本気じゃ無かった』は無しだからね」
 彼女はそう言って微笑んだ。それは、いつもの笑顔だった。
「よかった……」
 彼女の返事を聞いてほっとしたのか、突然強烈な睡魔が僕を襲った。
 ふうっと、気が遠くなる。
 あっと言う間に、目の前が暗くなっていった。


 目を覚ましたのは、夕方だった。
 隣では、彼女がすやすやと寝息をたてている。
 まったく、警戒心の無いやつだ。
 僕はすっかり冷めてしまったお茶を口にして、顔をしかめた。

 僕はぼんやりと、さっきの出来事を思い返していた。
 彼女の声が頭の中で甦る。
(夢じゃ……ないよな)
 まだちょっと、信じられなかった。
「僕の『彼女』か……」
 なんか、嬉しいね。
 でも、僕達は今までとあまり変わらないはずだ。
 いつものようにアバウトで、突然何かを始めたりするのだろう。

 それでも、いつかは変わっていくはずだ。
 僕は今よりももっと彼女を好きになるかもしれない。
 そして彼女も……。
 明日の事はわからないけれど。とりあえず僕は幸せだ。
(この幸せを、大事にして行こう)
 僕は彼女の可愛い寝顔を見ながら、そう思うのだった。



 end











 僕が望む後書き

 僕が前に書いた「深夜のドライブ」を読み返したとき、昔こんなのを書いたことを思い出しました。古い文書の中から引っぱり出してきて若干の修正を入れたのが、これになります。
 今思うとクサイ文章書いてるなあとか思いますけど、僕は今まで書いた中で五本の指に入るくらい気に入っています。

 皆さんにも、気に入っていただけるでしょうか?

 では、また別の作品で。

 2002.02.20 ちゃある

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