「だいすきっ」って言わせて 〜楠川さんと鈴木くんしりーず〜
1 運命は出会いからっ
───運命という言葉は嫌いだ。だからこれは単なる偶然にすぎない。
鈴木芳文
ゴトン。
列車が揺れた。
「ぐおおうっ」
俺の身体に、尋常じゃない重みがのしかかってくる。
俺はその重みを、両手両足を踏ん張って耐える。
中学時代は体操部に在籍していたので、体力には自信があったのだが。
「こんなにキツイとは……思わなかった……」
俺は、初めて味わう『ラッシュ』に、早くも音をあげそうになっていた。
俺の名は鈴木芳文(すずき・よしふみ)。私立光輝学園高等部の一年。今日は入学式だ。しかし……。
(俺、無事に学校まで行けるんか?)
そんな考えが脳裏に浮かぶ。まあでも、何とかなるだろう。
と、列車が次の駅に着いた。俺がいる側のドアが開く。
「ふう」
この瞬間だけ味わう開放感。しかしすぐに車内に戻らなくてはない。俺はドアの縁に手を伸ばし、無理矢理身体を押し込む。
と、俺の後から更に乗ろうとする奴がいた。
「うー」
子供だ。
いや、自分もまだ未成年だが、明らかに幼い。
しかしウチの女子制服を着ているところから見ると、多分中等部なんだろう。
これで中学生なのか。
ショートカットの彼女は、顔だけ見たら少年にも見える。
出るとこも出てないようだし。
「むー」
俺を肩で押し込み、更に自分も乗ろうとするが、すでに限界だ。
「むー」
諦めろって。ってか、腹痛えってば。
「むむー」
ホント頭悪い奴だなあ。隣行けよ。
「む」
「くそっ」
俺は全身に力を込めると、身体をもう二十センチほど、中に押し込む。
背中から押し込んだので周りの視線は直接見えない。とは言っても首筋がチリチリする気がするので、だいたいの想像はつくのだが。
「はわっ」
丁度彼女が力を込めようとしたときに俺も身体を押し込んだので、タイミングが狂ったのか顔面から俺の胸に飛び込んできた。
そのタイミングを見計らったかのように、扉が閉まる。
何とか乗れたな。
そして列車が動き出す。
揺れに伴ってそこら中の加重が俺にかかる。
「くっ」
さっきまでは扉に体重をかけていたのだが、今度は俺の胸元にちんまいのがいる。
俺が力を抜いたら、たちまちこいつはぺちゃんこだ。
ちくしょうが。
俺は両手で扉を支えるような格好で、何とか目の前に空間を作る。
「はふー」
何しろこの身長じゃ呼吸もきつそうだ。
「ありがとうございますー」
目の前のガキが、俺を見上げて礼を言った。
「……別に、大したことねえよ」
照れくさくて、俺は真上を見た。
予備校のくだらない広告を眺める。
「うー、でもでも、紗夜を助けてくれましたー」
だから、大したことじゃねえって。
答えるのも面倒なので、そのまま無視する。
「うー……」
目の前のガキ───紗夜(さや)とか言ったか? ───もそのうち黙りこくった。
と、急に列車がガコンと揺れた。
自分の身体が後ろに倒れそうになるが、ドアの縁の僅かな出っ張りに指をかけ、耐える。
が。
「はわわー」
バランスを崩した紗夜が、俺に全体重をかけた。
「ぐうっ」
俺は更なる加重に耐えるため、指先に力を込める。
「痛っ」
左の薬指に鋭い痛み。割ったか?
まあいい。
「あうー」
紗夜は俺の胸に顔を埋めている。
っていうか、俺にしっかりと抱きついている。
……木にしがみつくサルみたいだ。
「ごめんなさいなのだー」
もそもそと顔だけあげて俺に謝る。
謝るくらいならその俺に回している手を離せ。
……それが無理なくらい混んでるのも知っているので、口には出せないが。
そして四十分。
やっとぎゅうぎゅう詰めの世界から解放された。
「ふはー」
紗夜は俺の隣で深呼吸している。
この身長じゃ満足に呼吸もできないか。
これから大変だな。
「ありがとうございましたー」
紗夜はぺこりと頭を下げる。
「別に、なんもしてねーだろ」
「あの、よろしければお名前を教えて欲しいのですが」
「あん? ああ、俺は鈴木芳文」
「鈴木……さん?」
「まあ、そうだな」
「私は楠川紗夜(くすかわ・さや)ですー」
「はい。楠川さん」
「紗夜でいいですー」
「はいはい。じゃ、お互い初日から遅刻しないようにな」
俺はぽんぽんと紗夜の頭を叩く。
っと。
「わり、子供扱いしちまったな」
「いいのだー、紗夜は子供ですのだ」
ちょっと拗ねたような顔。
「さ、行こうぜ」
「はいなのだー」
俺と紗夜は走り出す。
学園生活のスタートに向かって。
end
僕が望むあとがき
えと、このたび拙作「ビニールがさ」の二人のお話をシリーズ化する事にしました。
この話はその1作目、となります。
何げに話がいくつかわいてますので、上手く書ければな、と思います。
では。
あ、そうそう。
……オチがないですね。
それは以下に。
「おい、紗夜」
「はいなのだ?」
「中等部は、向こうだぞ」
と、俺は反対側の校舎を差す。
「むー」
と、紗夜はむくれた顔をする。
「紗夜はこうこうせいなのだー」
「へ?」
嘘だろ?
その体型で?
「……俺と同じ学年?」
「そうなのだー」
よくよく見ると、中等部とは違う制服。
デザインこそ一緒だが、中等部は緑、高等部は青だ。
そしてネクタイには俺と同じ、一年を示す一本のライン。
「マジかよ……」
「マジなのだー」
「あ、子供扱いして悪かったな、楠川」
「いいですのだ。そういうのは慣れてますのだ」
「いやでも、やっぱ良くないことだったな。スマン楠川」
「……鈴木くんは優しいのだ」
「ん?」
「なんでもないですのだー」
ふるふると首を振る紗夜……違った、楠川。
「むー、紗夜のことは紗夜でいいですのだー」
「いや、やっぱ同学年は、うん。楠川で行く」
「むー」
「と、とりあえずクラス分け見に行かないと」
「あっ、そうですのだー」
「……B組、か」
「紗夜もB組なのだー」
「同じかよ」
「これからもよろしくですのだー」
楠川はニッコリと、俺に微笑みかける。
俺も、ぎこちない微笑みを返す。
これは運命なのだろうか……。
ふと浮かんだ考えを打ち消す。
バカ言え。
これは、単なる偶然だろ。
でも、何となく。
楠川とはこれからもいろいろとあるような。
そんな予感が、頭に浮かんでいたのだった。
2002.04.26 ちゃある。
2002.05.03 設定変更に伴う修正及び言い回しの修正