「だいすきっ」って言わせて 〜楠川さんと鈴木くんしりーず〜
1.5 腐れ縁も運命だと言うなら (原作:匿名のM)
───絶対にあるはずだわっ、心躍るようなドラマティックな出会いが。
神楽奈留
「ここなのだー」
楠川が廊下の一点を指さす。そこには『1−B』と書かれた表札。
「別に急がなくても、教室は逃げねーよ」
とたとたと走る楠川に俺は声をかけたが、楠川は俺の声など聞こえてないようだ。
仕方なく俺も駆け出し、ドアのところで楠川に追いついた。
楠川がドアを開く。
「おはようなのだー」
楠川の特長ある声と口調が、クラスの視線を集める。
しまった、一緒に入る必要なんてなかった……。
後悔したが、もう遅い。
ニコニコしている楠川に続いて、教室に入る。
「なんであんたがいんのよ……」
ため息とともに、すごく良く聞き覚えのある声が、俺の耳に聞こえた。
ほんのわずか『空耳?』かと思いつつも声のしたほうに首を向ける。
「げっ、奈留。何でお前がこんなとこに」
「……それはコッチのセリフなんだけど」
神楽奈留(かぐら・なる)はもう一度大きなため息をついた。
「俺、お前から離れたいがためにこの学校選んだんだが」
「嘘ばっかり、大体私もこの学校来ること知ってんじゃない」
それは本当だ。家も隣同士で小学校から同じクラス。これで奈留の情報が俺の耳に届かないわけがない。
「ま、そりゃそうだが……しかし十年連続かよ。偶然って怖いな」
「……決まったことは仕方ないわね。今年もよろしく」
「鈴木くん……お友達ですか?」
俺の背後から、楠川が顔を出した。
「あら、この子はさっきの? ……なんで芳文と一緒にいるのよ」
「ああ……朝、ちょっとな」
「鈴木君は紗夜を助けてくれたのだー」
紗夜が元気な声を出す。その声にまた視線が集まる。
……参ったな。
「……助けた?」
「別に、ラッシュん時に隙間作ってやっただけだぞ」
訝しげな奈留の視線に、真っ向から対峙する。
ここで退くと、何言われるかわからん。
「紗夜の命の恩人ですのだー」
「大げさ過ぎだって」
「……ドラマだわ」
その言葉にイヤな予感がして、奈留を見る。
奈留が瞳をキラキラと輝かせてこっち───いや、俺のちょっと上。何もないところか───を見つめている。
「それいいわっ、運命的な出会いよっ」
「……ただの偶然だって」
「いいわっ、学園生活初日、男女は新しい場所で運命的な出会いをするのよっ」
……聞いてないし。
ま、そういうヤツだってのは、昔から知ってたけどな。
「紗夜ちゃん!」
「は、はいなのだ」
いきなり両肩を奈留に掴まれた楠川は、ひどく驚いた表情で返事をする。
「この出会いは大切にしないといけないわっ」
「いや、いいから」
「は、はいなのだ!」
「いや楠川も返事すんなって」
「あ、自己紹介がまだだったわね。私は神楽奈留」
「楠川紗夜ですのだ」
「ツッコミ無視して自己紹介かよ……」
なにか二人には通じるモノがあったようだった。俺は何となくため息をつく。
「あーあ、私にもドラマティックな出会いとかないかしら。こう、白馬の王子様がいきなり現れるような……」
「ないない」
「なんですって! きっとあるわよっ」
「そうなのだ、きっとあるのだー。頑張れなるたんー」
いつの間に楠川は奈留の応援をしている。
……って。
「「なるたん?」」
俺と奈留の声が重なる。
「なるたん」
楠川は奈留を指さしてもう一度言った。
「……そ、それはちょっと……」
「ははっ、そりゃいいなあ。俺も今度から『なるたん』って呼ぶかな」
「……呼んだら殴るわよ」
「ちっ」
「なるたんじゃ……だめ?」
楠川はちょっと困ったような顔で、上目遣いに奈留を見る。
「えーと……」
こりゃ堕ちたな。奈留の負けだ。こいつ、可愛いの好きだしな。
「……紗夜ちゃんだけ、特別ね」
「わーい、特別なのだー」
ジャンプして喜ぶ紗夜。スカートとネクタイがふわりと舞う。
再び視線が集まるが、もうどうでもいいや。
コイツらとつき合う以上、これからもこんな感じなんだろう。
「ね、芳文」
奈留が不意に俺を呼んだ。
「……なんだよ」
「さっき久しぶりに、アンタの笑顔、見たわ」
「そう……だっけか?」
「そうよ……自覚、ない?」
「あー」
そう言えば、さっきぎこちない笑みを楠川に返したくらいで……。
しばらく、笑ってなかったな。
「ま、紗夜ちゃんのおかげかな」
「なんだよ、別に俺が笑ったぐらいで」
「……ちょっとは心配してたんだぞ」
「そっか、サンキュ」
「……なんか素直ね。ちょっと怖いわ」
「あんだと?」
「そうそう、それが芳文ってカンジ」
「ああそうですか、じゃあこれからもよろしく、なるたん」
ごすっ。
「ぐあっ」
奈留の神速の裏拳が、俺の顔面にヒットする。
「殴るって言ったでしょ!」
「あうー、ケンカはいけないのだー」
奈留のいきなりの攻撃に驚いて心配する紗夜。
「いいのよ、コイツが悪いんだから」
……それは否定しないが。
「うわっ、鈴木くん、鼻血が出てるのだ」
「え?」
確かに鼻を直撃して、えらく痛かったが……。
「大変なのだー、保健室保健室ー」
「芳文、大丈夫?」
不安そうな奈留。お前がやったんじゃねーか。
「鼻にティッシュでも詰めときゃ大丈夫だろ」
大丈夫大丈夫、と左手をひらひらさせる。
「ちょっと芳文、指も怪我してんじゃない」
「え? ああ……」
今朝爪を割ったときか、血が出たかな?
「まったくもう、世話が焼けるんだから」
「別に焼いてもらおうなんて思ってねえよ」
「鈴木くん、ティッシュなのだ」
「おう」
俺は楠川からティッシュを受け取り、鼻に詰めた。
まったく。
初日、それも朝からこれだよ。
ま、本当に退屈だけはしなさそうだ。
俺はティッシュを詰めた顔を二人に笑われながら、そんなことを思ったのだった。
end
俺が望むあとがき
えと、この作品は「匿名のM」さんと紗夜についての話をしていて、先行で1話を読んでもらったところ、感想ではなく続きを書いて送ってもらったという話が背景にあります。
その話をそのままアップしても良かったのですが、「自分のメインストーリーは自分で書きたい」と我が儘を言い、「匿名のM」さんに許可をもらって書き直しました。
結果、大筋以外は結構変わってしまいましたが。
……ごめんなさいなのだー。(紗夜風謝り)
なにはともあれ、魅力あるキャラクター「神楽奈留」とこのお話を作ってくれた匿名のMさんに感謝します。彼女の良さをちゃんと引き出せるか心配ですが、頑張ってみます。
では、次のお話で。
2002.05.03 ちゃある