たとえばこんな、であいかた 「あまやどり」






 ぽつ。

 ぽつ。

 ぽつ。


 ズワァーッ。
「うわっ」
 突然、視界が雨で埋まった。
 いきなりの雨。さっきの雨粒は、祭りの前のカウントダウンか。
 雨具を持たない俺は、とりあえず鞄を頭にのせてダッシュ。
 何も考えず、店の軒先に飛び込む。
「ふー」
 たった十数秒の物語。ウチのシャワーより激しい水流が天から注がれたおかげで、スーツはすっかり別の色になっている。
「まいったなあ」
 別にこれから用があるわけじゃない。でも、この雨じゃいつ出られるやら。
 俺は携帯で時間を確認した後、空を見上げた。さっきまで遠かったカミナリも、なんだか近づいてきているようだ。

 まいったなあ。

「きゃーっ」
 そんな甲高い声を聞いたのは、俺がため息をついた直後。
 同じ軒先に、一人の少女が飛び込んできた。
「はあ、はあ……」
 だいぶ走ってきたのだろう。少女は中腰の状態で下を向き、呼吸を整える。
「ふーっ」
 大きく息を吐く。
 まだ学生なのだろう。制服のスカートが、足にまとわりついている。
 そして、背中には白のブラウス越しに……その……。
 下着が……くっきりと浮かんでいる。
 と、少女が顔を上げた。
 俺は慌てて、空に視線を戻す。
「すごい雨だなあ」
 俺はつぶやく。あっと言う間に、道路には川が出来ている。
「……ホント、すごい雨ですよね」
 彼女の声に、俺は振り向いた。
 長い黒髪から水を滴らせた彼女が、俺に向かって微笑んだ。
 が、俺の視線は真っ先に彼女の胸に行ってしまう。
「こっ、こんなのは久しぶりだなあ」
 くっきりと浮かび上がる、下着のライン。
 それが気恥ずかしくて、俺は目を逸らす。
 彼女を見ると、どうしても視線がそっちに行ってしまうからだ。
「そうですね……こっちに来てからは、初めてかも」
「こっち?」
「あ、私両親の仕事の都合で、二年前に越してきたんです」
「へえ、そうなんだ……家、近いの?」
「いえ……近ければ、諦めて走って帰るんですけど」
「そりゃそうだな。俺もこの辺に住んでれば、諦めて濡れるんだけど」
 視線は空に向けたまま、俺は話す。
「ああ、お仕事でこっちに?」
「そんなとこ。営業マンはつらいってことですよ」
 苦笑。
 こんな雨に降られるんだから、ホントつらいよ。
「……雨、止みませんね」
「……そう、だな……」
「……くちゅんっ」
 俺が言葉を返した瞬間、可愛いくしゃみが隣から聞こえた。
 ああ、スーツ着てる俺と違って、ブラウス一枚だもんな。
 などと、妙な納得をする。

 ……あ、そうだ。

 俺は鞄を探る。と、中から一枚のバスタオルが見つかった。
 よかった。入れておいたんだ。

「ほら」
 と、俺はバスタオルを差し出す。
「え? あ、いいですいいです」
 ぶんぶんと両手を降る彼女。そんな仕草が、可愛い。
「あー……でも……そのー……」
 言い出しづらい。
「ホントにいいですから。あの、私まだ若いし」
 だから困るんだよなー。とか思う。
 ってか、俺ってそんなに年寄りに見えるんだろうか?
「その……目のやり場に困るから」
 その言葉に、彼女は視線を自分の胸に向ける。
「きゃっ」
 やっと気づいたのか、慌てて胸を隠す彼女。
「……な、だから」
「す、すみません……」
 おずおずとタオルを受け取る彼女。
 まいったなあ。

 一つ一つの仕草が、妙に可愛くて。

「……雨……やみませんね」
「うん……」
 空は、まだ黒い。
 天然シャワーの水圧も、未だ変わらず。

 俺達は無言で、ただ空を眺めている。

「あの……」
 不意に、彼女が声をかけてきた。
「うん?」
「ありがとう……ございます」
 彼女は、タオルで胸から顔の下半分を隠すように両手で持っている。
 少し幼い顔立ちには、そんな仕草がよく似合う。
『ふにゅう』なんて声が聞こえてきそうだ。
「ああ……困ったときはお互い様だから」
 俺はそんな思いをごまかすかのように、目を逸らして言った。
 まいったなあ。
 もうしばらくこうしていたいなんて、考えちゃうじゃないか。

 そんな思いを無視するかのように、少しずつ雨が弱まってきた。
「もうそろそろ、かな」
「もうそろそろ、ですね」
 俺は携帯で時間を確かめる。あれからそんなには経ってないのか。
 長いようで、短い時間。
 気がつけば、空も明るくなり始めている。
「じゃ、俺そろそろ行くんで」
 そろそろ走ればいけそうな気がしてきたので、俺は彼女に挨拶をする。
 あまりここにいても、名残惜しいだけだし。
「あっ、あのっ」
「ん?」
「タオル……洗って返します」
「ああ、いいよ別に」
「でもっ、そのっ、あのっ」
 気持ちが先行しているのか、彼女は上手く言葉が作れないようだ。

 まいったなあ。

 本当に、いい子じゃないか。
 なあ。

「……じゃあ、いつでもいいから返してください」
「わ、わかりました。それで、あの……」
「うん。俺の携帯教えるからさ。いつでもかけて。ちょっと営業口調かも知れないけど」
 俺は苦笑しつつ、スーツのポケットから携帯を取り出す。
「あ、は、はい」
 彼女も慌てて、スカートのポケットから携帯を取り出す。

「じゃ、ここにかけて」
 彼女は俺が見せた携帯の番号をプッシュし、通話ボタンを押す。
 ブーン、ブーンと震える俺の携帯。
「あ、と、は」
「あ、私の名前ですね」
「そうだな。俺も名乗ってないか」
「変ですね。名前が最後になるなんて」
 そう言って、彼女が笑う。
「そうだな。おかしな話だ」
 俺も、笑う。

 そして俺達は。
 お互いの名前を、携帯に記録した。


「まいったなあ」
 帰り道。

 俺は乾かないスーツに不快感を覚えつつ、つぶやく。

 去り際の笑顔を思い出し、俺は携帯を見る。
 教えてもらった、彼女の番号。
 かけてみたい衝動を、ぐっと堪える。

 ああ、やっぱり。
 彼女のことを、好きになったかもしれない。

 ホント、

 まいったなあ。



 おわり。




 君が望む後書き


 続きません。この話はここで終わりです。
 ……と、先手をうっておくテスト。

 昔「たとえばこんな、別れかた」というシリーズを書いてたので、今回は逆を狙って「たとえばこんな、であいかた」というスタンスで書いてみました。
 ……昔みたいな瞬発力が無くなっていてショックです。
 ま、こんなくだらない話しても読んでいただければ幸いです。

 2003.10.07 ちゃある

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