風邪をひいた日(Ver1.10)

 ピピッ。
「39.6度……」
 俺は電子体温計に表示された温度を見て、意識が朦朧とする理由をはっきりと認識した。
「こりゃ、動けんわな……」
 一人つぶやく。声がひどくかすれている。
「バイト……連絡……しなきゃ……」
 そう思うのだが、いかんせん身体が動かない。俺は夕べ風邪薬を飲まなかったことを猛烈に後悔した。
 そもそも、一昨日はずっと晴れだと言っていたのに夜になって雨が降るのが悪い。傘を持たなかった俺は、バイト先からずぶ濡れになって帰る羽目になった。
 昨日は一日中なんかだるかった。それが風邪だとわかったのは夜のことだ。妙に寒いので体温を測ってみたら37度を少し越えていた。けれど、一晩寝れば治るだろうと気楽に考え、薬も飲まずに寝てしまった。
 そうしたら、朝はもうベッドから動けなかった。
 寝間着(といってもトレーナーとジャージだ)も汗でびっしょりになっているのだが、とにかく身体が起こせない。そう言えば昔から熱に弱かったっけ、などと朦朧とした意識の中で思う。
 しばらく俺は唸っていたが、やがて疲れからくる睡魔に襲われ、ゆっくりと意識が遠のいていった。

               *          *

 目を開けた俺は、額に何かが乗っていることに気づいた。と、台所から物音が聞こえる。
 台所の方に顔を向けると、額に乗っていたものが落ちた。どうやらタオルらしい。
「あ、起きたんだ」
 台所から、知った顔が現れる。
「……美砂?」
「やだ、私の顔もわからないほどなの?」
「いや、そう言う訳じゃないけど……」
「じゃあそんなこと聞かないでよ。私が焦っちゃうでしょ」
 美砂は少し困ったような笑顔で答えた。
「あ、今お粥作るね。ちょっと待ってて」
 彼女はそう言って再び台所に消えた。

 藤森美砂は、俺と同じ大学の同級生だ。俺がこのアパートで一人暮らしをしているのに対して、彼女はこの近くに家族と住んでいる。まさに地元の大学に通っているわけだ。
 よくわからないが、俺と彼女は気があった。最初は1年の時に、講義で隣に座ったという、たったそれだけのことだったのだが、いつの間にか、親友とも言うべき存在になっていた。お互いに恋人がいないということで、誘いやすいのもあったかもしれない。
 よく一緒にいるので、知り合いには「お前らつきあってるんじゃないの?」と聞かれるが、俺は否定することにしている。「こいつはそんなんじゃなくて、俺の親友兼相棒なんだよ」と。美砂も苦笑しながら「そうそう、シンくんがボケで私がツッコミ」などと言っていたところを見ると、同じような思いなのだろう。

「シンくん、フラ語の講義来なかったでしょ? ちょっと気になってここに来たら、シンくんが布団の中で唸ってるんだもん。私びっくりしちゃって」
 台所から彼女が話しかけてくる。俺がまともに答えられないのをわかっているのか、まるで独り言のように一方的に話してくる。
「あ、部屋の鍵開いてたから勝手に入っちゃったけど、ごめんね。で、何とかしようと思ってとりあえず濡れタオルをおでこに乗っけて。あとはどうしようもないのでとりあえずお粥だと思って材料を買いに行って、それでお粥を作っていたらシンくんが起きたってわけ。わかった?」
「あ、ああ……」
 本当はよくわかってないのだが、とりあえずうなずく。
「ああ、あとバイト先から電話が来てたけど、風邪ひいて休むって言っておいたから」
「……ああ、サンキュ……って、え? マジ?」
「嘘言ってどうするのよ。なんか電話の向こうで驚いた声が聞こえたけど」
 そりゃ驚くよ。ウチに電話したら女の子が出たんだぞ?
 次にバイト行ったら、なんて言われるかな……。
「そうそう、服を着替えなきゃね。ね、パジャマと下着はどこ?」
「あー……タンスの……一番下が下着で……パジャマは……持ってない」
「持ってないの? じゃあ他に着るものは?」
「トレーナーが……二段目……」
 と、そこまで言ってから考えた。
「ああ、ちょっとまって……」
「何よ、もう出しちゃったわよ。この青いやつでいいんでしょ?」
「恥じらいって……ものは……ないの……か……?」
「恥ずかしがってシンくんの風邪が治るんなら、喜んで恥ずかしがるけどね」
 美砂はそう言いながら服を持ってきた。彼女はいつもそうなのだ。一浪して入ってきた彼女は、俺に対してお姉さんぶった態度をとる。俺は全く気にしていないのだが、やはり年上と言うことを気にしているのだろうか。
「ほら、脱いで。手伝ってあげるから」
「いいよ……自分でやるよ……」
「一人で出来そうにないから手伝うんでしょ? ほらほら、ちゃんと起きて」
 そう言いながら俺の身体を起こす美砂。俺はなんとか抵抗しようと思うのだが、いかんせん身体が言うことを利かず、ほとんどされるがままになっている。
 シャツを器用に脱がされ、新しい下着とトレーナーを上手に着せていく。
「次は下ね」
「し、下は自分で着替えるよ」
「はいはい、さすがに私もね。別に見てもいいんだけど……」
「俺が嫌なの」
「でしょ。じゃ、私はお台所でお粥作ってるからね」
 そう言って美砂は台所へ出ていった。
 完全に、遊ばれているな。
 俺は身体を無理矢理動かして着替えを済ませると、壁に身体を預けながらゆっくりと立ち上がった。
 こうまでして立ち上がる理由は、下着を洗濯かごに置くということもあるが、何しろトイレに行きたいのだ。
 ベッドから降り、立ち上がっただけで頭がくらくらする。ここまで平衡感覚が無くなるとは思わなかった。
 壁にもたれながら俺はトイレへと向かう。
「なにやってんのシンくん、ちゃんと寝てなきゃ」
 美砂は青い顔をして俺に近寄る。
「トイレ……行くだけだから」
 俺はそう言って微笑む(うまく微笑んでいたかはわからないが)と、トイレの戸を開けた。
 さすがにトイレで倒れるわけには行かないと必死にこらえながら用を足すと、俺は壁にすがるようにして布団へと戻った。
 濡れタオルを頭に乗せ、布団に横たわる。
「まいったなぁ……」
 なんとなく、美砂に対して弱みを見せているようで悔しい。でも、美砂がこうして来てくれていることは、結構嬉しいことだった。
 やはり持つべきものは親友、と言うところか。
 それも、女の子の。
 きっと他の野郎共では、俺のつらさも知らずに、騒ぐだけ騒いで去って行くだろうからな。
「はい、お粥が出来たわよ」
 美砂が土鍋を持って側に来た。土鍋なんてあったんだなあ、そう言えば、一人で鍋食いたくて買ったんだっけなあなどと、訳の分からないことを考える。
「悪い……ね」
「何言ってんのよ。それは言わない約束でしょ?」
 俺の言葉に、美砂は微笑んで答える。
 俺はゆっくりと身体を起こす。
 美砂は俺の脇に腰掛けると、お粥をレンゲですくい、息で冷ます。
「はい、アーンして」
 美砂はレンゲを俺の口元に持ってくる。
「あの、すごく……恥ずかしいんだ……けど」
「こんな時に何言ってるの。ほら、アーン」
 美砂が優しい顔で言うものだから、俺は恥ずかしがりながらも口を開ける。
 ぱくっ。
 味覚がおかしくなっていてよくわからないが、不味くはない。
「食べられる?」
 美砂が尋ねる。
「美味しい……んじゃないかな」
「よかった。じゃ、まだ食べるわね」
 美砂は再びレンゲにお粥をすくうと、俺に食べさせた。
 そんな感じで結局俺は、お粥をきれいに平らげてしまった。
「それだけ食欲があれば、すぐに元気になるわね」
 美砂は安堵したような表情で微笑む。
「美砂は……良い奥さんに……なれるな」
「なっ、何言ってんのよっ、もうっ」
 突然顔を真っ赤にして照れる美砂。
 俺は食事に感謝する意味で誉めたんだが……。
「あっ、後は、特にする事はないよねっ」
「うん……後は大丈夫だから」
「じゃあさ、テレビ見てていい? 音量低くしてるから」
 え?
「あ、ああ……いいけど……」
「ありがと、じゃあちゃんと布団かぶって寝てなさい」
 美砂は優しいような厳しいような口調で言うと、テレビの電源に手を伸ばす。
「なあ……美砂?」
 再び横になった俺は、濡れタオルを額に当てたまま、美砂の名を呼んだ。
「ん? なに?」
「……帰らないのか?」
「ん……そうね。でも、夕飯とか食べるでしょ? だから、買い物くらいは、行くかな」
「夕飯?」
「シンくん、夕飯食べるでしょ?」
「ああ……。でも」
「病気の時にね、一人でいるのって、とてもつらいのよ。だから今日はいてあげる」
 美砂はそう言って微笑む。
「でも……うつしたら……まずいよ……」
「なあに? アタシに帰って欲しいわけ? こんな美人が世話してるのに?」
 美砂はぐいっと俺の目の前まで顔を寄せる。
 美砂の、吐息を感じる。
 美砂の、匂いを感じる。
「いや……そんなことは……」
「だったら黙って寝る!」
 美砂は更に顔を寄せる。
 ホンの少し、顔を上げたら、キスしてしまいそうだ。
「はい……」
 俺はそれだけを答える。
「よしよし」
 美砂は再び微笑むと、テレビの方に身体を向けた。
 心臓が、バクバク言っている。
 これは、風邪のせいだけではないだろう。
 どうしたんだ? 俺は……。
 考えようとしたが、頭が回らない。
 やがて鼓動が治まってくると、泥沼に沈んでいくかのように、そのまま眠りについた。

               *          *

 誰かが、話している。
 美砂か?
「……うん。熱は……少し下がったみたいだけど……。うん、やっぱ心配だから、泊まってく。大丈夫よ、子供じゃないんだから……じゃ」
 美砂が携帯で誰かと話していたらしい。
 ピッ、と携帯を切る音が聞こえた。
「美砂?」
 美砂の名を呼ぶ。まだ声はだいぶ掠れているが、気分はだいぶ違う。
「ああ、シンくん。起きたんだ」
「今……何時だ?」
「うん……8時を回ったところ」
「え?」
 俺、そんなに寝てた?
「今、お粥作るね。ちょっと、待ってて」
 そう言って、美砂は台所に消える。
 小気味よい包丁の音がここまで届いてくる。
 しばらくして、土鍋を持って美砂が戻ってきた。
「お待たせ。あ、おなか空いてる、よね?」
「……そう言うのは最初に聞くものだろ」
「ゴメンゴメン。で、空いてる?」
「……ああ」
「じゃあ食べられるね。ちょっと待って。あ、起きられる?」
「多分」
 俺は何とか自分で身体を起こす。
「じゃあ、はい。アーン」
「いや、もう自分で食えるよ」
「……そう」
 何だか残念そうな顔をする美砂から、土鍋とレンゲを受け取る。
 もぐもぐ。
 ごくん。
 あ、
「さっきと……味、違う?」
「ああ、うん。今度は、梅干し入れてみたの。どう?」
「……美味しい」
「良かった」
 美砂は嬉しそうに微笑む。
 もぐもぐ。
 ごくん。
 もぐもぐ。
 ごくん。
 ……。
 ふと脇を見ると、俺の脇に腰掛けていた美砂が、じっとこっちを見つめている。
「あの……」
「え? なんか、ダメだった?」
 焦った表情の美砂。
「いや、見つめられると……食べづらいんだけど」
「あっ、ゴメン。だって、心配だったから」
 顔を赤らめて答える。
「大丈夫だって」
 俺は笑顔で返す。
「もうこうやって、飯も食えるしな」
「……うん」

「ああそうそう。お薬買ってきてあるんだ。飲んで」
 俺が食べ終わると、美砂が薬と水を持ってきた。
「私の家にいつも置いてあるやつだから、それなりに効き目はあると思うよ」
「さんきゅ」
 俺は手渡しでもらった薬を飲む。
「ふう」
「あ、そうそう。ここって、布団無いの?」
「ええと、押入にせんべい布団が一組だけある。あとは寝袋」
「ん、わかった。あと、お風呂借りていい?」
「ああ……って、まさか、泊まっていくつもりか?」
「え? いけなかった?」
 罪悪感のカケラもない素振りで、美砂が聞き返す。
「いや、やっぱ一つ屋根の下に若い男女がだね……」
「大丈夫よ。シンくんにそんな体力があるわけないでしょ?」
 ……それは、否定しないが。
「でも、やっぱまずいよ。俺もう大丈夫だし」
 ぐっ、とガッツポーズをしてみる。
 が、力の入っている感覚がまるでない。そう簡単に治ったりはしないか。
「シンくん……私のこと、嫌い?」
 不意に美砂が尋ねてきた。
「え?」
「こんなに美人がね、泊まってあげるって言ってるのにさ。嫌がるのはやっぱり、私のこと、嫌いなのかな、って」
「そ、そんなことないよ。俺……」
 慌てて首を振る。
 ズキッ。
「……いたた」
「何してんの。頭振ったら痛いに決まってるでしょ?」
「だって……」
 美砂が、変なこと聞くから。
 俺だって、心の準備ってものが、あるんだぞ。
「ま、嫌いじゃないなら良いわね」
「……良くないけど」
「え? 何か言った?」
 聞こえてるくせに。
 ……はいはい、俺の負けですよ。
「……勝手にしてくれ」
「りょうかーい」
 やたら嬉しそうな美砂。もう、どうにでもしてくれよ。
 俺はふてくされた表情で、再びベッドに寝ころんだ。

 シャワーの音が、風呂場から聞こえる。
 戸を2枚ほど隔てた向こうでは、美砂がシャワーを浴びているのだ。
 ……が。
 体が不自由な状態というものは、つくづく不便なものだと思う。
 もっとも、俺がこんな状態だから、美砂も看病してくれるんだけどな。

「あーっ、良いお湯だった」
 と、美砂はバスタオル1枚で出てきた。
「……おい」
「ん?」
「服」
「え?」
「男の前で、そんな格好するんじゃない」
「もう、ウチのお父さんじゃないんだから。どう? スタイルいいでしょ?」
 そう言って美砂は腰に手を当ててポーズを取る。
 確かに、なかなかのスタイルかも……。
 いや、そうじゃなくて。
「……熱がこれ以上上がったら、お前のせいだからな」
「あ、それは困るかも」
 美砂はにこっと笑って風呂場に戻る。
 あいつは……いったい何を考えてるんだ?

「そうだ。パジャマ、着替える?」
「……いいよ」
「遠慮しないでさ」
「……頼むから、今日はゆっくり寝かせてくれないか?」
「あ……ごめん」
 俺が少し強い口調で言うと、美砂はそれっきり黙りこくってしまった。
「……お休み」
 俺はなんかやりきれないものを感じたまま、美砂に背を向ける。

 なんか、お節介なんだよな。
 心配してくれるのは、嬉しいんだけどさ。
 何とかして欲しいよ。

 ……でも。
 俺、美砂がいなかったら、今頃どうなっていただろう。
 のたれ死んでいたかもしれない。
 それと……。
 何故、美砂は、俺なんかの看病をしてくれるんだろう?
 そんなことを考えたとき、不意に友人の言葉が、脳裏に浮かんだ。

「知ってるか? 藤森って、結構もてるんだぜ」
「そうなん?」
「まあ、いつもお前といるから、お前とつきあってると勘違いして諦めるやつもいるみたいだけど、それでも結構告白されてるらしいぞ」
「へえ、美砂がねえ」
「でも、全部断ってるんだと。『他に好きな人がいますから』って。でも、どんなに聞いても、そいつの名前は言わないんだと」
「ほう、美砂の好きな人か……見てみたいな」
「案外、お前なんじゃないの?」
「何で?」
「だってなあ。藤森って結構誰とでも屈託無く話すけど、一緒にいる男って、お前だけだろ?」
「そうなの?」
「……お前、ニブイにもほどがあるぞ」
「そうかな」
「そうそう。お前もまんざらじゃないんなら、聞いてみたらどうだ?」
 そうなのかな……。

「なあ……美砂」
 俺は、背を向けたまま口を開いた。
「……なあに?」
「……ごめん」
「何で……謝るの?」
「ちょっと……言い過ぎた」
「ううん、私こそ……ごめんなさい。ちょっと、お節介すぎたかな」
「それと……なんで、泊まってまで俺の看病なんか、してくれるんだ? もしかして……」
 俺のこと、好きだったりするのか?
「え?」
「……いや、いい。熱でおかしくなってんだな、俺」
 そんなこと、恥ずかしくて聞けないよな。
「シンくんのこと……好きだから、じゃ、だめ?」
 え?
 俺は一瞬の間を置いて飛び起き……ようとした。が、身体はやはり言うことをきかない。身体を支える腕に力が入らず、俺は仰向けに倒れる。
「シンくん! 大丈夫?」
 倒れることについての痛みはない。しかし、再び激しい頭痛が襲う。
「お前が……変なこと言うから……」
「変なことじゃ……無いよ」
「え?」
「私、シンくんのこと、好きだよ。ずっと前から、好きだったよ?」
「美砂……」
 美砂が、泣いていた。
 あの、気丈な美砂が。
 彼女が泣いているのを見たのは、半年くらい前に映画を見に行ったとき以来じゃないだろうか。
 しかも、そのときとは状況が違う。
「出会ってから、ずっと好きだった。でも、私、年上だし、シンくんも、私のこと、気の合う友達としか見てくれて無くて、でも、それでも、良かった、わた、し、シン君の、近くに、居られ、れば、良かった」
 泣き声の間に、美砂のつぶやきが漏れる。
 美砂……。
 こんな、俺のことを……。
 しかも、俺が、美砂のこと『親友』とか言うから。
 俺が、美砂を縛ってたのか?
 ごめんな……。
 俺は、力を振り絞って、身体を起こす。
「……ごめん」
 手を、そっと、美砂の頭に置く。
 優しく、なでる。
「俺、美砂のこと、そんな風に考えたこと、無かった。ずっと、気の合う友達でいられると、そう、思ってた」
「…………」
 美砂は、黙ったままだ。顔を上げようともしない。
「美砂、俺……」
「イヤッ、聞きたくない」
 次に俺が言おうとする言葉を察したのか、美砂は両手で耳を塞ぐ。
「聞いてくれ、美砂。俺、美砂のことが、好きだ」
「……え?」
 塞いでいても、俺の声が聞こえたのか、美砂が顔を上げた。
「うまく、言えないけど、俺、美砂に、側にいて欲しいんだ」
 頭痛をこらえつつも、俺は真剣な眼差しで美砂を目を見つめた。
「俺、好きになるって感覚が、よくわからないんだけど、俺、美砂が、側にいないことが、考えられ……」
 全てを言い終わる前に。
 美砂に、抱きしめられた。一瞬クラッとする感覚に襲われるが、何とか耐える。
「シンくん」
「ん?」
「シンくん……」
「なに」
「シンくん、シンくん、シンくん……」
 美砂は、俺の名を繰り返す。
 俺は自由な右手で、美砂の頭をなでる。
「美砂……」
 俺は、美砂の頭を抱き寄せ……ようとして、急に力が抜ける感覚を覚えた。
「シンくん?」
 動きすぎたのかもしれない。俺は力無く美砂にもたれかかる。
「シンくん、ねえ、大丈夫?……」
 遠くで美砂の声を聞こえたような気がしたが、俺はそのまま、意識を失った。

               *          *

 鳥の鳴き声が、聞こえた。
 俺は、ゆっくりと身体を起こし、首を鳴らす。まだだるいが、昨日に比べると格段の差だ。
 ふと脇を見ると、ベッドにもたれかかるようにして、美砂が眠っていた。
 おそらくあの後、俺の看病をしてくれたまま、力つきて寝てしまったのだろう。
「彼女、ねえ」
 俺は一人つぶやく。
 何が変わったのかわからないけど。
 今日から美砂は、俺の彼女だ。
「ま、なるようになるしょ」
 親友から彼女に変わっても、美砂に側にいて欲しいことには変わりない。
 美砂を大切にしたいと言う思いは、変わりないから。
 俺はそっと美砂の頭に手を添える。
「な、そうだよな」
 美砂の幸せそうな笑顔が、全てを物語っているような気がした。

 END

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