紗夜と僕 2






  2 アキコ


「はい、到着。ここが俺の住むアパート」
「はうー」
「……見た目がぼろいのは、自覚してるから気にするな」
 俺は紗夜の言葉を察し、先制する。
「かっこいいのだー」
「……どうも」
 紗夜の言葉は、どう頑張っても俺からは出ないようなセリフだった。

 まあいいけど。

「で、ここの103号室が俺の部屋」
 と、ノブに手をかける。
「あれ……」
 鍵が開いている。
 まあ、鍵を閉めずに家を出るのは日常茶飯事なので驚きはしないが。
「さあどうぞ」
 俺は何事もなかったかのようにドアを開け、紗夜を招き入れる。
「おじゃましますのだー」
「おかえりー……って、誰?」
「はう?」
「どうした紗夜……って、アキコ?」
 紗夜の背後から覗き込んだ玄関には、アキコがきょとんとした顔で立っていた。


 アキコは、簡単に言えば俺の彼女だ。
 ……まあ、難しく言っても変わらないが。
「彼女……誰?」
 あ、冷たい声。
「イトコ」
 平然とした素振りで返す。ここで退くと、攻め込まれて面倒な事になるのは目に見えている。

 例えこちらにやましいことが無くても、だ。

「ああ紗夜、こちらアキコさん。俺の彼女」
「はじめまして、楠川紗夜です」
「ああどうも。アキコです」
 ペコリと頭を下げる紗夜に、動揺しつつも挨拶を返すアキコ。
「今日からウチで預かることになったんだ。よろしく」
「よろしくって……なんで?」
「……いろいろあるのだよ、アキコさん」
 説明がめんどくさいのでごまかす。
「……ちゃんと説明してくださいな」
「……はい」
 ちっ。


「……とまあ、そんなわけ」
「なのだー」
 その後俺はアキコにこれまでのいきさつを話した。途中紗夜が口を挟むので微妙にわけわからなくなったが、まあ何とか理解してもらえたようだ。
「で、これからどうするの?」
「……な」
「はう?」
 俺とアキコのため息に、紗夜が不思議そうな顔をする。
「紗夜の部屋を確保しないとな、と思って」
「紗夜はどこでもいいのだー」
「そうはいかないでしょ、女の子なんだから」
 アキコがたしなめる。まあ当然だよな。
「ってーことは……」
「アンタの部屋、片づけないといけないわね」
「……だよなー」
 俺の住む部屋は2DK。六畳間と四畳半の部屋が一つずつだ。玄関を開けるとダイニングキッチンがあり、そこから六畳間。更にそこから四畳半の部屋に続いている。
 今は六畳間は客間として(なるべく)綺麗にしておき、四畳半を寝室にしているのだが……。
「魔窟、なのよねー」
「なー」
 はあ、と二人して再びため息をつく。
「でもまあ……何とかするか」
「ん、私も手伝うから」
「はう?」
「ええとね。奥の部屋を紗夜ちゃんのために空けるから。今後はそっちを使ってね」
 話の流れが理解できていない紗夜に、アキコが言う。
「え? いいのだいいのだ。紗夜は居候の身なのだ。隙間に置かせてもらえればいいのだー」
「……そうもいかんのよ。俺、男だし。お前の保護者だし」
「はう?」
 意味が理解できないのか、紗夜はきょとんとした顔をする。
「なあ紗夜。俺は叔父さんの代わりだよな?」
「はう……そーなのだ」
「だからさ、俺は紗夜の『おとーさん』だから、紗夜のためにいろいろするんですよ」
 そう言って、俺は微笑んだ。


 俺達はお茶を飲んで一息ついた後、早速部屋の模様替えを始めた。
 ガラクタや服などはアキコ任せでもかまわないが、パソコン類はそうもいかない。
「いきなりって言われてもなあ……」
 しばし熟考。
「あー、紗夜」
「はーい」
「これ、しばらくここに置いといて。ちょっと夜中うるさいけど」
「全然かまわないのだー」
 とりあえずサーバ関係は諦め、俺は自分用にノートパソコンだけ確保する。コイツがあれば、日々の作業に困ることはない。
「あ、あと」
「はう?」
「……悪いけど、触らないでね」
「了解なのだー」
 何も言わないと『言われなかったから』という理由で触る奴がいる(ウチの妹のことだが)。だからとりあえず一言言っておく。
「ねえアキコ、せっかくだから布団干そうか?」
「……今からじゃちょっと遅いんじゃない」
「んー、そうか……」
 アキコとの会話。
 とりあえず自分の万年床を一度たたみ、周りの本を片づけ、掃除機をかける。
 そしてそこに、客用の布団を敷く。
「ふむ……とりあえず今日は寝られそうだな」
「ね」
「おとーさん、アキコさん。ありがとうなのだ」
 ペコリと、紗夜が頭を下げる。
「いいんだよ。家族なんだから」
「でもでも、感謝の気持ちを忘れてはいけませんのだ」
「……なんか、いい子ねえ」
「な」
 叔父さん夫婦のおかげなのかな、とか思う。
「さて、せっかくだから三人で飯食いに行くか」
「……ケンイチのおごり?」
「おう」
「やったあっ」
 アキコが喜ぶ。こういうときの笑顔は可愛くて困る。
 ……食べ物に弱いという見方もあるけど。
「紗夜は好き嫌い、あるの?」
「紗夜はなんでも食べますのだ」
「ん、じゃあ『馬車道』と『すかいてんぷる』どっちがいい?」
「はう? ばしゃみち?」
「……紗夜ちゃんにそんなマニアックな店言ってもわかんないんじゃない?」
 首を傾げる紗夜を見てアキコが尋ねる。
「うーん」
 ……マニアックか?
「紗夜ちゃん。パスタが美味しい店と、デザートが美味しい店。どっちがいい?」
「うー」
 アキコの質問に、両手を頬に当てて悩む紗夜。
「むー」
「……別に難しく考えなくてもいいぞ」
「あうー……じゃあ……パスタがいいですのだ」
「はい。じゃあ馬車道にキマリね。よかった」
「なんだよ。あきこは『すかいてんぷる』嫌いか?」
「私は別に、あのコスチュームが見たいわけじゃないから」
「俺も違うぞ」
「ホント?」
「ああ、俺は『あのコスチュームを着ているおねいさん』が見たいんだ」
「…………ふーん」
 あ、冷たい目。
「はう?」
 今の会話を理解していないのか(まあ普通の人には理解しがたい会話だろうが)、首を傾げる紗夜。
「えーと、さ、行こうか。あは、あはは……」
 俺はごまかし笑いをしながら、紗夜を押すようにして玄関に向かった。


「ふー、おいしかったのだー」
 満足そうな紗夜の顔。うん、この顔を見ると連れてきて良かったな、って気になる。
「じゃあ、帰るね」
「ばか、送ってくよ」
「そう? ありがと」
 そんな社交辞令みたいな会話をしつつ、俺はアキコを家まで送っていく。

「じゃ、また」
「おう。今日は済まなかったな」
「ううん。仕方ないよ」
 少しだけ、アキコの顔が沈む。まあ今日のところは勘弁してくれい。
「アキコさん、ありがとーなのだ」
「はい。紗夜ちゃん。ケンイチが変なことしないように、見張っててね」
「おい、変なことってなん……」
「はいなのだー」
 俺のツッコミも紗夜の元気な声に消される。
 そんな俺達を見て、アキコは笑う。
「じゃあね」
「お休みなさい」
「おやすみなさーい」
 手を振って、俺達はアキコと別れた。

「ねえ、おとーさん」
 帰り道、不意に紗夜が俺に尋ねる。
「どうした、紗夜」
「紗夜は……おじゃまなのだ?」
「はあ? 何言ってんだ」
「おとーさんにはアキコさんがいるのに、紗夜が一緒に住んだら迷惑なのだ?」
 横目で見る紗夜の顔は、すごく不安そうだ。
「バカ言うな。俺達は紗夜を邪魔だなんて思ってないよ」
「でもでも……」
 なおも言おうとする紗夜の頭を、左手でぽんぽんと叩く。
「まだ初日だろ? 今から不安だけ抱えてたら、上手くいくものも行かなくなっちまうぞ。お互い気楽に行こうぜ?」
「……はい」
「さ、帰って寝よう。俺は明日も仕事なんだからさ」
 俺はそう言うと、アクセルを踏み込んだ。




  つづく





  俺が望む後書き

 はい。「紗夜と僕」第2話です。随分かかってしまいましたが。
 ええと、この話は「何でもアリ」にしようかと思ってます。いろいろゲストやネタを考えてますので楽しんでもらえればな、と思います。
 ……おそらく本編より進みが早いんじゃないかな、と(ぉ

 ではでは、また次の作品で。


  2002.07.15 29歳最初の作品がこれか ちゃある

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