SnapShot 『深夜のドライブ』
「ねえ、ドライブしよう」
「はあ?」
「んとね、夜景が見たい」
「いつ?」
「今に決まってるじゃない。ほら、行こう!」
そう言って、彼女は立ち上がる。
「めんどくさいよ。大体もう、日付が変わる時間だぞ」
俺はこたつに潜り込む。
「だからいいんじゃない。ねー、行こうよー」
「だって寒いし」
「じゃあ鍵ちょうだい。エンジンかけてくる」
「だーかーらー、面倒だし寒いって」
「だーめ。行くったら行くの!」
はあ……。
結局コイツには、かなわないんだよな……。
「はいよ」
Gパンのポケットをまさぐり鍵を取り出すと、彼女に放った。
「やった」
彼女はキャッチしながらガッツポーズ。
「ありがと」
よほど嬉しいのか、俺の頬にキスをした。
「ん」
素っ気なく返すが、内心は嬉しい。
そんなもんだ。
「よーし、しゅっぱーつ」
助手席ではしゃぐ彼女。
「へいへい」
まだ乗り気でない俺。
「なんだよー、そんなんじゃ、楽しくないだろー」
「だって俺、楽しくないもん」
「またまた、照れちゃってもう」
「……違うって」
そんなやりとり。
「ようっし、テンション上がるCDかけちゃうぞー」
彼女は後部座席のCDケースをガサガサと漁る。
「うーん……これ!」
取り出したのは、ラベルのないCD−R。
「何これ?」
「知らん」
「あっそ」
言いながら、彼女はCDをセット。
「おお、milktub」
最初に流れるのは『Fu−kin Hi−kin Everyday』だった。俺の好きなノリのいいサウンドが、車内に流れる。
思わず口ずさんでみたり。
「おお、ノってきましたね」
彼女の言葉。
……この、妙な敗北感はなんだろうか。
CDは、自分の手持ちの曲でノリがいい曲をチョイスしたものだった。ヤイコとかポルグラとか、ゲームのオープニングテーマとかがごっちゃになっている。
俺たちは二人で歌いながら、深夜の街を抜けていく。
さすがにこの時間は車が少ない。だから、おのずとスピードも上がっていく。
感じる疾走感。
妙にワクワクする気持ち。
「これこれ、コレなのよっ」
助手席で、彼女が震える。
言い様のない興奮を、堪えるように。
でも、俺にはまだ、足りない。
急に風を切る音が激しくなる。
「なにしてんのよーっ」
「窓開けただけーっ」
俺は運転席と助手席の窓を全開にする。
車内に風が飛び込み、猛烈な勢いで車内の温度を下げる。
CDのボリュームを上げ、アクセルを踏み込む。
「Go!」
更に加速。
そして、流れる曲を大声で歌い始める。
隣でもあきらめがついたのか、半ばやけくそ気味の彼女の声が聞こえる。
俺たちは近所迷惑も考えず、爆音で国道を走り抜けた。
ガコン。
「ほらよ」
「サンキュ」
彼女は俺から缶コーヒーを受け取ると、愛おしそうに両手で包み込んだ。
あの後俺たちは一曲歌いぬいたところで、寒さに耐えきれなくなった。
顔は凍り付き、ハンドルを握る手もかじかんでいる。
慌てて車を寄せ、自販機で缶コーヒーを買った。もちろんホットで。
俺は運転席に戻らず、助手席側に寄りかかってプルタブを引いた。
くいっと一口。身体の芯を、暖かい液体が流れていく。
「楽しかったよ。今日は」
彼女の方を見ず、夜空を見上げる。
空は満天の星空。
「ね、来て良かったでしょ?」
助手席から顔を出し、俺と一緒に夜空を見上げる。
「そうだな」
言って、コーヒーを一口。
早くもコーヒーは冷めかかっている。
「たまにはこんなのも、いいな」
一人、つぶやく。
「え? 何か言った?」
「いや、なんでもない。さあ、帰ろっか」
俺はコーヒーを飲み干すと、自販機の隣のゴミカゴに放る。
ガシャン。
「ナイッシュー」
彼女の声に、俺は笑顔でガッツポーズ。
そのまま運転席に戻る。
乗り込んだ途端、彼女が俺の腕に抱きついてきた。
「おい、運転できないだろ」
「だって、嬉しいんだもん」
「まったくもう……」
呆れ顔をしながらも彼女を抱き寄せ、軽いキス。
「ほら、続きは帰ったらだ」
「はーい」
キスで機嫌が良くなったのか、俺から離れる。
車をスタートさせ、帰路につく。
「ね」
「ん?」
「たまにはこんなのも、いいでしょ?」
さっき思ったことと、そっくり同じことを尋ねてくる彼女。
……だからつきあってんだな。
妙に納得。
「……そうだな。たまにはこんなのも、いいな」
俺の答えに、満足そうに頷く彼女。
そう。
たまにはこんな夜も、いい。
end
俺が望む後書き
ふと夜中に「ドライブ行きてぇ!」と思ったことはありませんか?
もしくは「深夜のドライブがしてぇ!」と思ったことは?
深夜ってのは不思議な時間で、同じ場所が全く違う雰囲気を持ったりします。
そんな風景(と言ってもライトの範囲しか見えなかったりしますが)を眺める
のはなかなか楽しいものです。
今回のスナップショットは、そんな思いを実体験を交えて書いてみました。
皆さんも、一度おためしあれ。
きっと「たまにはこんなのも、いいな」と思ってもらえると思います。
では、次の作品で。
2002.02.19 ちゃある