例えばこんなラヴストーリー 〜 Do you miss me? 〜 Ver2.0
トゥルルルル……。
トゥルルルル……。
カチャ。
『もしもし……相川ですけれども……』
「あっあの、不破ですけれど……」
『ああ、こんばんは。ちょっと待っててね……』
電話の向こうで、彼女を呼んでいるおばさんの声が聞こえる。
もう三ヶ月。
僕は四月から札幌の大学に通っている。家が東京なので、仕方なく一人で北海道に渡った。
四月からこっちに来ているからまだ冬は体験していないけど、夏は涼しくて本当に良い気候だ。内地に戻れないという気持ちもわかる気がする。
僕は多くの希望を持って北海道に来たけれど、東京に残してきたものも多かった。
中でも、彼女は一番大きなものだった。
一つ下の彼女は今、高校三年生。今は大学受験に向かって一生懸命頑張っているはずだ。この間「あなたの近くにいたいから、あたしも北海道の大学を受ける」と笑って言っていた。まあ、頭がいい女の子だから(いや自慢じゃなくて)しっかりやれば大丈夫だと思うけど。
今日は三週間ぶりの電話だ。しばらく忙しくて(バイトとレポートのせいだ)電話できなかったから、彼女の声が待ち遠しい。
『もしもし……』
「よお。元気だった?」
何気ないふりで言ってやる。でも本当は、彼女の声がすごく嬉しい。僕を包み込んでくれるような優しい声。
『あんたねー、三週間も電話してくれないなんて、ひどいと思わない?』
途端に彼女に怒られてしまう。でもここで「だったらそっちからかければ良かったのに」なんて言うと『君は、受験生にそういう事を言うんだ』とかって言ってくるに決まっている。だから、ここは素直に謝っておく。
「それは僕が悪かったよ、謝る。そのかわりと言ってはなんだけど、今日は三週間分話してもいいから」
『じゃ、ちょっとまってて。イス持ってくるから』
電話の向こうで、がたがたと音がする。
『どうも。待たせてごめんなさい』
そういえば、声が嬉しそうだ。三週間ぶりだからか、それとも他にいい事でもあったのだろうか。
「お前さー、いいのか?」
『何が?』
「いや、おじさんが怒るんじゃないかって」
『へっへー、父上は昨日から大阪に出張でございます』
「ほお、だから今日はなんだかおばさんも明るい声で僕を迎えたんだ」
『そういうこと』
「でさ、いきなり本題にはいるけど」
彼女と話すときは、一番話したい事をはじめに持ってこないと話す機会を失ってしまう。だから僕はまず、それから話し始める。
「僕さ、夏休みに入ったら帰るんだけど、そんときにどこか行きたいところある? あるなら言ってくれると、計画が立てやすいんだけど」
『本当! いつ帰ってくるの?』
「月末には」
『そっか……もうすぐなんだね』
すごく嬉しそうな声。僕も必要以上に嬉しくなってしまう。
「……で、どこがいい?」
『んーっと、海!』
「シンプルでいいねえ。で、どこの海?」
『ハワイ!』
「はいはい、一生言ってなさいね」
『うー』
「じゃあ、伊豆辺りでいい?」
『いいじゃない!』
彼女の声が喜んでいる。
「いや、僕の叔父がが伊豆で、ペンションを始めたんだって。だから、そこに行ってみようかなって思ってさ」
『やったー』
彼女は本気で喜んでいるらしい。これだけ大げさに喜んでもらえるとありがたい。
「じゃあ、それは決定ね。で、いつ頃がいい?」
『んーっと、じゃあ、来月の頭!』
「よし、じゃあそれで決定って事で、詳しい事は帰ったら話すってことでね。それで、次の話なんだけど……」
『なーに?』
「おまえ……ああ、いや、いいや」
『なによー、気になるじゃない』
「いや、気にしないで、良く考えたらこれはこっちの話しだ」
『ぶー』
「なんだよ、突然豚になったりして……」
僕は話をそらそうとする。
『だって、気になるじゃない』
「じゃあ、今度話してあげる」
僕はもったいぶってそう言った。本当は、彼女の誕生日に何が欲しいか聞こうと思ったんだ。でも、彼女がいつか、『プレゼントって、なんだかわからないから楽しみなのよね』と言っていたのを思いだした。もっとも、その時の口調はいかにも『プレゼントが欲しいな』だったのだけど。
二人の間に、ほんのわずかの沈黙が訪れる。
そのわずかな時間が、悲しく感じる。
別に、二人が今実際に会っているのならば言葉がなくても目や体でお互いを感じる事が出来るからそんなに悲しくはなかっただろうけど、今、僕の側に彼女はいないから、沈黙はお互いの距離を広げて行くような気がした。
「あ、あのさ……」
何を言えばいいのかわからないのだけど、何かを言わなければいけない。
「勉強のほう、ちゃんとやってる?」
『うん。大丈夫だよ。なーに、そんな突然に。あたしの事を信用していないのかな?』
「そうじゃなくてさ……お前の事が心配だから」
『……ありがと……』
「本当にこっちの大学受けるんなら、しっかり勉強しておけよ。去年までみたいに俺は教えられないんだから」
『うん、大丈夫だよ。キミがいなくても何とかなるよ』
「そっか……」
でもちょっとさみしいな、今のセリフは……。
『ねえ、他の事話そ。勉強は嫌いだから』
こっちの気持ちがわかったのか、彼女の明るい声。
「そうだね……」
それから、僕達はいろんな事を話した。大学の友達の近況とか、北海道の良さなど。彼女の方も、クラスの友達の事とか、最近読んだマンガの事とかを話してくれた。
いつもと変わらない会話。
なのに、何かが違う。
なんか、彼女の声に明るさが感じられない。
話し始めた頃は、いつもと変わりなかったのに……。
『ねえ、前から聞きたかったんだけど……』
「なーに?」
『北海道には、可愛い娘いる?』
「そうだね、結構いるよ。お前なんかメじゃないくらいのとびっきりの美人とかさ」
『ふうん……』
「なんだよ急に、大丈夫だよ。僕は顔じゃあ選ばないから」
そう言ってから、自分は墓穴を掘ったと気付く。
「あ、いや、そうじゃなくて……」
完全にパニックになる僕。
彼女は、どう思っているだろうか……。
『そうだよね。顔だったら、あたしなんか選んでないもんね……』
「なに言ってるんだよ、僕はそんな意味で言ったんじゃ……」
『わかってる。わかってるけど……』
彼女の言葉が、途切れた。
ほんの一瞬の空白。
不意に、くすん、くすんという声が受話器の向こうから聞こえてきた。
彼女は、泣いているようだった。
突然の事に、僕は次に出すべき言葉を忘れてしまう。
「ど、どうしたんだよ、お前……」
やっとのことで紡ぎ出した言葉も、後が続かない。
「ちょっと、変じゃないか? いつものお前らしくないぞ……」
『だって……信じきれないんだもん……』
彼女の涙混じりの声が聞こえた。
「なにがさ……」
『私は、あなたがいないとダメなのに、あなたは、私がいなくたって、まるで平気なみたいで、それに、全然、電話を、くれないから、もしかしたら、あたしよりも、好きな、人ができたのかも、とか、そんなことを、考えちゃうから、あたしは、すごく悲しくなって、それで……』
泣いているせいか、途切れ途切れの言葉が僕の耳にとどいた。
そんなことないよ。
しかし僕は、それを言葉に出来なかった。
僕だって、君のことが心配なんだ。君のことを信じきれていないから。
僕がいない間に、他に好きな人が出来たかもしれない。僕がいない間に、彼女に男がすり寄ってくるかもしれない。
僕がいない間に何が起こるか、僕にはわからないから。
本当は、お互いに心が離れていくのが怖いのに、僕達はいつも、それを隠すように電話をかけていたんだね。
でも、もう大丈夫だよ。君の気持ちがわかったから。君の想いが僕の心まで届いたから。
『信じきれない』のは、愛情の裏返しなのだとわかったから。
「大丈夫だよ」
僕は優しい声で受話器にささやく。
「僕は、キミが好きだから」
思わず真っ赤になってしまいそうなセリフ。でも、君になら言えるよ。
『ねえ……』
「なんだい?」
『私がいなくても平気なの?』
「なんだよ急に……」
『お願い。答えて』
彼女の優しい声。僕の想いが届いたのだろうか。
「そんなことないさ。いつも僕はさびしい思いをしているよ、君が側にいないからね」
僕はわざとキザな口調で言う。でも、今日ぐらいはいいよね。
「わかってくれた?」
『……うん』
「じゃあ、今日は切るけど、いいかい?」
『……うん。でもね……』
「なに?」
『また明日、電話してくれる?』
「あー、はいはい」
僕は思わず苦笑いしてしまう。
「了解。いつになるかわからないけど、必ずかけるから」
『うん……。ずっと待ってるから』
「ああ。じゃあまた明日」
『うん……じゃあね』
カチャリ。
ツー、ツー、と言う音が受話器から流れてくる。
僕も、ゆっくりと受話器を置いた。
「電話……か……」
僕は一人、そんな事をつぶやいた。
「早くあいつの顔がみたいな」
電話じゃあ、物足りないよ。
ずっと彼女を見つめていたい。
「来年まで待つか。来年になれば、あいつもこっちに来るんだから」
そうだね。たった一年なのだから。
「さあって、たまには早く寝るかな」
僕はそうつぶやいて布団に潜り込んだ。
あいつの夢がみられれば、最高なんだけれども。
僕はそう思いながら、部屋の明かりを消した。
END
僕が望む後書き
困ったときは過去の作品を直して使おう(笑)
ということで「例えばこんなラヴストーリー」です。
元は8年くらい前に書いたものだと思います。ああ、僕はこんな遠距離恋愛は出来無いなあとか思いながら書いた記憶が。
……いや、今でも無理だと思いますケドね>遠距離恋愛。
ではでは、また次の作品で。
2002.03.01 ちゃある