たまには関係ない、こんな話を






「ふう……」
 集中力の限界。
 僕はノートパソコンから視線を外し、大きく伸びをする。
「だめかぁ〜」
 誰もいない部屋で、ため息をつく。
 進まない。

 イメージの欠落。

 僕が書くべき世界は、その場で時を止めたまま。

「……限界、かねえ」
 つぶやく。
 そもそも単なる趣味で書いている物語。一応自分のサイトで公開していたりするけど、さして読者がいるわけでもなく、同人誌を作ってイベントに参加するわけでもない。
 ま、ほとんど自己満足の世界だ。
 逆に言えば、待っている多くの人がいるわけでも、締切があるわけでもない。
 だから、本当に自由。
 ……の、はずなのに。
「はあ……」
 ため息を、つく。
「だめだねえ……」
 自分の才能の無さに、腹が立つ。
「……さーて」
 どう立て直すかを考えようと、思った瞬間───

 ───声が、聞こえた。

「ねえ、どうしてあなたは、書いているの?」



「───え?」
 背後から聞こえた声に、僕は驚いて振り返る。
 そこには、一人の女の子が、立っていた。
 ショートカットの、小さな女の子。純白のワンピースを、着て。
「どうしてあなたは、物語を書いているの?」
 彼女はもう一度、僕に尋ねた。
「どうして、って……」
 不意の質問に、僕は答えることが出来ない。
 どうして?

 どうして僕は、こうして物語を書いているんだろう?

 自問自答。

「……職業としているわけじゃない。同人誌を出すわけじゃない。どこかに応募するわけじゃない……なのに、なぜあなたは、書いているの?」
 彼女は首を傾げる。
「……難しい、質問だね」
 僕は苦笑い。
「理由もないのに、書いてるんだ」
 ちょっと、上目遣いで。
 彼女は、僕を見つめる。
「あ……うーん……」
 その、責めるような瞳に、僕は言葉を失ってしまう。

 理由、ねえ。

『ナニカをするのに、理由なんかいらないだろ?』
 そう答えれば、簡単なのかもしれない。
 でも、そんなことは……ない。

『好きになるのに、理由なんかいらないだろ?』

 僕の好きな言葉。でも、本当は違うと思ってる。
 きっと、理由があるんだ。
 自分でも気づかない、理由が。

「ちょっと……考えさせて」
「……どのくらい?」
「うーん……」
 ……困った。

 彼女を納得させるのに必要な言葉が、出てこない。

 おいおい、物書きなのに?

 ……なんて、自分の思いが不確かなのに、言葉を紡ぐなんて、出来るはずがない。
 それに、思い無き言葉など、彼女は納得しないだろう。

 なんとなく、そう思った。

 これは夢、なのかもしれない。
 けれど。
 例え夢だとしても、この問いには答えなくてはならない。
 そんな気が、した。

「そうだなあ……」
 僕は、慎重に、言葉を選ぶ。
「上手く、言えないけど」
 と、前置きを置いてから、僕は目の前の少女を、真剣な目で見つめた。
 少女の顔が、一瞬、こわばる。


「僕の中にある世界は、僕にしか書けないから」


 真っ直ぐに。

 自分の心にある言葉を、僕は少女にぶつけた。

「……かな?」
 そう言って、微笑む。
 やっぱ、真面目に行くのは苦手だ。
「……ふーん」
 少女は顎に手をあて、考え込む仕草を見せる。
「……だめ、かな」
「……ううん。やっと、言ってくれた」
「え?」
 僕の問いに、少女は微笑みで答える。
 そして、僕に向かって一言、つぶやくように言った。

「───その想い、忘れちゃダメだよ?」



「……一旦、カフェイン補充だな」
 とりあえずこの状況を立て直すには、何か刺激が必要だ。
 近くの自販機まで買いに行こうと、僕は立ち上がる。
 ちょっとした気分転換にも、なるしな。

 東の空は、ぼんやりと紫色。
 西の空は、藍色の中に輝く星。
 そして僕の目の前には、暗闇に光る缶ジュースの自動販売機。
 ガコン。

 ブラウンの缶を手にして、僕は戻る。

「……そうだ、新キャラだ」
 ふと、思いつく。
 膠着した状態を打開するための、名案。
「そう……だな。女の子にしよう。白いワンピースを着た、女の子」
 イメージが溢れる。
 まるで彼女に会ったことがあるかのように、僕の中で次々にイメージが沸き出す。
「髪はショートで……不思議な雰囲気の。うん、いいね。これで行こう」
 エンディングまでのライン。僕が言葉を紡ぐべき道が、見えた。
 ……そうだよな。

「───自分の中の世界は、自分にしか書けないんだからな!」

 嬉しくて、訳も分からず缶コーヒーを高く放る。

『───その想い、忘れちゃダメだよ?』

 誰かが、言った気がした。

「ああ」

 僕は答えた。

「───忘れないよ」








  たまにはこんな、まじめな後書きを


 この話は、自問自答から始まりました。
 その答えを、この中で書いたつもりです。
 この作品が、今後迷ったときの指針になればと、思います。
 内容は自己中ですが、そんなものでしょう。
 自分の中の世界は、自分にしか書けないのですから。

 ……でも。

 共感してくれる誰かがいると、嬉しいのも確かですけど。


 2003.09.11 「誰かホントに行き詰まったときの打開策を教えてください」
                              ちゃある






 机の上には、大きくへこんだコーヒーの缶。
 僕は、それを開けることすらせず。

 ただひたすらに、キーを叩き続ける。

 ……気がつけば、空は明るくなっていた。

 そして。

「よし! 完成だ!」
 僕は物語の最後に『おわり』の文字を入れた。


 おわり。

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