「だいすきっ」って言わせて 〜楠川さんと鈴木くんしりーず〜

2 努力家でも運命は信じますか?



    ───努力すれば、運命の歯車だって逆転できるんですよ。

                          神楽直樹



「あれ? 奈留じゃん」
 いつも通りに駅に着くと、改札の前で奈留を見かけた。
「なんかあったのか?」
「人身事故だって。まった朝の忙しいときにやってくれるわよね」
 奈留は肩をすくめる。が、
「しかし、こういうときこそドラマは起きるのよっ」
 奈留はそう言ってぐっとガッツポーズ。
「そんな、姉さんにドラマがあっさり起きるわけないじゃないですか」
 と、俺の言葉を代弁する声が、俺たちの背後から聞こえた。
「直樹!」
「よお」
「おはようございます。芳文さん」
 この礼儀正しい少年は奈留の一つ下の弟、神楽直樹(かぐら・なおき)だ。コイツも光輝学園に通っている。もっともコイツは中等部なのだが。
「やっぱり事故に巻き込まれた口か?」
「そうですね。芳文さんに会いたくないから、毎日早く出ていたのですが」
「……そうかい」
 直樹の言葉は冗談でもなんでもなく、俺は直樹に嫌われている。
 嫌われる理由も知っているし済まないと思う気持ちもあるが、それは仕方のないことだと思う。
 顔も見たくないほど嫌われているわけではないってのが救いだろうか。
『……線は、まもなく運転を再開いたします』
「お、再開するみたいだぞ」
「じゃあ行きましょうか。元々混んでいる路線ですから、今更大したこと無いでしょう」
 直樹はそう言ってすたすたと改札に向かって歩いていく。
「まったく、我が弟ながらかわいげがないわね……」
「ま、今に始まったことじゃねえし。さ、俺達も行こうぜ」
 俺は奈留に向かって苦笑すると、一緒に改札に向かった。


 しかし……。
「いや、死ぬほど混んでるぞ」
「こんなものですよ」
「な……なんで直樹はこんな時まで冷静なの?」
「現実を素直に受け止めているだけです。いいじゃないですか、姉さんはそんなにきついわけじゃないんですから」
「ま、まあ……ね」
「しかし芳文さんも、変なところで優しいんですね」
「……うるせえ」
 結局俺は扉の目の前で、両手両足を突っ張る羽目になった。今回は楠川じゃなくて奈留だってところが余計に面倒だ。
 ……一回りでかいし。
「何か言った?」
「いや、何も」
 ……鋭いな。
 やがて電車は次の駅に停まる。いつもならここで楠川が乗ってくるはずだが……。
「おはようなのだー」
 ……いた。
 俺達は一度降りてから奈留を押し込み、自分も乗り直す。さすがに今回は手足を突っ張る余裕もない。
 それでもうまく身体を捻り、楠川のスペースを作る……。

 ……ハズだった。
「くそっ」
 今日に限っては、自分を押し込むのが手一杯だ。
「むー」
 楠川が俺を押し込もうとする。
『まもなく発車いたします』
 流れるアナウンス。
「うー」
「ったく」
 俺は両手でドアの縁を掴み、一気に押し込む。
「きゃあっ」
 後ろで奈留の悲鳴が聞こえたが、気にしないことにする。
 そして、十センチくらい沈んだところで、ドアが閉まった。
「んぐ……」
 何とか乗れたものの、さすがに楠川のためにスペースを作る、というところまでいけない。
 必然的に、楠川をつぶす形になる。
「きゅー」
「楠川、大丈夫か?」
「……大丈夫なのだ……」
 ……ダメそうだな。
 しかし、スペースなぞどこにもない。
「とりあえず一駅、我慢しとけ」
「……はいなのだ……」
 ……持つかな、コイツ。


「ぷはー」
 その後とりあえず呼吸するスペースだけ確保し、俺達は無事に駅に着いた。
「……芳文って、紗夜ちゃんには随分優しいのね」
「……そうか?」
 奈留の問いに、疑問で答える。
「紗夜ちゃんが来たら私なんか放っておいて、紗夜ちゃんのためにスペース作るんでしょ?」
 少々トゲのある奈留の言葉。そりゃそうだ、楠川を乗せるために奈留を犠牲にしたのだから。
「あれは……だな」
 言い訳やら何やら言いたかったが、自分の中でも漠然として、言葉にならない。
 まあ、奈留に比べて楠川はこう、守ってやりたいタイプではあるのだが。
 いや、どっちかって言うと放っとけないタイプかな。
「鈴木くんは優しいのだー」
 ニコニコ顔の紗夜。いいんだが、大っぴらに『優しい』を連呼されると恥ずかしい。
「……ちょっと過保護なんじゃないですか? 同い年なんだし」
 と言ったのは直樹。
「こういうのは、年齢じゃないと思うんだがな」
「……あの……どなたですか?」
「ああ、コイツは神楽直樹。奈留の弟だ」
 紗夜の問いに答える。
「どうも、神楽直樹です。中等部の三年です」
「楠川紗夜なのだ。よろしく直樹くん」
 紗夜は屈託のない笑顔で、直樹に右手を差し出す。
「ああ……どうも」
 躊躇しながらも直樹も右手を出す。
 そして握手。
「これでお友達なのだー」
 嬉しそうにぶんぶんと握った手を振る楠川。
 ……ホントにガキみたいだな。
 それとは対照的に、戸惑いの色を隠せない直樹。
 いや、照れてるのか?
「……何赤くなってんだ?」
 何となく直樹に、意地の悪いことを言ってやりたくなった。
「あ、赤くなんてなってないですよ!」
 あ、ムキになった。
 ……久しぶりに感情的な直樹を見たな。
「紗夜はひとりっ子だから、兄弟がいる人はうらやましいのだ」
「あ、紗夜ちゃんって一人っ子なんだ」
「……俺も兄貴がいるしな」
「え? 鈴木くんはお兄さんがいるの?」
「ああ、三つ上の兄貴がいる。ここの大学なんだ」
「あうー、うらやましいのだー」
「そう言われてもな……」
「ああ、出来ることならウチの直樹を紗夜ちゃんにあげたいわ」
「むー、それはいけませんのだ」
 真剣な顔で、楠川は奈留を見る。
「血の繋がった兄弟を、そんな簡単にあげるとか言ってはいけないのだ」
「あ、ご、ごめん……」
 楠川の気迫に押され、素直に謝る奈留。
 ほお。
 こういうことには結構厳しいんだな。
「真面目、なんですね」
「はう、そんなことはないですのだ」
 直樹の言葉をよくわからない日本語で返す楠川。
「いや、結構楠川って、考えてることが大人だよな」
「ほえ?」
 驚いた顔で俺を見る楠川と、奈留。
 ……お前もかよ。
 まあ、いいけど。
「ぱっと見は見ての通りのガキなんだけどさ。時々こう、俺なんかよりずっと大人に見えることがあるんだよ。……俺の思い違いかも知れないけど」
「うん、私もそう感じたことあるよ……やっぱ紗夜ちゃんのこと良く見てんじゃないのさ」
「違うって」
 ニヤリと笑う奈留に否定の返事。まったくコイツは。
「……そんなことないのだ……」
 楠川はと言うと、照れた表情でうつむいている。
「ま、平均取ればバランス取れてるんじゃないか?」
「あははは、そうかも知れないのだ」
「……呑気に話してるのはいいのですが、皆さん遅刻してるって理解してますか?」
「「「あっ」」」
 直樹の言葉に、俺を含む三人が声をあげる。
「まあ電車の遅れですから、大目に見てもらえると思いますけどね」
「あう、でも急ぐのだ。もう一限が始まってるのだ」
「今更急いでも仕方ないだろ?」
「でもでも、授業はちゃんと受けないといけないのだ」
 上目遣いで俺を見る楠川。
「……仕方ねえな」
「……やっぱり紗夜ちゃんには甘いんだあ。ああ、ドラマティックな出会いはこんなにも人を変えてしまうのねっ」
「うるせえ」
 両手を握りしめて夢を見てる奈留に、文句を言う。
「じゃあ直樹くん。またなのだ」
「はい、楠川さん」
「……紗夜でいいのだ。じゃあ」
 楠川はそう言って走り出す。
「あ、待ってよっ。じゃあね直樹」
 楠川に続くように走り出す奈留。
「さあて、俺も追いつくかな。直樹、お前は?」
「僕はゆっくり行きますよ。いずれにせよ欠席にはならないでしょうから」
「そうか。じゃあな」
「ええ……紗夜さんによろしく」
「おう」
 俺は直樹に軽く手を挙げると、二人を追って走り出す。
「しかし、久しぶりに直樹と話したな」
 しかもどうやら、直樹は紗夜に興味があるらしい。
 ふむ。
 ……なんだかまたいろいろありそうだな。
 俺はそんな事を思いながら、二人に追いつくためにスピードを上げた。




 end







  君が望む後書き

 ってことでお待たせしました(待ってない)。『「だいすき」って言わせて』の2作目です。
 ……1.5があったり『ビニールがさ』があるんで、通算では4作目です。
 今回登場の直樹君は、僕の尊敬するSS書きさんである如星さんにデザインしてもらいました。
 いろいろな人の助けをもらって小説を書くというのは、ありがたかったりプレッシャーになったりですけど、やっぱり嬉しい、という感情が一番ですね。
 まだ人物紹介編状態なのでどこまで書けるのかわかりませんが、じっくりとじっくりと、進めていきたいと思います。
 これからも応援してくれると、嬉しいな。

 では、次回は芳文君の兄貴が登場予定!(ホントか?)
 
 2002.05.31 ちゃある。

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