『ある勇者と共に旅をした魔法使いの話』(Ver1.10)

 お待たせしました。私がテスティンです。何でも、私の話が聞きたいとかで。遠いところから、ご苦労様です。
 ……ええ、確かに私は五年前、勇者カインと共に魔王ギスディスを倒しました。でもその話ならば図書館に行けば解るはずですが……。
 え? 本当の話が聞きたいですって? 本当もなにも、あの話が事実ですよ。私たちが次々と倒れていく中、勇者カインは魔王と最後まで戦い、そして最後は壮絶な相打ちによって魔王を倒したんです。
 ……え? それは違うって? だって、当時私はその場所にいたのですから……そんな目をしないで下さいよ……。  わかりました。あなたには負けましたよ。ただし、この事は他言無用ですよ。魔王を倒したのは、あくまで勇者カインなのですから。


  *


 勇者カインとその一行は、ついに魔王が住む城に入り込んだ。メンバーは長身の戦士ザイ、風の精霊王と契約を交わした精霊使いリフス、水の女神ウェイタールに仕える司祭エリス。詠唱魔術の導士テスティン、そして、勇者カインであった。
 カインは勇者と呼ばれるにふさわしい技量の持ち主で、剣技ではザイを凌ぎ、魔法もテスティンに並ぶほどであった。
 魔王ギスディスの四天王と言われた部下も、カインはいともあっさりと倒してしまった。一対一では無敵を誇っていた。それが、勇者カインであった。


  *


 ……ええ、そこまでは間違いありません。確かに、彼は一流の腕を持っていました。技量で彼に並ぶ者は、おそらく百年は現れないでしょうね……。それほどの才能を持っていたのですよ、彼は。


  *


 彼らは城を守る怪物を片っ端から薙倒していった。すでに魔王軍には彼らを倒すほどの能力を持った魔物はいなかった。魔王に仕える四天王は、彼らによって倒されてしまったのだから。
 そして、ついにギスディスがいる『王の間』へと足を踏みいれた。
 魔王ギスディスは玉座に腰を降ろしていた。まったく無防備な姿で。
 しかし、それだけなのに魔王からは恐ろしいほどの威圧感を感じていた。恐らく普通の人間ならば一瞬にして気絶してしまうか、もしくは命を落としてしまう程の。
「ふっ、さすが魔王ってやつだな。これは楽しめそうだ」
 カインはその威圧にも全く動じず、魔王に剣を向けると不敵な笑みを浮かべた。
「手を出すなよ。魔王とはサシで勝負をつける。そのために雑魚共はお前らに任せたんだからな」
 カインの言葉に一行は頷いた。そういう性格なのだ。傲慢で自分勝手で女好きという性格が、彼に与えられた唯一の欠点であった。
「いくぞ!、『火球よ』!」
 カインは言うなり、左手から巨大な火の玉を打ち出した。それは狙い違わず魔王を捕らえる。
 同時にカインは恐るべき速さで駆け出していた。瞬時に魔王の目の前まで走りこみ、魔剣『ジェニュイン』で魔王に斬りこむ。
「でああああっ」
 大きくジャンプしたカインは、魔王の脳天を目がけて剣を振り降ろした。
 ギイイインッッ。
 鈍い音がした。
「なにっ」
 カインが驚愕の表情を見せた。
「ふむ、少々痛いが、止められぬほどでは、ないな」
 魔王は山をも断つと言われる伝説の剣『ジェニュイン』を素手で掴んでいた。あの一撃を、魔王は止めてしまったのだ。


  *


 あのときは驚きました。魔王が剣を受け止めた事ももちろんですが、私達はカインの驚愕の表情を、始めて見たのですよ。


  *


 魔王は『ジェニュイン』を無造作に放り投げた。カインも同時に投げ棄てられる。
 「ちっ、油断しちまったか。なら、これはどうだあっ」
 カインはぐっと起き上がると、早口で呪文を唱えはじめた。
「……漆黒の地獄の底に燃えさかる業火よ、目の前の敵を滅ぼせえっ」
 炎系最強の魔法、禁呪とされるほどの魔法だ。それに気付いたテスティンとエリスが同時に結界を張る。
「食らえっ」
 カインの叫びと同時に巨大な炎の球が魔王を包みこむ。
「どうだっ」
 会心の笑みを浮かべるカイン。しかし、次の瞬間、再び彼は驚愕の表情を浮かべた。
「その程度では、我は倒せぬよ。さすがに、玉座は溶けてしまったがな」
 炎の中から、魔王の姿が現れた。玉座は溶けてしまったため、立ち上がってはいたが、魔王は全くの無傷だった。
「な、なぜだ。俺の魔法は完璧だったはずだ。」
「人間ごときに我を傷つけられるはずがなかろう。我を誰だと思っているのだ。勇者よ」
 魔王は口元に笑みを浮かべてカインを見た。


  *


 ここで私達は、再び信じられないものを見たのです。それは、絶対にありえないものでした。


  *


 カインは震えていた。剣も満足に握れないほどに。おそらく、生まれて初めて味わう『恐怖』という感情に、支配されてしまったのだろう。
「どうした? その剣で、我を斬るのではないのかな?」
 魔王は口元に笑みを浮かべたまま、カインに言った。
「う、う、うわあああっ」
 カインは魔王に向かって駆け出した。手にした剣を振り回す。
 しかし、魔王はその剣をすべてかわしていく。それはまるで、大人と子供のケンカだった。
「ああああっ」
「うるさい」
 魔王は更に切りかかるカインの顔面に拳を叩きつけた。
「ぐあっ」
 その一撃を受けて、カインは派手に吹っ飛ぶ。
「この程度か? これなら、まだ最初の攻撃のほうがましだったわ」
 魔王は顔を押さえて立ち上がるカインに言った。
「う、うわあああっ」
 カインは立ち上がると、再び駆け出した。しかし、今度は魔王に向かってではなく、先程入ってきた扉に向かってだった。
「逃げる? 我がそれを許すとでも思ったか!」
 魔王はそう呟くと、指先から小さな光を産み出すと、その光をカインに向かって飛ばした。
 扉まであと三歩というところで、光がカインの左胸を貫いた。
「あ……」
 カインは驚愕の表情のまま、崩れるように倒れた。
 これが、勇者カインの最後だった。


  *


 恐らくカインは、始めて受ける恐怖に耐えられなかったのでしょう。彼は腕こそ並ぶ者のいないほどの者でしたが、精神的には全く成長していなかったのですね。


  *


「だめか……」
 ザイが呟く。勇者カインが倒れた今、魔王ギスティスを倒せる者はこの世には存在しないのだと、誰もが思った。
「一つだけ、試してみてもいいですか?」
 口を開いたのは、テスティンだった。
「私が知っている中でも最高の魔法を、使ってみようと思います」
「おいおい、でも、あいつはカインでも倒せなかったんだぜ? 俺達で勝てるかよ」
「皆さん、どちらにしても、私達は遅かれ早かれ殺されてしまうでしょう。ならば、私は僅かでも可能性がある限り、戦って、戦って、戦い抜こうと思います。私には、守るべき人がいるのですから」
 テスティンはそう言ってエリスを見た。目が合ったエリスは、思わず顔を赤らめる。
「おいおい、こんな時だというのによ。……わかった。付き合ってやるぜ。俺だって、里に妻を残してきてるんだからな」
「僕も手を貸しましょう。どうせ死ぬなら、悔いがないほうがいい」
 若き精霊使いは、笑顔で呟いた。
「わ、私も手伝います」
 エリスもテスティンの瞳をじっと見つめる。
「ありがとうございます。ですがエリス、あなたは逃げてください。出来るだけ遠くまで」
「なぜ? 私も一緒に……」
「だめです。私はあなたに生きていて欲しいのです。だから、お願いします。逃げてください」
「テスティン……」
「なあエリス。俺達はもう、一発勝負なんだ。ここで攻撃ができないエリスは邪魔なんだよ。たとえ防御の呪文があっても、魔王には意味がないだろうからな」
 ザイがエリスに向かって厳しい言葉を使う。
「エリスさん。僕たちは必ず、テスティンさんを連れて帰ります。だから、外で待っていてください」
 リフスにも言われ、エリスはゆっくりとうなずいた。
「必ず帰ってきてね」
「もちろんです、エリス」
 テスティンは笑顔で答えた。
「話はまとまったか?」
 魔王が話しかけてきた。魔王は今まで、テスティン達を待っていたのだ。
「ほら、魔王がお待ちかねだ。じゃあ、テスティンはその魔法を叩きつけることにすべてを賭けてくれ。俺達は魔王を足留めする」
「わかりました。では行きますよ」
 テスティンの合図で四人は散る。テスティンは呪文を唱え始める。リフスは風の精霊を呼び出す。ザイは魔剣『マティリアル』を構え、魔王に向かって突進する。そしてエリスは……。
「全ての命を育む水の女神よ。我らに加護を授けたまえ!」
 同時に、見えないが確かに感じる守護の力が四人を取り囲んだ。
 テスティンは呪文を唱えながらもエリスを見た。
 なぜ……?
 そんな表情で彼女を見る。
「私も仲間です。ならば、いかに無駄であろうとも仲間を見捨てるということは神の教えに背くということになります。それは水の女神に仕えるものとして出来ることではありません」
 エリスはそう言って微笑んだ。
「ほほう。勇者ですら私に傷をつけられなかったというのに、カス共が何をするというのだ」
 魔王はせせら笑うように言うとゆっくりと動く。
「させませんっ。風の精霊王よ、その力を我が前に示せ!」
 リフスの叫びと共に、魔王の真上から言いようのない程強い風が叩きつけられる。
「ぐ、ぐうっ」
 さすがの魔王も、動くことが出来ずに立ち止まる。
「おおおっ」
 リフスが叫ぶ。彼の精神力が、精霊の力の源になるのだ。
「があああっ」
 魔王が対抗するかのように吼えた。
「な……」
 真上から叩きつける突風の中、魔王が再び歩み始めた。
 一瞬の気の緩みが、精霊王の力を失わせた。あれ程吹いていた突風が一瞬にして止む。
 「まだだっ」
 直後、ザイが『マティリアル』を両手で振りかぶり、魔王の左腕に叩きつける。
「があっ」
 飛び散る体液。魔王の左腕についた、一筋の傷。
「どうだ、カスだって貴様に傷くらいつけられるんだぜ」
「憶えておこう」
 魔王はそう言って左腕を大きく横に振る。同時に剣を突き刺したままのザイも振り飛ばされた。
「さて、もうおしまいか?」
「まだですっ」
 瞬間に風の精霊を呼び出していたリフスが再度攻撃を試みる。
「こんなもので」
 魔王はふっと手を振って、風の精霊を叩き落とそうとするが、精霊はその攻撃を巧みに避ける。
「ええい、うっとおしい」
 魔王は少し声を荒げると、指先から光を放ち、風の精霊を貫いた。
「……全ての源たるマナよ。彼のものを冥界の底へと封じたまえっ」
 魔王が振り返った瞬間。テスティンの呪文が完成した。
「はああっ」
 テスティンが杖を振りかぶると、漆黒の光が魔王に向かって飛んだ。
「そんなものっ」
 ただならぬ魔力を感じ取ったのか、魔王がその光をかわそうとした瞬間、魔王の背中に熱いものが走った。
「無防備だぜ……魔王さんよぉ」
 ザイが背後から魔剣『マティリアル』で魔王の背中を刺し貫いていた。
「なにぃ」
 それに気を取られ、魔王は黒い光をまともに受ける。
「う……がああっ」
 それは超重力の塊となり、魔王の体を押しつぶしていく。
「があああああっ」
 魔王の断末魔の叫び。ザイは『マティリアル』を魔王の背中に残したまま魔王から離れた。
 見る見る間に黒い塊に吸い込まれていく魔王。
「あああああっ」
「ああああああっ」
 魔王と悲鳴を重ねたのは、テスティンだった。
「テスティンっ」
 エリスがテスティンに駆け寄る。
「しかたありません……この魔法は……術者の命を触媒にする魔法……そのた…め……禁呪と……」
「だめえっ、そんなのだめですっ」
 叫びながらエリスは回復魔法を唱え続ける。
「おそらく……無駄でしょう……でも、魔王を……ああああっ」
 超重力の反動を受けるのか、テスティンの身体が激しくのたうつ。
「おおおおぉぉぉぉ……」
 魔王を吸い込む黒い塊は、完全に魔王を吸い込むと、自らも吸い込まれるかのように小さくなっていき、やがて消えていった。
「や、やった……」
 リフスが呟いた。この瞬間、魔王はこの世界から消滅したのだ。
 そして、テスティンの言葉も小さくなり、やがて……。


  *


 ええ、あのときは確実に命を落としたと思いました。
 え? どうして今生きているのかって。
 それはほら、仲間たちのおかげですよ。彼らの機転がなかったら、私も生きていなかったでしょうね。


  *


 エリスの回復魔法も、全く効果がないようだった。確実にテスティンの命の灯火は失われようとしているのだ。
「なんとかならないのかよぉ」
 ザイは叫んだ。カインに続いて、ここでテスティンまで死なせるわけにはいかない。
「俺の命をあげてもいい、何とかしてくれよっ!」
 ザイの言葉に、必死に回復魔法をかけていたエリスが頭を上げた。
「そう、それ……いけるかも」
「できるのですか?」
 リフスがエリスを見た。
「私達の命を少しづつテスティンに渡せれば」
「できるならやろうぜ。俺達はもう、何も恐くないんだ」
「わかりました。では、皆さんの命、お借りします」
「おうよ」
「はい」
 エリスは立ち上がると、天井を見上げて呪文の詠唱を始めた。
「全ての命を育む水の女神よ、我らの命、彼のものに注きこみたまえ」
 呪文の詠唱と共に、三人は力が、生命力が激しく抜かれるような感覚を憶えた。そしてそれは暖かい光となり、ゆっくりとテスティンの身体に吸い込まれていった。


  *


 こうして私は、仲間から命を分けてもらって生き延びることが出来ました。そして仲間と決めたのです。『魔王は、勇者カインが壮絶な戦いの末、相打ちで倒したのだ』と。
 え、なぜそうしたのかって?
 私達は紛れもなく、カインがいたから魔王の元まで行けたのです。彼がいたから、私達は魔王を倒せたのですよ。少なくとも、私達はそう、信じていますから。
 わかっていただけましたか? ええ、ですからこの話はあなたの心の中にしまっておいて頂きたい……ありがとうございます。
 え? 最後にひとつ質問? はい、なんでしょうか?
 エリスと私の仲はうまくいっているか……ですか? ああ、それは……困りましたね。 とりあえず、この春に三人目の子供が生まれる予定ですが……あ、それでいいですか?


 END

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